馬鹿だね、(1/3)




離れた唇から洩れた吐息は震えていて、やっぱり無理をしているのではないかと思う。


「やっぱり、やめるか?」


同じソファに座ったなまえに言った。別に今日じゃなくてもいい。明日だって明後日だって、一週間後だって一ヶ月後だって。一年後でもいい。俺はお前の怖がることはしないし、したくもない。ただ今始めようとするこの行為は、俺の我儘だから。30を過ぎたにも関わらずお前が可愛くて仕方がない俺の、どうしようもない我儘。


「や、やめないで…。今、このタイミング逃したら、私、逃げちゃう…。」


近くにいればいるほど香る、コイツの色香に微かな眩暈がする。あの時はそんな事感じなかったのに、可愛いと思うだけで、傍に置いておきたくて他の男と一緒にいるのが不愉快に感じて一緒にいた。今は違う。高校を卒業して、大学生になって、月日を重ねるごとに綺麗な女になっていくコイツを離したくなくて、俺のものにしたくなっている。
触り心地のいいふわふわの髪に、長い睫毛、綺麗に染まった頬紅に吸い付きたくなる唇。肌は抜けるように白くてつい触れたくなる。というか、これから、触れる、のだ。
今日、俺はなまえを抱く。もちろんそういう意味での抱く、だ。指先が少し冷たくなっているなまえの手を取り、震える指先に唇を寄せた。


「震えてる…。無理すんな。」

「ちが、違う…無理してないの。」

「なまえ、」

「緊張、」

「………?」

「緊張、してるの。さっきから、私、すごい心臓ばくばくいってて。初めてだから…。」


むしろ初めてじゃなかったら殺すぞ。なまえとやった奴を。なるほど冷えた指先は触れると微かに汗ばんでいて、震える指先から来るこれは緊張の感情なのか。怖いとか、嫌だとかそういうのではないんだな。それに小さく安堵しつつ、俺はその手を自分の胸にあてた。


「わかるか?」

「………わ、ユウの心臓すごい、どきどきいってる…。」

「俺も、緊張してんだよ。」

「そうなの…?」

「当たり前だろ。」

「そう、なんだ…。ほんと、ユウの体ちょっと熱いね。」


くすくすと笑ったなまえに調子のんなって額をつんと突けば「あう」っていうお決まりの言葉が返ってきて、先程まで互いに緊張していた空気が少しだけ柔らかくなった。女を抱くのに緊張するとか、中学生じゃあるまいし、とか思うがやっぱりコイツは俺の中で存在が普通と全然違うんだなと改めて思う。マンネリとかそういう感情は出ない。年々大事にしたいと思えるし、年々独占欲が強くなる。それは年々、コイツが大事にすればした分だけ、綺麗になるからだ。身も心も、全部。


「最中に嫌だって言っても止めないからな。」

「え、そこ止めてくれる話じゃないの…?」

「馬鹿か。お前俺を誰だと思ってんだよ。」


額を擦り寄せて、伏せられた睫毛に小さくキスをする。早く抱きたい。無茶苦茶にしたい。どんな反応するのか、どんな声で啼くのか。その反面、大事にしてやりたい。初めてという彼女に、この行為を教えるのは自分なのだから優しくしてやりたい。その思いが混ざっていい歳こいて緊張している。馬鹿は、きっと俺の方。


「お、俺様何様神田様…。」

「上等。」




神田先生


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