キミの瞳に巣くうお星さま(1/3)

なまえの様子がおかしい。
いや、おかしいというのは少し語弊がある。俺の大切な人であるなまえはこれから友人と出掛けるらしく、その準備を数時間前からしていた。
鏡の前でああでもないこうでもないと服を着替え直し、今着替え終わったので多分四着目……。あれこれ悩んだ挙句、結局一番最初に選んだ服にしたそうだ。色々と着替える彼女は珍しく、個人的に見ているのはすごく楽しかった。色んな格好のなまえが数時間でたくさん見れるのは楽しい。何よりどれを着ても可愛いのに、あれこれ着替えてくれるものだから見ていて飽きない。今度クローゼットの中に俺が選んだ服をこっそり入れたら着てくれるだろうか。なまえに着てもらいたい服たくさんある……。
なんて思いながら、お化粧と髪形を整えたなまえを見詰めながら俺は自分の膝の上で頬杖をつく。
なまえの様子がおかしい。
正確にいうと、おかしいというより、いつもより機嫌が良くて様子がおかしい、だ。着替えにあれこれ悩んでいる様子もなんだか楽しそうだったし、お化粧もいつもより念入りで、髪形もコテを使ってお洒落にアレンジしていた。鏡の前で最終チェックをしているなまえはにこにこしながら鼻歌を歌っている。本当に『友人』と出掛けるの? なんて怪しむ俺だけど、鼻歌が俺の歌う『Dreamer』で、怪しむのもなんか心の狭い男と思われそうで嫌になる。
それでも出掛ける準備を楽しそうにしているなまえが気になって、俺はつい口を開いてしまうのだけど。


「映画、観に行くんだっけ?」


念入りに服やら髪形をチェックをしているなまえの後ろに立ち、鏡越しにそう声を掛けれるとなまえは少しだけ強張った表情を見せて、うまく笑いきれていないぎこちない笑みを浮かべた。
……素直なところはなまえの美点だけど、可哀想なくらい嘘がつけない子だ。ううん、そこが可愛いところなのだけど。


「う、うん……!」

「そう、何観るの?」

「!!」


ピシリ。音をあてるならそんな音であろう。なまえは俺の言葉にわかりやすく固まって見せた。
どうやら俺には聞かれたくないような映画を観に行くらしい。……そんなにわかりやすく動揺するような映画、最近あったかな。いや、もしかすると映画を観る事自体から嘘なのかも。でもなまえはそんな嘘を並べてまで俺に隠し事をするような子じゃないし……。というより、そんな嘘を並べる前に俺が気付くだろうし。
だらだらと汗でも流しそうに困った顔をしているなまえは見ていてとてもかわいそうだ。かわいそうなくらいにかわいい。いや、好きな女の子の困っている顔が可愛いなんて悪趣味だ、と心の中で首を横に振り、俺は苦笑を隠しながらなまえに助け舟を出してあげた。


「まだ決まってないの? 行ってから決める感じなんだ?」

「そ、そうなの……! ご飯食べてから、何観るか決める、感じなの!」


今日一緒に映画行く子はね、となまえが名前をあげたのはよく聞く名前で、なまえがよく仲良くしている子だ。なまえと話すと高確率で出てくるその友人の名前に、俺よりなまえと一緒にいるんじゃない? と羨ましく思うのはいつもの事だけど、今日も今日とて羨ましい。俺には言えないような事は、その子と共有できるんだねって。
そんな事を思っていたら、つまらなさそうな気持ちが顔に出てしまっていたのか、なまえはくるりと俺に向き合い、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ごめんね。せっかく瑛二がお休みなのに別の予定入れてて……」


しょんぼりと肩を落としたなまえに俺は慌てて首を振った。
いや、確かに今日の午後はオフだけど、オフだと知らされたのは昨日の話だし、もっと言えばスケジュール調整で急にぽっと言い渡されたオフだったのだ。


「気にしないで。先に予定が入っていたところに俺の休みが偶然できたわけだから、そっちを優先するのは当たり前だよ」

「でも……せっかく瑛二がオフなのに……」


俺と過ごしたかった、とばかりに寂しそうな顔をしたなまえに俺は頬がだらしなく緩みそうになった。
ああ、今日もなまえが可愛い。結局、今日は友人と何をするのか教えてはくれなかったけれど、でも俺との時間も大事にしてくれる優しい彼女が、俺は死ぬほど好きだ。


