オボロから逃走






アスク王国に召喚されても召喚師として戦うことのできない私にもひとつだけ、特殊な能力が備わった。それは各人の強さが見える事だ。ルフレや絵倉くんにも同じ事が出来るらしく、どうやらこれは軍師向けのスキルらしい。ゆえに私は普段この能力は使わない。必要がないからだ。
だがある日、何かの気まぐれかオボロの能力を見た事がある。その通り名は“魔王顔”。あんなに愛嬌のあるオボロのどこが魔王顔なのかさっぱり分からなかったが、今ならわかる。

「さあ……あんたの服を作るわよ」

これは、女の子がしていい顔じゃない。
服を作るだけなのにこの凄まじい迫力。まさに魔王顔。服を作るというより、人体実験を行うと言われた方がよほどしっくりくる顔だ。そもそも服を作ってくれなんて一言も頼んでいないのにどうしていきなり。
ただならぬ恐怖を感じた私は、一目散に逃げ出した。










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「タクミくん匿って!」
「はあ……仕方ないな」

弓道場に転がり込んだ私を見、タクミくんは腰に手を当て溜め息を吐く。呆れてはいるがなんだかんだで味方をしてくれるあたり、日々のスキンシップは無駄ではなかった!
初めて会ったときもそう。危機には助けを差し伸べてくれる頼もしさ。感動に思わず涙すら滲ませて拳を握る。

「タクミくん……!やっぱり君ってツンツンしてるけど本当は優し」
「オボロー!李依ならこっちだ!」
「いいい!?ちょっ、なにを」

逃げなければ!と危機を覚えるのと、がしりと手首を捕らえられたのは同時だった。肉眼でも見える邪悪なオーラ。

「見つけたわ……!さすがタクミ様!ありがとうございます」
「ぎゃああああオボロさん顔怖いいい」
「さあ、採寸に戻るわよ!」
「いやだー!」
「も、ど、る、わ、よ!」

私とオボロの攻防を見たタクミくんは事情を察したらしい。口を開く。

「あんた、周りが高貴すぎて肩身が狭いって言ってただろ?だから服だけでも見劣りしないように誂えてもらいなよ」
「な……な……」

衝撃の裏切り。少し前の安堵はどこへやら。一体どんな恐ろしい採寸(ごうもん)が待ち受けているかも分からないというのに。
魔王に引き摺られながら、腹一杯空気を吸い込んで叫ぶ。

「タクミくんの裏切り者ー!」








──








裏切り者ー、裏切り者ー、裏切り者ー……城内に反響する恨み節を聞き、タクミは呆れたように小さくため息を吐いた。しかし、その表情は笑みと捉えられるほど柔らかい。

「裏切り者、か。そもそもオボロに服の仕立てを頼んだのは僕なんだけどね」