ハニーフレンチトースト(1/3)
「え、光忠現世に行くの?」
時刻はもう昼を迎えようとしていた本丸で、つい先ほど起きましたとばかりの寝間着姿の審神者が近侍の一言に目を丸くさせた。遠くから昼餉のいい匂いがして、今日は乱がずっと食べたいと言っていたフレンチトーストだろうか、バターの香りがするなんてぼんやりと洗面所へ向かえば近侍の燭台切光忠に呼び止められたのだ。
「え、一人で?」
「うん。」
「なんで。聞いてないんだけど。」
「昨日、エリア長が来て現世来てほしいって言われたから。」
「エリア長?…来るなんて聞いてない。」
「うん。言ってなかったみたいだから。」
はぁ…、なんて溜息のような返事のような訳のわからない言葉が漏れる。
各刀剣を管理するよう各本丸には審神者がいる。そしてその各審神者を管理するように一定の地区を管理するエリア長がいる。ざっくり言えば審神者の直属の上司となるのだが、どうやら昨日はそれが来たらしい。そして運悪く審神者が本丸を留守にしている間に。(来ると聞いていたならもちろん本丸を留守になんてしなかった)
「で、エリア長がなんで光忠に?」
「僕のステータスデータが欲しいんだって。」
「今更ぁ?」
「と、いうのは建前で、行きつけの店の女の子に若い男連れてくるって約束したらしい。」
ぎゅっ!と勢いのあまり洗面所の蛇口を思いっきり捻るところだった。危ない、この洗面所はもうガタがきていて優しく捻ってあげないと水漏れが発生してしまうのだ。早く直さなきゃ、でも直すのなら刀剣達も初期に比べれば格段に増えたしもういっそのこと改築してあげたい。(毎朝洗面所めっちゃ混むし)
「何それ!私用じゃん!私用に私の近侍を会議でもないのに現世に連れて行くのか!いいのか政府!」
「一緒に行ってくれたらエスプレッソマシン買ってくれるってエリア長が。」
「エ ス プ レ ッ ソ マ シ ン 。」
なんということだ。自分の近侍がエスプレッソマシンに買収されてしまった。朝から(いや正確にはもう昼だが)頭の痛くなる案件に「何でもっと早く言わなかったの」と低く言えば「主、昨日戻ってきたの遅かったし、迎えたら報告は起きたら聞くって言ってたでしょ?」と返され、返す言葉も無くなる。
「えぇ…?何それぇ…光忠行くって返したの?」
「うん。エスプレッソマシン欲しいし。」
「まじか…。そんなに欲しかったのかマシン…。」
確かに前々から「これどうかな?」「こっちは?」なんてアイパッド片手に薦められてて光忠が欲しがっているのはわかっていたけど、エスプレッソマシンを本丸に置くなんてちょっと違和感あるし、しかも置くとしたら業務用になると思うし、何より光忠みたいな「ブルーマウンテン?それもいいけど、今僕はロブスタがマイブームなんだ」とか言ってきそうな男にエスプレッソマシン欲しい言われてもただ腹が立つだけだからドリップ飲んでろとしか返してなかった。そうか、そんなに欲しかったのか。
「…それ、いつ行くの。」
「今日。」
「今 日 。 」
「一応データ取るのはやるみたいだから、お昼食べたらもう出るんだけど。あ、主は朝ごはんだったね。」
「………………。」
にっこりと笑った顔が「お寝坊さん」「おそようございます」と言っていてつい頬が引き攣る。ここ最近の自分は夕方に出掛けては夜遅くというかほぼ朝のような時間に帰ってきているので完全に昼夜逆転しているのだ。そうなり始めた頃から近侍である光忠にはいい顔をされていなかったが、ここ最近はこの嫌味な程かっこいい笑顔で物申してくるようになった。顔が整っている男に笑顔で凄まれると、メンチを切られるよりも怖かったりする。
「待って、行ってもいいけどエリア長と確認してからだから。一人で勝手に決めないで。あと光忠、確かにエリア長は私の上司だけど、貴方の直属の上司は私だから。光忠は私の近侍でしょう。」
だから一人で判断しないで。と自分でも言い過ぎたかもしれないと思った程ぴしゃりと言った言葉に、光忠は片方だけ見える蜂蜜色の瞳を丸くさせた後、優しく細めて「うん」と頷いた。