「俺なら大丈夫。今日の予定、楽しみにしていたんでしょう? なら、行っておいで。俺は家でお留守番してるから」


なまえだって、俺が仕事の時は一人でいるわけだし、常にその友人といるわけではない。友人になまえを取られるのは少し、……いやかなり悔しい事ではあるけど、なまえが楽しそうにしている予定を横取りするなんて事は俺にはできない。


「帰ってくる時間は?」

「ええっと……、日付跨ぐかも……」

「そんなに遅いの?」

「あっ、でも友達が車で送ってくれることになってるの」

「……そう」


車なら、まあ遅い時間を電車や徒歩で帰らせるよりかはいい。でも、日付が変わるころに帰ってくるなんて、一度は送り出そうとしたけれども心配だ。しかも何処に行くかもまだわかっていない。ああでも、束縛する男なんて思われたくない。過保護で面倒臭いやつとも思われたくない。やっぱり「今晩は俺と一緒にいて」と口に出してしまいそうなのをなんとか堪え、俺は「気を付けてね」と笑みを浮かべてなまえを送り出した。


「いってらっしゃい」


最終的には、なまえもよほど今日の予定をすごく楽しみしていたのであろう、うきうきとした顔でなまえは出掛けて行った。
あの笑顔は駄目なんだよなあ、どんな我儘言われても何でも許してしまいそうになる。まあ、なまえは俺が頼んでも我儘なんて言ってこないけれど。だからこそ彼女の頼みはどんな小さいことでも聞くし、楽しみにしている事を奪うこともできない。
なまえは昔から他人を優先する子で、何でも遠慮しがちだ。控え目で慎ましやかと言えば聞こえがいいが、自己主張は苦手だ。
今は俺が彼女の彼氏で婚約者(もちろん非公開だし、知ってるのも両手くらいの人数だ)という存在だが、それまでなまえは俺でなく兄さんの婚約者であった。
兄さんと俺となまえは幼なじみで、親が知り合いで子供達の年齢も近いことあってそんな話になるのは必然的だった。ただ生まれた順に兄さん、なまえ、俺という順番だったため、なまえは兄さんと将来的に婚約、結婚するのだと聞かされていた。大好きな兄さんと大好きななまえが結婚すればずっと三人一緒にいれると喜んでいたのは小学低学年までだ。年齢を重ねるごとにだんだんとなまえと兄さんが仲良くしているのが見ていて面白く無くなっていき、なまえの視線が全部俺に向けばいいのにと思う頃には兄さんは俺の気持ちに気付いていた。
兄さんはなまえを家族のように愛していると言った。なまえを妹のように思ってはいるが、結婚すれば世界一幸せにするし、世界一愛すると言った。兄さんらしいと思った。けど俺はなまえのことをお姉さんなんて思っていない、恋人でもありたいし、一緒にもなりたい、ずっと独り占めにしたい、兄さんには譲りたくないと初めて兄さんに噛み付くように言ったら、兄さんは「その気持ちをなまえに伝えのか?」と優しく微笑んでくれた。
なまえの気持ちは正直わからなかった。いつも兄さんの前ではにかむように笑っていたし、仲よくもあった。そんな彼女に俺が想いを告げたとき、なまえはとてもショックを受けていた。驚かれるとは思ってはいたが、まさかそんな表情を向けられるとは思っていなかった俺の前でなまえは泣いていた。泣いて、俺からの告白は受けられないと断った。
心臓が潰れるかと思った。喉もキリキリと引き攣ってもう歌なんて歌っていられる状態じゃなかった。でもそんな俺の背中を押してくれたのは、やっぱり兄さんだった。「そんな程度の気持ちだったのか」と。「お前の好きになったなまえのことをよく考えてみるんだ。自分の気持ちを押し付けるなんて子供のすることだ。相手の気持ちを考え、大切にすることが本当の愛なのではないか」と。
本当にそうだと思った。俺の気持ちに応える応えないは置いて、なまえはなんであの時泣いていたのか。
俺の気持ちが泣くほどショックだったとは思えない。
それならば、何か泣くほどの要因があったのだと考えた。
想いを告げてから何かと俺を避けていたなまえを捕まえ、俺はなまえの気持ちを聞いた。するとなまえは、家のこと、兄さんのこと、俺のこと、これからの俺ら兄弟のことを考えたらとてもじゃないか簡単に答えられなかったとまた泣いた。ぽろぽろと涙を流すなまえはなんて可愛くて綺麗なのだろうと、場違いに見惚れていたのは内緒だ。でもなまえのきらきらした瞳からこぼれる涙はひとつひとつとても美しくて、温かくて、そのままなまえの目が溶けてしまわないかドキドキした。こぼれていく涙をひとつひとつ拭いながら、「なまえの考えていること全部俺がなんとかしてみせたら、なまえは俺のことを好きになってくれる?」と聞いた。するとなまえは涙を拭う俺の手を握りながら、「……すき。瑛二が好きよ。ずっと、ずっとずっと好きだった」と言われて俺は今度こそ心臓が消し潰れるかと思った。フラれた時の比じゃない。今の言葉の方がずっとずっと苦しいだなんて、とんでもない感情だと思った、恋ってものは。
結局、なまえは家同士の付き合いやら、兄さんの体面、俺への風評、それから俺ら二人のこれからの芸能活動を色々と考えていて、とてもじゃないが自分の気持ちなんて出せる立場じゃなかったと言っていた。そんなこと、なまえだって同じだ。なまえが俺のことを好きだと言ってくれた感情もまた、誰にも蔑ろにできるものではない。むしろ俺が挫けて追い掛けていなかったら、なまえは俺を好きという感情を秘密にして誰かのものになっていたのかと思うと初めてなまえに対して怒りという感情を持った。もっと、自分を大切にして欲しいと。それでも自分の気持ちを押し殺そうとするなまえに俺は「それならなまえを大切にする俺を大切にして」と告げた。するとなまえは目を大きく丸くさせたあと、おかしそうに、涙をこぼして微笑んでくれた。


「さて、と」


そんな紆余曲折があり、今の俺となまえの関係はある。そのあとの話もあるにはあるけれど、それはまた今度ということで。
俺はローテーブルの真ん中に置いた携帯を前にソファに腰掛けた。掃除終了、溜まっていた録画番組も視聴終了、遅めのお昼も食べて、十分な時間を置いたであろうと俺は携帯を手に取った。慣れた手つきで携帯を操作し、とあるアプリを開く。
そのアプリは撮った画像をネット上にアップできて色んな人がその画像を見ては共感したり、情報を得たりできるアプリだ。それは一般の人を始め、俺のような芸能関係者も使用していて、例えばテレビの収録前後に撮った写真をアップして自分や番組に興味関心を得てもらうために使ったりしている。
かといって商用に使うわけではなく、一定の情報力を持たない人たちは友達同士でアプリ内で繋がり、こんな所に行ったよ、とか、こんなもの食べたよ、など各々思い思いの写真を乗せてはコメントを添えているのが主たる使い方だろう。
もちろん、俺も『HE★VENSの鳳瑛二』としてのアカウントを持っている。稽古風景、テレビの収録や雑誌の撮影、何かあったら自撮りしてアップするように事務所から言われている。まあ、思い付いたら当たり障り無いように更新はしている。
しかし俺には『HE★VENSの鳳瑛二』以外、もうひとつアカウントを所持していた。このアカウントは事務所にもHE★VENSの皆にも、そして兄さんにもなまえも知らないものだった。


「……うん、友達と一緒にいるのは本当みたい……………………はあ……」


一人呟いた自分の言葉に俺は携帯をローテーブルに放って頭を抱えた。
何を言っているんだ俺は。なまえが友達と出掛けているというのだから友達と出掛けているに決まっているじゃないか。
というか、俺は、何をしているんだ……。
そう頭を抱えながら、放った携帯をまた手に取る。
そこには女の子が好きそうなふわふわのホイップと果物がたくさんのったパンケーキの写真。そしてそれを投稿したアカウントには、アルファベットで『なまえ』と書かれていた。
俺は、この画像共有アプリでなまえのアップしていた画像を見ていた。彼氏なのだから彼女のアカウントと繋がって何が悪い、と言いたいところだが、如何せん俺には『HE★VENSの鳳瑛二』という名前があった。そんな俺がとある一般女性のアカウントをフォローしたらどんなことになるか。そんなもの火を見るよりも明らかで、そんな事、俺のためにもHE★VENSの皆のためにも、もちろん一番大切ななまえのためにもできない。
つまりどういうことか。俺は『HE★VENSの鳳瑛二』とはまったく無関係で適当な名前をつけてもうひとつアカウントを所持していた。そしてそのアカウントを使用し、なまえのアカウントと繋がっていた。
これだけならおかしな事はないだろう。内緒でもうひとつのアカウントを作成するくらい、誰だってやっていることだ。でも俺のこの別アカウントは、自分でもマズイと感じるほど、気味の悪いものだった。


