頂き・捧げもの | ナノ

Origin.


 勘違いと和解と


「カノン、通るわよー。」
「ナマエ……?」


ひょいっと自宮に顔を出したのはナマエ。
沙織の古くからの友人であるがゆえに、サポート役――いわゆる秘書のような立場で聖域に共に来た女性だ。
日本人独特の艶のある黒い髪と瞳は、とても彼女を華やかに見せた。
同様に彼女自身が、とてもお淑やかでどこか愛らしくもあった。


「帰ってきていたのか。」
「ちょうど今ね。それでその報告に行くところ。」
「報告?」


ナマエは今日、ムウと共に近くの村まで買い出しに行っていた。
彼女の報告という言葉に何かあったのかと思うものの、何かしらあればそれは彼女ではなく同伴のムウが報告すべき。
そのためカノンは首を傾げた。その反応を見てナマエは小さく微笑む。


「別に何かあったわけじゃないのよ? ただ村の状況を彼女に伝えようと思ってね。」
「なるほどな。アテナも多忙の身だ、さぞ喜ぶだろう。」
「ふふっ、それなら嬉しいわね。そうだ、サガはいるかしら?」
「なに、サガだと? ……いや、今日も執務だが、どうした?」


急に話がサガへと変わり、カノンは怪訝そうな表情を浮かべながら尋ねた。
対するナマエはそんなカノンの変化に気付いていないのか、笑みを携えたまま答える。


「ちょうど村でイイモノをいただいたの。サガにあげようと思ってね。」
「イイモノ? なんだそれは。」
「ひみつ、よ。」
「……。」


眉を深く寄せて尋ねるもナマエは体を揺らしながら回避した。
それに苛立ちを感じカノンはさっさと通れ。と短く彼女に告げれば踵を返して居住区に戻る。


「あ、カノン!」
「……なんだ。」
「今晩は出かけるのかしら?」
「いや、その予定はないが? 出かけてでもほしいのか?」


ついつい不機嫌なままに返すと、ナマエは相も変らぬ笑顔のまま首を横に振った。


「逆にちょうどよかったわ。夕飯一緒に食べましょ?」
「……あぁ。」


ナマエの誘いにさきほどまでの機嫌がよくなり、微かに頬を緩ませて頷く。


「サガも誘っとくわね。」
「…………。」


宮を抜ける間際にその一言。
カノンは先ほどよりも胸糞悪いものを心に抱え、舌打ちをした。

それから2時間ばかりか経って辺りが暗くなり始めたころ、ナマエが再度宮を訪れた。


「カノン、いるかしら?」
「……なんだ。」
「良かった、いたのね。」
「お前が夕飯どうだと言ったのだろう。」
「そうなんだけど、もしかしたらいないかなって思ったのよ。」
「いない方が良かったか?」
「まさか! いてくれて嬉しいわ。」


微笑むナマエに、どうだか。と大人げなく吐き捨てカノンは息を吐く。
そんなカノンの様子に首を傾げながらも、居住区の中に入り手にしていた袋を台所に置いた。


「奴はどうした。」
「サガなら向こうで過ごすそうよ。どうやら書類がたくさんたまってるみたいでね。」
「フン、相変わらず仕事が好きのようだな。」
「もう、そんなこと言っちゃダメよ? サガだって毎日頑張っているんだから。」


袋から食材を取り出しながら言うナマエの背中をカノンは眉を寄せたまま睨む。


「奴を庇い立てる気か?」
「そんなんじゃないわよ。ただ――」
「いらん。」
「え?」


短く告げるカノンに、はてなマークを浮かべているかのように困惑した表情でナマエは見た。
苛立ちを隠せない様子に、更に訳が分からないとナマエは手を休める。


「どうしたの?」
「今晩はいらないと言ったんだ。」
「どうして?」
「余り物など食えるか。」
「何言ってるの。余り物なんかじゃなくて買いたてよ?」
「そう言っているのではない。」
「じゃあ、何を言いたいの?」


