終末幸福論



失恋



いつから、とか、どこが、とかは結局後付けでしかないのではないかと思う。感情は感覚であって理屈の上に成り立っていない、だからいつからこう思っていたかなんて私自身にもわからないしどこがというものは全てこの感情に気付いてから少しずつ付け足されていったものだと考える。
感情に引っ張り回されるのは少し怖い、過去の自分を振り返っただけでも今思えばどうしてあんなことしてしまったんだろうと思うことが山ほどあるし、意地になって思っても見ないことを言って後悔したことも出来れば思い出したくないはずなのにちょっとのきっかけで1つ思い出せば全部思い出し始めるのも嫌だ。
まだ高校生なのに大人ぶってるだけなのかもしれないけど、やっぱり私は感情に言動を揺さぶられることなく客観的な視点を持っていたいなあと思ってしまう。

ぼんやりと外を眺めながらそんなことを考えていたらいつの間にやら授業が終わろうとしていて、先生のきりーつと少し間延びした声が響く。やばい、ノート書いてない。立ち上がりながら黒板を見るが私がノートに最後に書いた文字はとうに消されていたみたいでどこから書いていないのかすらよく分からない。やってしまったなあと少しだけ焦るけど大部分は誰にノートを借りようかで埋め尽くされていた、友達の方を見たけど頬にさっきまで寝てたであろう跡が付いていたため少し頼りなさがある。仕方ないなと他の人に声をかけようとしたところで、後ろから声がかかる。


「苗字」


どきっと心臓が跳ねたけどそんなことは表情に出さずに振り返ると思ってたより近くに赤葦がいて少しだけ目を見開いた。


「ノート書いてなかっただろ」

「なぜそれを…」

「ずっと外ばっかり見てたの、見えてたからね」


赤葦は私よりも後ろの席だから見えるのはわかるけど、そんなに見られてたとは思っていなくて気恥ずかしさとなんとも言えないやってしまった感でああ…と目を逸らす。


「あの、もしよければ、ノートお貸しくださいませんか…?」

「ふっ、なにその日本語、いいよ。そう言うと思って持ってきてる」


ノート書いてなくてよかった!と心の中でガッツポーズ。そんなこと思ってるなんて赤葦は知らないだろうけど。
ありがとう、明日には返すよと言うと次の授業までならいつでもいいと言われるがそうすると私はこのノートをずっと見ていたくなるため明日絶対返すね!と強く念を押すように伝えた。今日家でいっぱい見よう、ちょっとこれ気持ち悪いかな、いやでも知られなければいいかと借りたノートを丁重にカバンに入れる。
次の授業は移動教室のため教室内にはあまり人が残っていなくて、その上友達はさっさと行ってしまったようでいなかった。


「ごめん次移動だよね、私も用意してから行くから先行ってて」

「分かった、遅刻しないようにね」


本当は一緒に行っても良かった、好きな人とのせっかくのチャンスなのに!と言われるかもしれないけれどこのまま一緒に行くとふわふわと舞い上がってしまいそうな自分が少しだけ怖かったのもある。
落ち着け落ち着け、平常心、客観的視線、と唱えながら教科書達を片手に歩き始める。

あれ、なにしてるんだろ。先に行ったはずの赤葦が廊下で1人で突っ立っている。何か見てる…?視線の先を探すと女の子と男の子が仲睦まじく話している。ああ、と先ほどまで浮き足立ちそうだった気持ちがスッと冷めていくのを感じた。
噂で聞いたことはあったし、実際話してるのを見てそうなんだろうなとも思っていた。
その女の子は、赤葦の好きな人。で、横の男の子はその子の彼氏。まだたくさん人がいる廊下でその男女も赤葦もさほど目立ってはいないけれど、私にはその2つしか目に入らなかった。感情に左右されたくない、それは確かに思っていることではあったけど、そう言い聞かせて私は行動するのが怖かったのだなと思い知った。でもたまに、人間は理屈では決して説明できないような行動をしてしまうんだなとも今日改めて知ってしまった。

私は赤葦の手を掴んで力強く引っ張りながら少し早足に、いやもう割と走りながらそのカップルを通り過ぎた。手を掴んだ瞬間、赤葦が驚いた声をあげていたことには気付いていたけどなにも聞こえていないという風にただひたすら走った。走りながらなんでこんなことしてるんだろうって思ったけど、考え続けてた日々よりも妙に清々しい気分でなんだか笑えてきた。
気付けば目的の教室はとうに通り過ぎていて、あまり人の来ないところまで来てしまっていた。息を切らして立ち止まる、後ろで息が乱れる音が聞こえないのが運動部なんだなと感じさせられる。そういえば手を掴んだままだったと思い出して我に帰った。ノートよりもやばい。走ったせいなのか緊張なのか分からない心臓の音が響く。そっと手を離してゆっくり振り返る、どうしよう怒ってるかな…。


「あ、あの、えっと、その…………ごめん」


恐る恐る覗いた赤葦の表情は怒っているというより困っているというより、なんだか、笑いを、堪えてる…?


「ふっふふっちょっと、待って、ふっ」

「え、どうしたの、え、ごめん!どうしよう壊れた?え?え?」

「いや、苗字ってぼんやりしてそうで意外と衝動的に動くタイプなんだなと思って」


ぼんやりしてると思われてたことにどうこう思う前になんで笑っているのか本当に分からなくてどうしようどうしようと慌てていると不意に赤葦と目が合った。その目が、うっすらと涙の膜を張っているのを見て、きゅっと心が苦しくなった。


「苗字、ありがとう」


その時の彼の表情を見て、ああ、私、失恋したんだなと鳴り響くチャイムを聴きながら心から思った。

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