「『パンケ食べるよ!』か……。可愛い……」


しみじみと呟いては項垂れる。だから、何をしているのだ自分は。
このアカウント、実はなまえ以外誰とも繋がっていないし、自ら写真をアップしたりもしない。つまり、なまえのアップした写真を見るためだけのアカウント。
そして俺は、なまえにこのアカウントの存在を教えていない。つまり俺は、このアカウントでなまえが投稿したものをこっそり見ているのであった。


(罪悪感なんて、等の昔に薄らいだ)


他に上がっている写真はないかとページの再読み込みをかけるが、どうやら前回と変わりはないようだ。まあ、小まめに見てるもんね……とまた自分の言葉に溜め息をついては携帯を置いた。
やっている事がストーカーと変わりがない。
わかっている。わかってはいるのだが、気になって気になって仕方ないのだ。なまえを信用していないわけじゃないし、怪しんでいるわけでもない。純粋に、なまえの上げる写真が可愛いというか、なまえが可愛いというか。
なら別アカウントを持っていると告げればいいのだが、なんとなく、俺がいない空間だとなまえは何を見て何を感じているのだろうと気になって、ちらりとこのアプリをやっているのを聞いてアカウントを検索したら見付けてしまったのだ。それから俺は、こっそり、なまえのあげている写真を見ている。
でもやっぱりなまえはなまえで。上げている写真はどれも心が温かくなるものだ。友達と出掛けた先の写真、美味しかったご飯、スイーツ、嬉しかった貰い物、それから移り行く季節を感じる写真。なまえの口からなまえのことを聞くのも好きだが、なまえが見ている世界を覗けるのもまた良いものだった。
なんて言い訳をしていても、やっているとこは最低なことだというのは理解している。理解しているのだが、そんな事を始めてかれこれ半年くらいは経っていた。


「俺もお昼ご飯、パンケーキにすれば良かったなあ」


少しはなまえと似たようなものを食べてなまえと同じ気持ちになりたい。今更一人の時間をもてあそんでいる自分にソファへ横になる。すると、放った携帯から軽い音が発せられた。何かの通知音だ。もしや、と思いまた携帯を手に取ると、なまえの写真が更新された。


「……ん?」


続けざまにアップだなんて珍しい。
俺はそう画面を覗き込む。


『これからHE★VENSのシネライ! 楽しみ!』


その一文と、パープルのリングライトとバングルをしたほっそりした手が写る。なまえの手首だ。そしてパープルは、『HE★VENSの鳳瑛二』のイメージカラーでもあった。


「………………かっ……!」


がんっと強く頭を横に殴られたようだった。
携帯がカチャン! とローテーブルに強く落っこちた音がしたが、それどころではない。
どういうことだ。
なまえが、HE★VENSの、シネライを、これから、観る……?
ええっと……シネライって、シネマライブのことだよね……。映画館で、この間のライブの映像を流すやつ……。この間のライブもなまえ来てたよね……? それなのに、また観るの……? 行く前にあれこれ着替えていたのも、これを観に行くため……?


「えっ……可愛い……」


いや、そうじゃなくて。
それが、俺に映画を観に行くとぼんやり誤魔化して出掛けた理由……? しかもリングライトもバングルも、ライブ時のトレーディング形式の販売だったのに、どちらも俺の色……。


「ええ……どうしよう…………」


嬉しすぎる。にやける顔を手で覆い、なまえが上げた写真を見直す。ご丁寧にHE★VENSのHであるハンドサインをしていることに、彼女がいかにこれからの時間を楽しみにしているのがよくわかる。
なんだよそれ……可愛すぎだ……。


「観たかったのなら、チケット融通したのにな……」


と言っては、そう言えばライブの時もそんな事があったと思い出す。
HE★VENSのライブが楽しみだと言っていたなまえに「チケット用意しようか?」と言ったのだ。なまえは兄さんと幼なじみでもあるのだからチケットの一、二枚、関係者席で用意できるよ、と言ったらすごく怒られたのだ。「私はHE★VENSのファンなの! ちゃんとチケットの当落も含めてHE★VENSのファンをやりたいの!」と怒られて、なんだかとても幸せな気分になったのだ。
大好きな彼女が、チケットを自分で取らねば意味がないと、自分のグループのファンだと言ってくれるなんて、こんな嬉しいことがあるだろうか。ライブに来てくれただけでも嬉しかったのに、更にシネライも観に行くだなんて。