貴方の言うこと、まるで分からないわ。とナマエが眉を下げる。
カノンは再度舌打ちをした。


「元々奴にやるためのものを、奴がいないからという理由で食えるか。
そんなものはいらないと言ったんだ。帰れ。もしくはさっさと奴の所にでも行け!」


最終的には声を荒げるカノンにびくりとナマエは肩を震わせた。
その様子にはっとカノンは冷静になるも、今更取り消しになどできないとプライドが更にカノンの心を荒げた。


「どうせアテナに村の近況報告をとか言いつつ、サガにでも会う口実を作っていただけだろう。
そんなに奴が好きならお前も教皇宮にでも住め! それともなんだ、俺が邪魔か?
それならばこんな宮、俺の方からおさらばしてや――」
「カノンッ!!」
「っ……ちっ。」


ナマエの大声に、カノンは口を閉ざし、大きな舌打ちをした。


「ねぇカノン、貴方なにか勘違いしてるわ。」
「勘違いだと?」
「別に私、サガとは何もないわよ?」
「お前が一方的に好意を持っているだけと? それとも奴が……」
「だから、その行為の方向性自体違うのよ。」


ナマエの言葉に、カノンは訝しげに彼女を見つめた。
ナマエはどこかほっとしたような、照れたような表情で視線を動かす。


「その、……私が好きなのは別の人だし……。」
「……なに?」


ぽつりと呟かれた言葉にカノンは更に顔をしかめる。
サガでなければ誰だ。ムウか? よもやデスマスクではあるまいな? とぶつぶつと呟く。


「だからっ、……その……。」
「……なんだ。」


珍しく言いよどむナマエに苛立ちを隠せないカノン。
そんなカノンに後押しされてか、この空気に耐えられなくなったのか、ナマエは諦めたように溜め息を吐いた。
そして頬を赤らめたまま、カノンに近づきその胸倉をつかんだ。
お淑やかな彼女からは想像できないその行動にカノンが目を丸めるも束の間。


「わ、私が好きなのは貴方よ! 馬鹿カノン!!」
「なッ!?」


思いもよらぬその言葉にカノンは口を開いたまま唖然とした。
だがその言葉は真実なのであろう。
彼女の顔は先よりも真っ赤に染まり、どこか瞳も潤んでいた。
羞恥からなのか、誤解された怒りからなのか、胸倉を掴んでいる手も些か震えている。


「…………。」
「な、なんとか言いなさいよ。」


暫し硬直していると、小さくナマエが口を開いた。


「……すまなかった。」
「……本当にね。」


はぁ。と大きな溜め息を吐くと、ナマエはカノンから手を放し、額に手を当てて首を横に振った。
そしてジッと目でカノンを見る。


「今までたくさん貴方に尽くしてきたつもりなのに。
まさかサガとそういう関係とか、誤解されるなんて思ってもみなかったわ。……最悪。」
「だいたい、お前がサガサガというから悪いんだろう。」
「私が? いつ? そんなに言ってないわよ。」
「言ってる。それになんだ、……その、イイモノとやらもサガに渡したんだろう?
今日の夕食とて奴と食うつもりで……。」
「馬鹿、別にサガがいなくても誘っていたわよ。
それにイイモノは、貴方にも関係するもので、その、直接じゃ渡しづらかったから、サガに……。」


後半口淀みながらもナマエはそういう。
カノンは気まずそうに息を吐いて、ナマエの小さな体を抱き寄せた。
なっ、と驚く彼女の声を無視し、彼女の頭に顎を乗せる。


「……悪かった。」
「……今度の休み、どっか連れて行ってくれたら許す。」
「……致し方あるまい。」


じゃあ許す。とナマエはカノンの腕の中で小さく微笑んだ。
それに釣られるようにしてカノンも微笑み、彼女を更に抱き寄せた。



END.
アトガキ



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -