小説 | ナノ


おかしい、と最初に気付いたのはBだった。名前と直接話すことの多いAよりも、客観的にことの次第を見ることが出来たからかもしれない。
名前は回復の途にある。ように見える。それがおかしいのだ。

「名前、まだ一人で買い物なんて駄目よ」
「ありがとう。でも、本当に大丈夫なの」
「だって、……」
「でも、心配して貰えるのは嬉しいことね」

じゃあ今日は一緒に来てくれる? と首をかしげる名前は、島を出る前のように明るい。

Bは一人考える。

確かに、胸に負ったという火傷はもうほとんど治っていると聞く。だからといって、心の方までこんなにも早く回復するものだろうか?火事の日、彼女は確かに彼の書き付けを読んだはずだ。『迎えに来た』と語る、禍々しい手紙を。

語ろうとはしないが、その時も、森でも病室でも。彼の姿を見て、何か話した可能性は高い。彼がAに言ったように彼女にも『一人になったら連れていく』と話したのなら、ショックを受けるのが自然だ。

違和感を辿って彼女を見守ってみれば、元の彼女を知らないBにも、火事以前、そして今の彼女の明るさに綻びを見つけることが出来た。────Aから病室に現れた『彼』の話を聞いていなければ、否、あの日火事が起こらなければ、その明るさが演技らしいと気付くことは一生なかったのだろう。

彼女が明るく振る舞うのはなぜだ。

────彼女は、一人になろうとしているのか?

何のために。


『彼がね……とっても好きだった』

ふと、記憶の底で声が響いた。これは……いつだったか。自宅に彼女を招いて夕食をとった夜のこと。居間で彼女がAと話すのを、Bは二階の自室で聞くともなしに聞いていた。風に乗って届いた声は静かな絶望を零れ落ちそうなほど満杯に湛えて、Bは、彼女は自分にとってのAを喪ったのだと、一人涙したのだ。

カーテンを通った黄昏の光が、ゆらゆらと思考を揺さぶる。

ああ、彼女は。

『彼』が現れる以前から、そのつもりで?

「両想いじゃないか」

Bは立ち上がり、買い物に出かけた二人を追った。






「いないの!」

名前が、市場のどこにもいない。息を切らして駆け付けたBに、Aはそう訴えた。今晩の料理を話しながら野菜を見ていた時、彼女は「あれも欲しいわよね」と向かいの屋台を指したという。いいわね、と答えたAがブロッコリーの支払いを終えた時にはもう、彼女は姿を消していた。

どうしよう、と泣くAは何も持っていない。買った物も何もかも放って、彼女を探していたのだろう。Bは少ししゃがんでAと目線を合わせ、安心させるようにゆっくりと話した。

「彼女は多分、彼と一緒にいこうとしてる。どこか、彼女が選びそうな場所に、心当たりはないかい?」

Aは目を見開いたが、一瞬の後、納得したように瞑目した。考えたくなかったから、気付かなかったのだろう。今となっては、とても簡単な結論に思える。

「……名前の家だわ」

二人は走り出した。空には一番星が瞬いている。

……

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