「なまえ、すごいHE★VENSのファンじゃないか……」


いや知っていた。知っていたけれど。
なまえがHE★VENSを応援してくれていたこと、好きだと言ってくれていたこと。でもまさか参加したライブのシネライも行くなんて、余程好きじゃないと行かない。


「…………嬉しすぎ……」


恥ずかしいやら嬉しいやら、色んな感情で赤面した顔に両手で握り締めた携帯を押し当てて沸き上がる気持ちを抑え込む。
どうしよう、俺の彼女がとても可愛すぎる。
俺のリングライトとバングルをつけて、HE★VENSのハンドサインをして、これからシネライを観るのか。どんな顔をして観てくれるのか、なまえが見詰めるであろう画面の向こうの俺が羨ましすぎて嫉妬する。まあ、自分なのだけど。


「はあ……そうか、今日はシネライか……」


安心したような、でもその分カウンターをくらったような。
別に、内緒にしなくてもいいのに。
ああでも、俺がオフなのに俺が出るシネライを楽しみにしてるって、確かに言いづらいかもしれない。


「まったく、可愛いな」


なんて一人で小さく笑って俺は携帯を手放した。
なまえは無事(?)映画を観るようなので俺もせっかくの貴重なオフを過ごそうと伸びをする。
言っても、なまえがいないオフって何をすればいいのだろう。
稽古や仕事をしているときはやることが山積みで暇などない。オフはいつもなまえに構ってもらっていて、買い物に出たり、舞台を観に行ったり、家で映画を観たりするのだが、考えてみればどれもなまえが俺のオフに合わせて色々用意してくれたものだった。
尽くしたいはずなのに、実は尽くされているなあ。と敵わないなまえの存在に頭裏を小さく掻いた。こういうところは本当に敵わない。気付かないように配慮されていたり、息を吸うようにお世話してもらっていたり。きっと兄さんならそういう細やかな気遣いも気付けて「いつもありがとう」なんて言えるのだろう。
いや、そんな話を考えるのは駄目だ。兄さんに誓ったのだ。「なまえを幸せにする」と。兄さんにとってもなまえは家族と同じように大事な存在で、「お前が幸せにできないのなら、俺が奪うからな」と言われた。頭を撫でられながら冗談めいた言い方だったけど、あれは本音だったと思う。兄さんはいつでもなまえを幸せに、愛することができる。
俺だって、いつでもなまえを幸せに、愛すると誓う!
けれどやっぱり、なまえの居ないオフというのは寂しいもので、「シネライ行くより俺と一緒にいよう」なんて言い出してしまいそうだ(もうなまえは出掛けているから遅いけれど)。もしかしてそう言い出しそうな気配を察知してなまえもシネライに行くと言わなかったのかな。うん、なきにしもあらず。でもそんな事を俺が言い出したらなまえは「『HE★VENSの瑛二』と今の瑛二は別人なの!」って言い出しそう。いやどっちも俺だから今目の前にいる俺と一緒にいよう。なんて都合のいいことを言ってしまいそうだけど。


「……本物がここにいるのに」


別物として扱ってくれているのは重々承知でも、口先を尖らせてそんなことを呟いてしまう。
『HE★VENSの瑛二』は、なまえにどう映っているのだろう。リングライトとバングルをつけるくらいには好いてくれているのだろうけど、あのきらきらした目で見られているのかと思うと、嬉しさと、なんでその時のなまえを見られないんだという悔しさ、それからその視線を独り占めしている自分に嫉妬する。正直羨ましすぎる。いや自分なんだけども。
そこが嬉しくも、悔しくもある。
なまえが『HE★VENSの瑛二』と『ただの瑛二』を好きになってくれるのは嬉しい。好きだと言ってくれるのが嬉しい。もちろん俺はそれ以上にもっとたくさんなまえを好きだし、愛すると誓うけれど、やっぱり好きな女の子の視線は独り占めしたい。もっと愛されていると感じたい。もちろん今だって愛されているという自覚はあるものの、もっと欲しいと願ってしまう自分は相当わがままだ。自分がここまでわがままを言うようなやつだなんて思わなかった。でも、それもこれも、全部なまえだからなんだよね。なまえだから膨らんでしまうんだ、この感情は。
もっと、なまえの愛しているが、欲しい。

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