頂き・捧げもの | ナノ

Origin.


 愛には障害がツキモノという

最高のフィナーレを」設定

激闘を戦い抜いて、平和になって。
デートを重ねて、愛を囁いてもらって。
誕生日に、ドキドキのサプライズと共に指輪を貰った。
そして、将来を口言葉ではあるがチラつかせてくれた。

龍峰との時間は、出会った時からまるで変わらない。
いつだって胸が張り裂けそうなくらいドキドキする。
こちらに向く美しい微笑も、柔らかい言葉も、愛でるような瞳も。
何もかもが自分を「女」として引き立ててくれる。

龍峰と自分は、最高の関係だ。
――きっと少し前の自分なら、そう豪語していたに違いないのだ。


「バカ、信じられない。最ッ低。」


こんな言葉を穢く吐き出したことなんて、あっただろうか。
目の前で傷ついたように眉を下げる最愛の彼に暴言を吐いて、部屋を飛び出す。

背後から、追いかけてくる気配も言葉も何もなかった。
それが更に悔しくて、更に哀しくて、更に自分を惨めにさせた。
――辛い。苦しい。なんで。
そんな言葉ばかりが自分の中に渦巻く。


「玄武さぁん!!」
「……またか。」


大きな扉をたたき割るように開けると、表情こそ変わらない男がいた。
玄武――龍峰の父である紫龍と同じ師を持つ男だ。

彼は静かに悟ると、温かいミルクコーヒーをナマエに差し出した。


「まあ飲め。」
「うっ、うう……!」
「涙はティッシュで吸いとれ。」
「うぅぅううう!」
「鼻水もティッシュだ。カップに入れるんじゃない。」
「んズーッ……う、う〜〜!」


大好きな彼に「笑顔が素敵だ」といつも褒められる。
そんな笑顔も今じゃ曇天鉛雲。明るさの欠片もない。


「で、どうした。」
「まっまた! また龍峰が……。」
「そうかまた龍峰が浮気したか。」
「してないッ! してないけど……!」


あんなに自分を愛してくれている男が、浮気なんてするわけがない。
甘やかしい声で自分の名を呼び、指輪をくれた男が、浮気なんてするわけがない。

愛されている自覚はある。
だからこそ、苦しくて胸が張り裂けそうなのだ。


「いい加減、目を覚ませ。男は一途にはいられない生き物だ。」
「なんですかそれ……!」


龍峰もその「男」だと一括りにされるのは遺憾である。
ナマエはティッシュを包めてゴミ箱に投げ捨てると、カップの中身を飲み干す。


「まあいい。で、どうした。」
「……龍峰が、またあの子と一緒に出掛けてた。」
「ほれ見ろ。やはり龍峰も男――、」
「しかも今日は楽しそうにしてたっ! いつもより……私、……。」
「よしよし。俺から言っておいてやる。」
「なんて?」
「浮気は上手くしろ。」
「ッ〜〜!」


はしたなく、空になったカップを玄武に投げつける。
勢いが強すぎたのか、頭に直撃したと同時に音を立ててそれは砕け散った。


「龍峰、どういうつもりでこれを渡してくれたんだろう。」


自分の指にはめられた銀色の輪を撫でる。
この裏に隠された愛の言葉が、どれだけ嬉しかったことか。


「――ナマエ、迎えに来たよ。」
「ッ!」


そんな時だった。
玄武宅の扉が優しく叩かれたのは。


「……らしいが。」
「いや!!」
「そうか。なら俺に妙案がある。」
「?」


頭から血を流した状態で、真顔の玄武が静かにそう告げた。


――……
ガチャリとドアノブが回され、ギギギと扉が開く。


「ナマエっ……あ、玄武さん……。」
「久しぶりだな、龍峰。」
「はい。って言っても3日前にお会いしたばかりですけど。」


その時もこんな感じで。
龍峰は苦笑しながら曖昧に玄武に微笑む。


「今日は頭からですか。……治療、しましょうか?」
「いや、これは男の勲章と受け止めておこう。」
「はぁ……。」


以前は額からで、その前は何故か顔面が強打されていて。
龍峰は頬を指で撫でた。


「ご迷惑をおかけしました。ナマエはきっとまた中でしょう?」
「上だ。」
「?」


屋根の上ということだろうか。
龍峰は3歩ほど後ろに下がり、上を見上げる。
当然ながら影はここからでは見えない。


「この上でしょうか?」
「中の上だ。」
「……えっと……。」


偶に、玄武の言うことは分からない。
龍峰は困ったように微笑んだ。


「言い方を間違えた。上の寝室にいる。」
「泣き疲れて寝ちゃいました? 本当にすみません。」
「愉しませてもらった。」
「……それは彼女の泣き顔が愛らしくて、という意味で?」


思わぬ玄武の言葉に、龍峰の身体がピタリと停止する。
少々口元が引きつりはしたが、そう懸命に返す。
相手の表情はいっこうに変化しないからこそ、真意が掴めなかった。


「泣き顔? そうだな、お前に泣かされたのと、俺が泣かしたのとで顔は随分と変わるものだ。いい女を手に入れたな。」
「――……。」


ここに殺気を肌で感じられる者が居れば、息を殺したであろう。
一瞬で空気が歪み、風すらもが慄いて姿を消す。


「彼女に何をしたのか、吐いてくれますか。」
「言ったところで事実は変わらない。ナマエには良い思いをさせてもらった。ナマエもまた、共有した時を過ごせたことだろう。」


いよいよ、龍峰の目が細められ、殺気が露わになる。
口角だけが吊り上げられ、不気味なほどに弧を描いた。


「そうですか。事実は彼女から確かめます。が、その前に貴方とはよく話し合わなければいけないらしい。」
「ほう?」
「聖闘士なら聖闘士同士、拳を交えて、僕は貴方を牽制する。」
「いい覚悟だ。見せてみろ。」


龍峰がぐっと拳を握った刹那、玄武の巨大な体が崩れる。
咄嗟に龍峰は、その巨体に押し潰されないようにと後方に飛びのいた。


「っバカじゃ、ないの……!?」
「うっぐゥ……!!」


橙色の髪の毛をむしり取るが如くの勢いで掴んだナマエが声を荒げた。


「誰が、龍峰を攻撃しろって言ったの!」
「ぐっ、だ、だが……!」
「ただ龍峰が何を思ってるのか訊いてくれるっていうから頼んだのにっ、バカ、バカっ!」
「ヌッぐ…ッ、いい、力だ……!」
「……ナマエ、そろそろ放してあげよう。」


可哀想だ。
まるでそんな声が聞こえてくるように、龍峰が失笑した。


「……龍峰……。」
「帰ろう、ナマエ。」
「……でも、だって……。」
「ナマエの勘違いも可愛いけど、今回はちょっと傷ついた。」
「え?」


龍峰の腫物に触れるような声が、ナマエの中に浸透していく。


「僕があの子に浮気している、だなんてまさか本当に信じているわけじゃないよね?」
「でも、だって……。」
「一時的に預かって、面倒を見ているだけだよ。」
「その割には、ずっと一緒で……今日だって、楽しそうだった……。」
「可愛く動き回るから、ついね。」
「……せめて私も一緒に行きたかった……。」


一緒なら一緒で、苦しさがあったかもしれないけれど。
こうやって陰で彼らの微笑ましい姿を見て嫉妬に胸裂かれるよりはマシ……かもしれないから。


「ナマエ、」
「…………。」
「でも君は、犬が苦手だろう?」
「ッそ、それは……克服……する、し……。」
「そう言って一度一緒に言った時、泣き叫んでいたの誰だったっけ?」
「りゅ、龍峰のバカッ!」


そんなことを思い出させないでほしい……!
ナマエは羞恥に染まった顔を両掌で覆う。

龍峰は小さく苦笑して、そっとナマエの頭を撫でた。


「ただ犬と一緒に居るだけで嫉妬するナマエが可愛らしくて、ちょっと意地悪し過ぎちゃったかな。」
「っ、私、本当に心配して……!」
「僕もまさかナマエにあそこまで罵倒されるなんて思わなかった。」
「あ、れは……!」


――「龍峰のバカっ、そんなにその犬が好きならその犬に指輪あげればよかったじゃない!」
――「そこまで怒らなくたって……ほら、なにも怖い生き物じゃないんだから。」
――「くぅん……!」
――「ひゃっ、ち、近づけないでよバカッ……!」
――「ナマエ、そうやって君が嫌うから、この子も不安になるんだ。少し心を開いてみたらどうだろう?」
――「きゃんきゃんっ!」
――「バカ、信じられない、最ッ低!!」


「……反省、してます。」
「……まあ僕もやりすぎたから。」


事の発端が発端だけに、ナマエは視線を逸らす。


「もう戻ろう。いつまでも彼の上に乗ってないで。」
「あ、うん。」
「っグぁ……!」


足を前に出した際に、玄武の髪を踏んづけてしまう。
慌ててナマエが飛びのき龍峰の胸にダイブすると、玄武がくらりと起き上がった。


「お、お前ら……女じゃなくて犬だったのか、原因は……。」
「あれ、知らなかったの?」
「え、知ってると思ってた……。」


この流れを聞いた者であれば、誰もがそう思ったであろう。
玄武がまるで何かを代表するようにそう呟くと、バタンとその場に倒れた。


「……ごめんね、龍峰。」
「ううん、僕こそ軽率だった。戻ろう、母さんが料理を用意してくれている。」
「っうん!」


そんな橙色を背に、2人は歩き出した。

――これは秋が近づいた勘違いのお話。



.
134000Hitキリリク、朱璃様より「龍峰VS玄武」
「少しギャグ」テイストをそえて……でした。
なんだかね、夢主がいつになく元気で若干キャラ崩れているような……。

いつもありがとうございます。
そんな、朱璃様へ捧げさせていただきます。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -