メリーゴーランド(1/2)

記念日に色々と計画をたてることは駄目だったのだろうか。
硬い馬の背に揺られながら、私は流れていく風景をぼんやりと眺めた。
しかし、交際六年目を迎え、互いに適齢期を迎え……というよりやや越したあたりの記念日というのは、誰だってそわそわするものではないのだろうか。
本当なら交際五年目の昨年にそんな話になるかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが、その頃は私が審神者業で忙しくしており、やむを得ず見送らせてしまった。
だから今年こそは! と私は張り切り、三ヶ月前から有休申請をし、当日は昼から現世へ戻り、食材を買い込んで仕事から帰る彼を迎えようとしていたのだ。
下ろしたてのワンピースを着て、彼が好きだといってくれたビーフシチューを作ってゆっくりと過ごし、次の日は初デートの時に行った遊園地に出掛け、そのままホテルで一泊というプランだった。
それが、どういうことか。
どうしたことか。
『――ち、違うんだ……、これは……』
そこで待っていたのは、かろうじてパンツを履いたほぼ全裸の彼と、ベッドの上でシーツを胸元に手繰り寄せた見知らぬ女だった。
丸い肩をむき出しにシーツを巻いた体の下は、おそらくと言わず裸なのだろう。そこから予想する、先までこの二人がしていたことを思うと、凄まじい吐き気と目の前が真っ暗になるような気持ちを覚えた。
その女は誰だとか、仕事はどうしたのだとか、言いたいことは山ほどあった。それでも、喚き散らすことなくその場に立っていられたのは、審神者業で鍛えられた忍耐力とか、矜持とか、そんなもののおかげかもしれない(いや、こんなことのために発揮されても困る)。
『わ、私のせいなんです……!』
見知らぬ女が喋った。
確実に修羅場と化したこの現場で当人達よりも早く口がきけるとはたいした度胸であるが(本部職員だったら審神者に推薦していたところだ)、今この場では黙っていて欲しかった。
『私が彼の優しさに甘えて……!』
『違う! 俺が、俺が君を好きになったんだ……!』
『いいえ、私がそうさせたのよ! 悪いのは全部私……!』
『いいや、俺なんだ! 君を守ってあげるだけのつもりが、愛してしまったから……!』
ああ、はい、そう。
いや、心底どうでもいい。
二人が勝手に盛り上がってくれたおかげで、これから私が口にする言葉全てが悪者の台詞のようになってしまうではないか。二人だけの世界を作られ、この場に居合わせた私は邪魔者か、もしくは愛し合う二人を引き裂く意地悪な女に成り下がってしまったわけだが……、何故被害者である私がこんな吐きそうな思いをしなくてはならないのだろうか。
『仕事は』
『え……』
自分でも驚くほど平坦な声が出た。
彼はびくりと肩を揺らしては、彼女を背中に庇い、私の方を向いた。緊張した面持ちながらも、きちんと彼女を守ろうとする姿勢はさながら騎士のようで、そんな顔もできたのねと他人事のように思った。
『仕事は、どうしたの』
『……今日は、休みを取ってて……』
『それは……、私が帰ってくるから?』
『………………』
『そう……、私が帰ってくるから、それまでその子と居たかったんだね』
『……ごめん……』
『………………』
前日に張り切って戻ってきてしまったせいか、それともサプライズをしようと部屋に勝手に上がってしまったのが悪かったのか。私はただ、記念日を彼と楽しく過ごそうと思っていただけなのに。
――いやでもあの部屋元々私の部屋だし。私が本丸に移り住むようになったから、ほぼ同棲のように暮らしていた彼が住むことになっただけで。テレビとか冷蔵庫とかテーブルとかカーテンとかベッドとか、家具はほぼ私が買ったものなんだけど。
「何が駄目だったんだろう…………」
上から吊るされた冷たい馬の背に乗り、目の前の手摺に額を預けてぐるぐると流れる景色を眺める。
本当なら明日行くはずだった遊園地のチケットで入園し、私は一人メリーゴーランドに騎乗していた。
チケットは、仕事で疲れている彼が行くのを渋ることを考えて指定日ではないものにしていて良かった(何故あの男にそんな気遣いを見せたのか、今思うとものすごく馬鹿らしい)。あの修羅場からどうやってここまで来たのかあまり記憶がないのだが、取りあえず何処かで好きなカクテルを一、二杯飲んで気を紛らわそうとしたが、まったく気分が浮上しなかったので、一人で遊園地にきてしまった。
わりと最悪な形で恋人を失った、いや失ったというよりも裏切られてしまった空虚な心に眩いネオンはうるさい電飾でしかなかった。
でも、いつの間にか真っ暗になった空の下、そこだけ切り取られたかのようなファンタジーな空間で、私はメリーゴーランドに揺られていた。こんなものに乗っても、誰が迎えに来てくれるわけでも、柵の外から手を振ってくれるわけでもないのに。
「……おぉーい。主ー……」
「…………………………」
前言撤回。
見間違いでなければ、今、柵の外で髭切が手を振って立っていた気がする。
あとその後ろから「アニジャァ……」と追い掛けるような膝丸の声が聞こえた気もした。
流れゆく景色をぼんやりと眺めていたが、今ので少しだけ頭が覚醒した。
――この場所にいないはずのものが見えた。
手すりに押し付けるようにしていた額を持ち上げると、一人だけのメリーゴーランドに終了の合図が流れる。続いて係員さんから『完全に止まるまで座ったままでお待ちください』とアナウンスで告げられ、私は髭切達がいる場所へ一周して戻ってきた。
「やあ、主。馬に乗るならもう少し上半身を持ち上げないと」
「兄者、あれは造り物だ」
「わかっているよ。でも造り物だとしても、あの姿勢だと落っこちてしまいそうで心配だったから」
「まあ……、確かに」
灰白色と薄緑の髪をした見目麗しい男が二人、柵の外にいた。
髭切はオフホワイトのセーターにベージュのチノパン、膝丸は黒のハイネックとスラックスのオールブラックの出立ち。二人とも現世の格好に合わせた姿であったが、何故彼らがここにいるのだろうかという点を除けばよく似合っていた。
「どうして……」
現世に戻るので三日間は本丸を留守にすると言って出てきたはずなのだが、どうしてここに、ましてや遊園地まで来たのかと問えば、髭切は「そっちに行くよ」と言ってひらりと柵を飛び越え私の側までやってきた。
そして、ここに来るまで散々泣いた腫れぼったい私の目尻を、指の背でそっと撫でた。
「大丈夫かい。君の霊力がひどく乱れたのを感じたから、心配して様子を見に来たんだよ。久しぶりに彼氏くんと会えると喜んでいたじゃないか」
何があったんだい。皆、心配しているよ。と優しく頬を包んでくれる大きな手に、渇いたはずの目からじゅわりと涙が込み上げた。
「……ひ、ひげきりぃ……っ」
「おお、よしよし。何があったかこの髭切に話してごらん」
馬に跨ったまま髭切に抱き付いたその後ろで、アトラクションに乗るためのチケットを慌てて用意している膝丸が見えた。入口にいる係員さんに人数分のチケットを渡し終えた膝丸は、髭切に抱き着いて涙する私を見てぎょっとしていたが、すぐに察してくれたのか気遣うような目を向けた。
まあ、彼氏と記念日を過ごすと言っておいて一人メリーゴーランドに揺られているのだ。『お察し』というやつだ。膝丸に関しては、記念日をどう過ごすのか相談にも乗ってもらっていたし、ここが思い出の遊園地だということも話しているのだから尚更だろう。
「あいつ、う、う……浮気、してて……、シチュー作ろうと思って部屋に行ったら、は、裸の女の人、いて、あいつもパンツ一丁で、でも、違うって言って……っ。ふたりが、言い訳して、なんか、私が悪い奴みたいで、何が、違うんだよって、私、わたし……っ」
「……そう。そんな酷い事があったんだね」
「なんて男だ……。君は今日という日を楽しみにしていたというのに……」
平日の夜だからか、メリーゴーランドには私と髭切と膝丸しかいなかった。
柵の外には仲良く遊びに来ているカップル達が何人かいたが、号泣している私に見て見ぬふりをしてくれていた。
そしてそんな我々に「はよ乗らんかい」と言わんばかりにメリーゴーランドが動き出す合図が鳴り響いた。
髭切は私の手を放し、すぐ隣の馬にひらりと跨り、膝丸もまた反対側の馬へと跨った。よじ登るようにして乗った私とは違い、軽やかに騎乗した二人の姿はメリーゴーランドだとしてもとても優雅に見えた。
「今から、彼の元に行ってきてあげようか」
三人だけのメリーゴーランドがゆっくりと動き出す。跨ったその馬で乗り込んでやろうかとばかりに言う髭切に、首を横に振った。
「……いい。買ってきたワイン、二人の頭にかけてきたから………」
「へえ。ちなみにワインの色は?」
「赤……」
「……上出来だ」
既に、やれることはやってきた。
ぐちゃ、と鼻を鳴らしながら言えば、反対側の膝丸が頭を撫でてくれた。膝丸はくちゃくちゃの泣き顔に優しく微笑んで、手摺から私の手を取って握り締める。
「主、今は何を聞いても信じられないだろうが、俺達は何があっても君を裏切らないと誓おう」
「僕達はずっと君の側にいるよ、誓う」
ひどい裏切りを受けた心に、ふたりからの言葉は消毒液のようだった。今は突き刺すように染みて痛いけれど、それが傷付いた心に後々必要になっていくのだろう。
「ありがとう……」
涙で滲んだ視界がほんの少しだけ輝きを取り戻す。
先まではうるさいと思っていた電飾が、優しく微笑むふたりのおかげで、柔らかい色として見え始めた。
私は膝丸の手をきつく握り返し、頭を撫でる髭切の手にそっと目を閉じた。
「『迎え』にきたよ、主」
「ああ。俺達の元に『還る』と良い」
例えそれが慰めのための行動だったとしても、私はただただふたりの気遣いに感謝し、泣きじゃくってしまった。
「うん……、うん」


***


出掛けの計画を立てるとき、彼はいつも「なんでもいい、どこでもいい」の二言だった。
付き合いたての頃はもっと考えてくれたように思えたが、六年も付き合っていればそんな風にもなってしまうだろう。最近はもっぱら私が行き先を決めてしまっていたが、本当は二人で雑誌やネットを見比べながらデートプランを決めたいタイプだったのかもしれない。
(そもそも、適当な返事をされている時点でもう、彼にとって私は彼女ではなくなっていたのかもしれない)
ベッドにいた女の子は、ウェーブのかかった栗色の髪に目がくりんとした可愛らしい子だった。女の私でも守ってあげたくなるような、若くて瑞々しい、女の子らしい女の子。
比べて私は男所帯で審神者をやれているくらいは精神が逞しいだろうし、本丸の主になってからというものの尚更物事を決めることに躊躇がなくなったというか、いざとなれば一人で判断してしまうし、誰かに相談するとか甘えるとか、そういったものを必要としないタイプの女だったので、彼にとって可愛げとか加護欲とか、そういう男心を擽るものがとっくに欠如していたのだろう。
「――……だって、手のかかる女だって思われたくなかったんだもん…………」
「……主?」
回想と夢の狭間で、私は寝言のような独り言を呟いた。
すぐそばで髭切の声がしたが、取り戻した意識はぐるぐるとしていてその声に応えられるほど頭がはっきりとしない。
どこかに腰を落ち着かせているせいか、まだメリーゴーランドで廻っている感覚に支配されている。でも座り心地は造り物の馬の背中より格段に良い。ここはどこだ、と薄っすらと開けた視界の端で誰かの靴先を見た。
「……部屋が取れた。そのまま連泊していいそうだ」
「そう、良かった。……こんな状態で本丸に連れ帰ったら、主が可哀想だからね」
「ああ……、それより主の様子はどうだ」
「さっきよりはだいぶ良さそうだけど、まだ少し辛そうかな。僕達と合流する前にお酒を飲んでいたみたいだし、メリーゴーランドで酔いが回ったんだろうね」
「まあ、酔いたい気持ちもわかる。……あの男、許されるのなら斬り捨ててやる。……いや、今は主だ。部屋で休ませてやろう」
「そうだね」
「主をもらうぞ」
「おやおや、欲張りさんだ」
「抱えるという意味だ」
「ふふ、わかっているよ。でも残念。主、抱き心地良かったから」
「……本丸に戻ったらまた抱いてやるといい。兄者は主のバッグを」
「はぁい」
髭切と膝丸の声を心地よく聞きながら、体がふわりと浮き上がる。一瞬、またメリーゴーランドに乗るのかと思ったが、浮いた体はあれよりも揺られることなく、丁重に運ばれていく。
どこに連れて行かれるのだろうと思いつつも、視界に入る景色が広々としたロビーだったので、ああ、予約していたホテルにふたりが連れてきてくれたのかと私は安堵した。
……でも、宿泊日は明日からのはずだったが……と思いかけるも、いや、先程髭切と膝丸がお願いしてどうのこうのと話していたから、きっとなんとかなったのだろうと重たい頭を何かに預ける。
(――……なんか、もう、全てどうでもいい)
ぐるぐる、ぐるぐると。
色々考えるのは、もう、疲れてしまった。
先から体が泥のように重たくて力が入らないのだ。おまけにお酒を飲んだせいか、頭にモヤがかかったようにぼんやりしてて考えがまとまらない。瞼さえ持ち上げるのが億劫だ。このまま、文字通り泥のように寝てしまおうかと意識を手放そうとした時。
「着いたぞ」
体が静かに沈んで、柔らかいものに包まれた。手触りのいいリネンの感触にベッドに寝かされたのだと気付き、重たい体で寝返りを打つ。
天井の照明が瞼の裏を突き抜け眩しい。腕を翳せば、その向こうに目を覚ました私を覗く膝丸がいた。
「ひざ、まる……?」
「大丈夫か。どこか痛むところはないか?」
「大丈……、痛む、とこ……?」
「君、メリーゴーランドから落ちたんだぞ」
「…………なにそれ……」
「途中で具合が悪いと言って、落馬したのだ」
「え……えぇぇ……」
「まあ、落ちる直前で支えたから大きな怪我はないはずだが……。本当に痛いところはないか」
「う、うん……」
「そうか、ならいい。今、兄者が水を探してくれている。少し横になっていなさい」
「…………」
どうしよう。まったく記憶がない。
しかし冗談を言っている気配がなければ、言うような男でもない膝丸から聞けば、本当のことなのだろう。メリーゴーランドから落ちるなど、そんな派手なことをしておいて記憶がないとは……。どうしてしまったのだ私……、と額を押さえれば、膝丸から頭を撫でられた。気遣うような優しい手に、まさかひどい落ち方をしたのかと不安にる。
「……え……、私、頭から落ちた……?」
もちろんその不安は打ち所とかではなく、とてつもない迷惑をかけたんじゃないかというものだ。
「あ、いや……、そういうわけではないが……」
「……?」
「主……、君は……」
「はーい。お水の時間だよー」
言いかけた膝丸を遮るようにして、ペットボトルを手にした髭切が顔を出した。
どこからともなく現れた髭切に驚きつつ、はいと出されたミネラルウォーターを私は起き上がって受け取った。
「なんか、ごめんね。ふたりに迷惑かけたみたいで……」
「迷惑なんて、ちっとも思ってないよ。僕達は君を迎えにきただけさ」
「……ああ。今の君を一人にさせなくて良かった」
当たり前のように返した髭切の隣で、膝丸もこくりと頷いてくれた。二人の優しさが嬉しくも申し訳なくて、それと同時に男に裏切られたあげく、酔っ払ってメリーゴーランドから落下した自分が情けなくて堪らなかった。
いや、審神者としてバリバリ働いていた裏側で浮気されていたことが惨めで、本丸では惣領としてそれなりに振る舞えていると思っていたのが、その本丸から出たら、途端つまらない女だということが露呈してしまい、カッコ悪くて顔が上げられなかった。
「浮気されて、酔っ払って、メリーゴーランドから落ちて……」
ふたりからの慰めの言葉が苦々しく感じられ、私は吐き捨てるようにして口を開いた。
「馬鹿だよねぇ……っ、……そりゃ、あの人だってこんな私より、若くて可愛い子に行くに決まってるよ……。長いこと連絡もしてなかったし、今更彼女面して戻ってきても、あっちはもうとっくに終わったと思ってたのかもしれないのに…………」
こちらに戻る連絡はしていたはずだが、それでも彼女を部屋に招いていたということは、あの後もしかすると別れ話でも切り出される予定だったのかもしれない。しかも当人もいたということは、つまり……、結婚とか、そういう話まで進んでいたのかもしれない。
(だとしたら、あの場にいた私は、本当に彼等の邪魔者だったわけだ……)
でも、きっとそうだ、突然審神者を始めたと思えばしばらく戻ってこなくなるような女、誰だって気にしなくなるし、忘れてしまう。
私が彼だとしても、長いこと帰らず連絡もなければ、この関係は自然消滅したのだと思って、新しい恋やパートナーを探すに決まっている。
――ああ、なんだ、そういうことだったのか。あの場にいた私は本当に、二人を引き裂く悪者だったのだ。
「ほんと、何してたんだろうね……! ……馬鹿みたい……」
黙って話を聞いてくれる二人に余計な心配をかけぬよう、無理矢理明るい声を出してみたが、自虐が過ぎた気がした。
誇り高い源氏の刀である彼等が目の前にいると、尚更、自分がどうしようもない女に思えて卑下する言葉が止まらないのだ。情けなさと恥ずかしさから浮かぶ自嘲を俯いて隠せば、髭切が私の横に腰掛け、小さく首を傾げた。
「でも、今日戻ることは伝えていたんだろう?」
「………………」
こくりと頷けば、体が髭切の座った方へやや傾いた。髭切は傾いた私の肩を、そっと抱いてくれた。
「それなのに、はっきりとケジメをつける前に、他人を部屋に入れたのは彼氏くんだ。不誠実なのは、あちらの方だよ。君が自分を責める必要はない」
「………………」
「それに、相手の女の子がどんな子か知らないし、興味もないけれど……、僕は主のこと、とても可愛いと思っているよ」
「……は……?」
見れば、髭切がいつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。髭切なりに、場の空気を和らげようとしてくれたのだろうか。
私はほろ苦く笑って、掠れた声を出した。
「……は……はは……、お世辞はいいよ」
これ以上慰めるのは止めてくれと抱かれた肩と一緒に押し返すが、鼻の奥がつんと痛くなってうまく笑えなかった。
だって髭切が口にしたそれは、犬猫を可愛がるような、もしくは身内による贔屓の一つと同じだと思ったからだ。そんな言葉、慰めとして送られても惨めさしかない。
どうしてそんな心にもないことを言うのだと苛立ちさえ覚えた時、膝丸が口を挟んだ。
「世辞ではない。君は自分を卑下し過ぎる癖がある。向上心があるのはいいが、自分を責め過ぎるきらいもある。直しなさい」
そう言って、髭切の反対側に膝丸が腰掛け、ふたりは私を挟むようにして座った。反対側から膝丸の腕が腰に回ったが、肩幅のある男ふたりに挟まれ、私は体を小さくさせた。
「そんな、卑下なんて……」
卑下なんて、していない。
これは事実だ。私には可愛さなどなければ守ってあげたくなるような女らしさもない。もしそれを持っていたとしたら、知らない間に女を作られ、寝取られていたことにもならなかったはずだ。
「だって、そうだよ……。審神者を始めても、相談とか、甘えもしなかったし、自分でいうのもなんだけど、隙がないっていうか、一人でも生きていけそうじゃん……」
膝丸の悪意のない真っ直ぐな言葉が胸を突き、もしかして私は悪くないのかもしれない、なんて一瞬考えてしまったが、悪くなければ何故あんなひどい別れ方をされたのかと、このぼろぼろに傷付いた心は何なのだと、私は言葉を重ねた。
すると、膝丸は長い前髪をさらりと揺らして、私の顔を覗き込んだ。
「それは、いつも君が頑張っているからだろう」
「…………」
「君は本丸の主として、弱音も吐かずよく頑張っている。俺達が君を好ましいと思うのは君の形ではない、その姿だ。……君のことだ。あの男の前でも、いいパートナーとして頑張ろうとしたのだろう?」
そうだ、と口を突きそうになった。
せめて手のかからない女と思われることで好かれようとしていたのに、それが裏目に出るとは……。
誰かに言ってもらいたかった言葉を与えられ、鼻奥の痛みが喉元まで降りてきた。口から突きそうになった言葉を戻せば、針を飲み込んだような痛みが走る。ぐっと小さく喉を鳴らせば、俯いた顔を掬うように膝丸の指が私の前髪を撫でた。
「君が頑張っているということは、よく見ていればわかることだろうに……。気付くことができれば、君を守ってやりたい、可愛いとこれほど思うことができるというのに」
その指先があまりにも蕩けるように甘いものに感じて私はびくりと震えた。
心が、ありえない、こんな私を誰かが可愛いと思ってくれているなんて絶対にありえないと毛を逆立てていた。
「やめて、触らないで……、私、私なんて……」
もう何を信じていいのかわからない。何が駄目だったのか、私はどうすればよかったのか。それすら処理が終わってないのに、本音かどうかわからない慰めを重ねないで欲しい。同情なんて、尚更惨めになるだけではないか。
「……可哀想に。ひどい仕打ちのせいで僕達の言葉さえ響かなくなってしまったんだね」
距離を取ろうと後ろについた手に髭切が触れ、深い色の目と目があった。
「でも、もう大丈夫だよ。君はもう、僕達の『輪』の中だ」
「…………輪……?」
一際、耳に残った単語を口でなぞる。
そして鼻先がぶつかりそうなほど距離が近いことに目を見張る。何故髭切の顔がこんなに近いのだと思いつつ、私を見詰めながら微笑むその顔はあまりにも美しく、ひび割れた心に何かが染み入るようにして意識を奪われそうになった。
刹那。
――ゴトッ、と何かが落ちる音がした。
「……っ!」
はっとして音の方を見れば、握っていたはずのペットボトルが手から滑り落ちていた。
柔らかいカーペットの上を転がるそれに、きちんと蓋が閉まっていたことにほっとしたのも束の間。
「主――」
凛とした声に呼ばれ、振り向いた瞬間、唇に柔いものが触れ瞬きを繰り返した。
「……膝、丸…………?」
膝丸が、ペットボトルの方へ向いた私の意識を引き戻すかのように、キスをしたのだ。
呆然とする私に膝丸は申し訳なさそうに眉尻を下げ、先程唇で触れた場所を指先で撫でた。
「どうか、これ以上この口で俺の好きなひとを責めるのはよしてくれ」
「は…………」
好きな……ひと……、俺の……?
膝丸は一体何を言って、私に何をしたのだ……。
状況が掴めず、切なそうに眉根を寄せる美しい顔をぽかんと見詰めていると、その顔とよく似た男が隣でくすりと小さく笑った。
「おやおや。最初の口付けは僕の約束じゃなかったかい?」
「……すまない……、自分を責め続ける主が見ていられなくて」
私の知らないところで何の約束をしていたのか。
思わず、と零した膝丸の言葉に続き、今度は入れ替わるようにして髭切が顔を寄せた。
「……だって、主。僕の弟をこれ以上悲しませることはしないでおくれ。僕も、君が君を責める姿は痛ましくて、とても悲しい気持ちになるから」
「待っ……」
待って、と口にした言葉は触れ合った口付けの中で溶けてしまった。すぐそこの深い色の目がとろりと蕩けたのを見て、長い睫毛が伏せられたのを知る。目を閉じる、たったそれだけの仕草は、迫る唇から逃げることを忘れさせてしまうほど美しかった。
「迎えに来たよ、主。さあ、僕達の輪へおかえり」
唇が離れると、再び酔いが回ってきたかのような軽いふらつきを覚えた。
くらりとした感覚に跳ね返す言葉を失うと、ぼんやりとした頭の中で髭切の声が静かに響き渡る。
「わ…………?」
……先から、髭切は何を言っているのだろうか。
髭切の言葉に眉根を寄せると、補足するように膝丸が続き、私の手に触れた。
「元の縁を断ち切り、俺達へと繋いだ。君はもう、俺達の君だ」
長く節くれ立った指が、縫い合わせるようにして絡み、隙間を埋める。じわじわと膝丸の指先が私を締め付け、まるで心にさえ手を伸ばすかのようだった。
「君は、俺達の中で『廻り』始めた」
「まわ、り……?」
「そうだ。君が俺達の手綱を握っているうちは、君は俺達の輪の中で廻り続ける」
そう言って寄せられた唇に、また口付けられてしまうのかと思わずびくりと震える。
「……っ!」
すると、膝丸は握った手を持ち上げ、一度指を解いては、目の前で握り直した。少しだけ痛いと感じていた手が優しく握り直され、ほっとすると、それを見た膝丸が柔らかく目を細め、今度こそ唇に吸い付いた。
「こうして、しっかりと握っていてくれ」
穏やかな声が、体に染み渡る。膝丸は僅かに顔を傾け、ぴったりと重なる場所を探るように唇を何度か重ね合わせてきた。
「……柔い……」
無意識かのように一言零し、気に入った場所を見付けると、柔らかく唇を食むようにされた。
最初こそ慎重に触れていた唇は、重なり合う度に躊躇いを無くし、己の好きなように吸い付く。それでも触れる唇はひとつひとつ丁寧で、大事なものに触れるかのような優しい口付けの連続につい気持ち良くなってしまう。
「う、……ん……っ」
「……可愛いな。こんな可愛いものを手放すなど、考えられん」
顔を持ち上げるようにして口付けられ、上向かれた先で唇が離れると、うっとりとした目に見下ろされた。
譫言のように口にした言葉が本音に聞こえてしまうほど、膝丸の目は熱くこちらを見詰めていた。見詰め返してしまえば、熱を移し、固く冷え切った自分の心が簡単に溶けてしまいそうに思えて私は顔をそらした。
「……やっ」
蕩けるような口付けに流されてしまったが、何をやっているのだと逃げるようにすれば、両肩に手を置かれる。
「主、よく見てごらん」
背後を確認する前に灰白色の髪が頬を擽り、長い指が首を這った。指は逃げた顎を捉え、その先を見るよう、視線を固定する。促されたその先には、膝丸がいた。
「ほら、あの目。傷心の君の心に付け込んで、君をめちゃくちゃにして、自分のものにしたいっていう雄の目だ」
吐息さえかかる生々しい声に促され、淡い薄緑の髪から煌めく目を見た。
眩しいくらいに電飾を光らせていたメリーゴーランドとは違う、底光りする輝き。寝静まった草食動物を虎視眈々と見詰め、闇に溶け込んでは確実に奪える一手を狙うような、ぎらぎらとした目を見た。
ぶるりと、野生の獣を前にしたように体が震え上がってしまう。すると、上から抑えるようにして肩に置いた手を髭切が引き寄せ、諦めなよと耳元で囁いた。
「あんな獰猛な目をした獣、君がどうこうして逃げ切れるわけがない」
笑みを含んだような声に振り返れば、髭切もまた、膝丸と同じ目をして牙を剥いていた。鋭く尖った白い牙と赤い舌の鮮やかな色にぞくりとしつつ、でも随分と綺麗な獣だと感心する自分もどこかにいた。
「まあ、そう言う僕も同じなんだけど。……だから、僕の手綱も一緒に握っててくれるかい?」
ほら、と促されて指が絡み、口付けられる。捉えた顎を掴まれ、後ろを向いたままのキスに首が痛んだが、柔らかい舌に唇をしっとりと舐められ、心ごと絡め取られた。
「駄目だよ、しっかり握ってて。『転げ』堕ちないよう、しっかりと」
「ん、んぅ……っ」
「……ふふ、僕も簡単には離してあげないけど」
唾液を拭うようにぺろりと唇を舐められた。その怪しくも艶を纏った仕草に、目の前がぐらりと廻り始める。いけない、ふたりにこんなことをさせてはいけないと強く思うのに、冷え切った心がふたりの熱によって溶け出しているのを私は感じていた。
このままでは……と思うのに、与えられる心地よさに弱った心が負けてしまいそうになる。こんなこと、絶対あってはならないのに。それを強く否定するものがこの場に自分しかいないというのはとても心細く、そんな寂しい気持ちにさえ寄り添うように、膝丸が撫でるように私の足を取った。
「君と俺達の縁を、しっかりと結ばねば」
「……っ、膝丸……!」
膝丸は私の足に恭しく触れ、静かにパンプスを落としてはストッキング越しに足先へと口付けた。
まるで忠誠を誓うかのようなそれに目を奪われたが、膝丸は手を滑らせるようにして膝裏を掴み、両足を開く。ワンピースの裾を抑える間もなく、膝丸は脛からふくらはぎ、内腿へと大胆に唇を這わせ、己の熱を伝えてくる。
「……っ、あ……、だ、だめ…………」
温かくしっとりとした感触が触れた場所に留まり、優しく押し付けられる膝丸の唇に全身が甘く蕩けるようだった。か細く震える私を膝丸はじっと見詰めてはゆっくりと目を細め、駄目なところなどないとばかりに、尖らせた舌先で足を舐め上げる。
「んっ、う……」
冷えた足に膝丸の舌は熱した鉄のように熱く、じんじんと痺れるような感覚も付き纏った。このまま許してしまえばあらぬところまで辿り着いてしまうのに、「やめて、駄目」を繰り返した言葉は膝丸の熱にかき消されてしまう。
点々と滲む赤い痕はまるで焼き鏝のようだと思った。でも、押された場所は甘やかな熱に満ちている。いけないのに、許してはいけないのに。全て愛おしそうに、大事そうに記されるそれに、心が激しく揺さぶられる。
「いいんだよ、主。君は何も悪くない」
滲みだす涙を、髭切が慰める。
駄目と言いつつ、はしたない声が出そうな口を抑えた手を取り、髭切の指が両手に絡み合った。ぎゅっと手を握らされた矢先、膝丸が足の間から顔を上げ、捲れ上がったワンピースの中からストッキングと下着に手を掛けた。するすると滑るように脱がされていくそれは、両手が塞がれ止めることができない。
「あ……、だめ、お願い、脱がさないで……」
頼りない声で懇願する。それでも膝丸の手は止まらず、羞恥に頬を染める私をふたりが見詰めていた。
「君は僕達の『輪』の中で『廻』る。そして『転』げ落ちることのないよう僕達との縁を握り、僕達の中で新たに『生』まれ変わる」
「誰の手も届かないところで、俺達の中で、君はゆっくりと、永久に廻り続ける」
「ぐるぐる、ぐるぐる、と」
「――そう、メリーゴーランドのように」
「――そう、メリーゴーランドのように」
重なった言葉が脳内に響く。
すると、脳裏にメリーゴーランドで揺られる私の横を、騎乗したふたりが追走する姿が浮かんだ。私は小さな馬車の中で眠り、ふたりはその周りを守るようにして馬で駆けていた。それはまるで夢物語のような光景で、でも、今こうしてふたりが私の側にいることが脳裏の姿と重なる。
何がきっかけだったのか。
どこからが輪の中だったのか。
いつから、迎えられていたのか。
廻る言葉は、最早どちらがどちらのものだったか思い出せない。
「全て、委ねてごらん」
優しい口調は髭切のものだったか。
それとも、時折砕けた口調で話す膝丸だっただろうか。
「……ひ、ぁっ……」
どちらかの声が聞こえた時、長い指が両足の奥にある淡い割れ目を撫でた。中はいつの間にか……、いや、とっくに潤んでおり、指を差し入れた膝丸をしっとりと迎え入れる。
「ああ、こんなに濡らして……」
まるで粗相をしたかのように零した膝丸の声に目の前がカッと熱くなるが、そのまま深く指が差し込まれていく感覚に声にならない悲鳴が上がる。
「あ…………っ」
膝丸は緩慢な動きで中を擽り回す。触れ合った場所から信じられないくらいの淫らな音が聞こえてくるのに、ゆっくりと中を掻き回され、ひどく気持ちが昂っていく。
「主、僕にも可愛い声を聞かせて」
「んっ……、あ、ん……っ」
体の奥から溢れる快感を拾い上げるように、髭切の手が服の下に潜り込み、やんわりと胸を包んだ。髭切の手の中でくにゅりと形を変える姿が卑猥だったが、後ろから包み込まれるように揉まれると、体から力が抜けていくような、だらしない気持ち良さに襲われる。
「主の胸、柔らかくて気持ちいい」
「やぁ……っ」
「兄者、俺も触りたい」
「お前は主のことになると途端欲張りになるね。いいよ、でも交換」
胸を覆う下着を取り外されると、ふたりの前につんと突き出した胸の先を見せてしまい、一層羞恥が煽られる。しかし引き寄せられるようにして手を伸ばす膝丸が、その先を指先で摘まむ。
「あ、いや……、膝丸……っ」
ぬる、とした感触に、膝丸が濡れた指先で触れたのがわかった。膝丸は私の頂きを指先で擦り、たっぷりと穢したあとに頬張るように口で覆った。柔らかい先にほんの少しだけ歯を立てられ、ぴりっとした痛さが走ったが、散々弄られた体はそれを快感として受け取り、腹部に切なさを送り込む。体の奥がきゅっと窄まると、一瞬緩んだ隙を狙ったように髭切の指がたっぷりと濡れた秘裂を撫でた。
「ひ、ぁん……っ!」
割れ目の先にある小さな粒に触られ、体が跳ねる。髭切は宥めるように優しく撫で回したが、敏感な場所に触れ続けられたら息が上がってしまうだけだ。
「だめ、髭切……、そこ、は……っ」
「気持ちいい? じゃあもっと撫でてあげるね」
「いや……っ、だ、め……っ、あ……っ」
駄目だと言っているのに、転がすように指がくるくると動き回る。時折、中から零れる蜜を拾って滑りを良くされると、わかりやすい快感と、入口を通り過ぎるもどかしさが交互に押し寄せ、体がじわじわと熱くなってくる。
「だめ、だめなの……っ」
自分の理性が焼き切れてしまいそうで首を振れば、頑是ない子供に優しく声をかけるようにして髭切が追い詰めてくる。
「駄目じゃないよ。気持ちいいって言ってごらん」
「ん……っ、ふ……っ」
「可愛いな、震えが胸にまで伝わる。ほら、こうされると気持ちいいのだろう?」
「あっ、あぁ……んっ!」
胸を咥えた膝丸が、牙の先をあてる。小さな痛みが快感に書き換えられ、頭がおかしくなりそうだった。そして後押しすように髭切が小刻みに指を動かし、私は促されるようにして甘い痺れに呑まれた。
「ん、んーっ……!」
髭切に体を押し付け、膝丸に胸を突き出しながら私は達した。
制御できない痺れに震える体は甘ったるい心地よさに包まれ、意識をぼんやりとさせる。
「主、気持ち良かった?」
「気持ち良さそうな顔をしている」
「……ん……、きもち、いい……」
私の頬を撫でるふたりの手が心地よくて、思わずそう口にしてしまう。
息を乱しながらどこかふわふわした頭で応えれば、体は与えられた快感をはっきりと受け入れてしまう。触れられるだけでびくびくと震えてしまい、ふたりの笑い声が耳を擽る。
「ねえ、僕が先でもいい? 主のここ触ってたら入れたくなっちゃった」
「む……。まあ……、口付けの約束を破ってしまったからな」
「ふふ、ありがとう。それじゃあ主、こっち向いて」
「ん……」
一度達した体は従順に頷き、髭切の方へ向けば後ろから膝丸に服を脱がされた。一糸纏わぬ姿で膝立ちになれば、髭切が前を寛げ、腹部につきそうなほどそそり立つものを取り出した。この綺麗な顔のどこにそんなものを隠し持っていたのかと思うほど雄々しい存在に思わず身を引きそうになるが、髭切が私の腰を引き掴み、張った先端を当てる。
「あ……」
当てがわれただけだというのに口から声が出てしまった。物欲しげに零れた声に恥じれば、髭切が嬉しそうに目を柔らかくさせ、口付ける。
「ん……、ふ、ぅ……っ」
抱き締められながら交わした口付けはとびきり優しくて、甘い味がした。もっと欲しくなってせがめば、口付けをしながら硬い先で入口を掻き回された。
「主、僕の手綱、しっかり握っていてね。しっかり握ってくれないと振り落としちゃうかも」
そして、髭切が私の腰を押さえ、硬く怒張したものをゆっくりと突き上げてきた。
「や……、あぁ……っ」
みちみちと押し広げられる感覚に喉奥から声が出た。奥まで貫かれると凄まじい圧迫感に息が詰まる。お腹が苦しい。硬くて、大きくて、何かに縋っていないと体が引き裂かれてしまいそうになる。必死にしがみつこうとすれば、髭切が私の両手を取り、体を後ろへと倒した。
「あ、あうぅっ……」
ベッドに寝る髭切に馬乗りになった状態にされ、深く奥を抉られ背が丸まってしまう。髭切は指を絡めたまま、先とは違う角度で私の体を下から突き上げた。
「主、ほら、もっと上体を起こさないと」
「ひっ、ぁ……だめ、うごいちゃ……っ」
「胸をそらして、肩の力を抜いてごらん。バランスが大事だよ」
力を抜くなど、到底できない。
小さく突き上げられても、奥がいっぱいで微かな振動でさえ鋭く感じてしまうのだ。乗馬に似せた意地悪な突き上げに必死に耐えていると、背後から手がまわり、上体を起こすようにされた。その手は胸を揉みしだき、汗ばんだ背中に舌を這わせる。
「……あ……、あぁ……っ」
「胸を少し開くといい。……そう、上手だ」
つう、と滑る熱い舌の持ち主が言う。
誰と言わず、すぐ後ろの膝丸に体を支えられ、仰け反る背中に舌が這う。後ろから胸を包みつつ、背中や肩に口付けられると体がいい具合に反り、下から一気に突き上げられてしまう。
「ひぁっ……!」
一際強い刺激を与えられ、視界が大きく揺れたが、体を支える手も下からの突き上げも緩むことは無い。
膝丸が体の力を奪い、髭切がその隙を穿つ。より深く繋がると、体が切なく悲鳴を上げ、奥から絶頂を連れてくる。
「だ、め……っ、い、いく……っ」
「いきそう……? じゃあ、しっかり握ってて」
握った手に力がこもり、深く繋がったまま髭切が腰を揺すった。気が付けば私も髭切に合わせて腰を揺すっており、無意識に高みへと昇ろうとしていた。
「うん、上手。そのままいってごらん」
「んっ、く……ぁ、あぁ……っ」
髭切の優しい声と、ひたすら与え続けられる甘い快楽に押し上げられ、私は絶頂を迎えた。体の隅々まで走る悦楽にがくがくと体を震わせると、髭切が崩れ落ちる私の体を抱き締め、唇を重ねた。
「いいこ、いいこ。上手だったよ。流石、僕達の主。飲み込みが早い」
激しく揺さぶった余韻を楽しむように唇を吸われる。髭切は力の入らない私の体を横たわらせ、その上に覆いかぶさるようして縺れ合った。蕩けるような微笑みを見てこのまま溶け合っていくのかと思えば、その体は引き離される。
「兄者、交代しよう」
「おやおや、待ち切れないかい?」
「もう、十分に待った」
「十分に待ったのなら、もう少し待つのも変わらないだろうに……」
そう苦笑しつつ、髭切は肩を叩いた膝丸へ場所を譲った。部屋の照明を背に、膝丸が覆い被さるようにして私を見下ろす。ぎらぎらとした目に見詰められ、肉食獣を前にした草食動物のように胎内がきゅっと鳴いた気がした。
「君……」
膝丸は悩ましげな溜息と共に上を脱ぎ、もどかしそうにベルトを外して下も脱ぎ捨てた。
私の前にしなやかな筋肉をつけた引き締まった体が現れる。その体は重なり合ってわかるのだが、びっくりするほど熱く、肌を通してどくどくと心臓の音を聞いた。私を呼ぶ声は切なく、念願叶ったかのように囁かれると敏感になった体には毒のようだった。
「どうか、ここに俺も受け入れて欲しい。ずっと、ずっと君とこうしていたかった」
「あっ……膝丸……っ」
体中の熱を凝縮したかのような熱杭が、達したばかりのそこに擦り付けられる。甚振るように先で掻き分け、愛液をすくって陰核をぐりぐりと抉られた。それだけでも軽く果ててしまいそうになりながら、膝丸は私へと牙を剥き出しにした。
「君からあの男について相談されるたび、胸が焼き切れるような思いだった……」
「あ、そんな……っ」
「同時に、君から信頼を得ているようで嬉しくもあって、残酷な娘だと思ったよ」
激しい嫉妬共に手を取られ、その甲に膝丸が吐息ごと唇を当てる。勢いよく取られたと思えば、触れる唇は優しくて、でもそこから向けられる目は獲物を前にした獣のようだった。あべこべな仕草と目に、胸がざわつく。
「俺とて、しっかりと握っていてくれないと何をしでかすかわからん。君が、しっかりと俺を繋いでくれ」
「あっ、やぁ……っ」
繋いだ両手をベッドへと縫い付けられ、じわじわと熱を伝えるように膝丸が入ってくる。腰を進められるたびに体から力が抜け、如実に膝丸のものが胎内に収まっていくのを伝えてくる。
「ほら、しっかりと繋いでくれ」
ずん、と重たい衝撃が走り、脳天が痺れた。小突かれると、中が窄まり、膝丸を強く締め付けてしまう。
「……っ、そうだ。それで、いい」
「あっ……、あぁっ……んぅ……っ」
擦れ合う中はあまりにも気持ちが良くて、先程の絶頂をすぐに思い出してしまう。そのまま気をやってしまいそうになれば、膝丸が硬い先を奥まで押し込み、やわい肉壁を擽る。
「ひゃぁっ……」
「可愛い……、堪らんな……」
乱れた高い声を上げれば、中で膝丸が大きくなった気がした。押し開かれる感覚に快感が強くなる。既に足先はがくがくと震えていて、矯声さえか細くさせていると、膝丸が体を起こして私の腰を引き掴んだ。
「んっ……、ああっ!」
最奥を狙うように腰が揺すられる。恥ずかしいくらい大きな声を上げてしまえば、中から蜜のように愛液がとろとろと溢れ出し、ぐちゅぐちゅとかき混ぜられるようにして体が揺さぶられた。
「あっ、や……っ、音、恥ずかし……っ」
「ああ、すごい音だな……。もっと聞かせて、くれ……っ。君が甘えてくれているようで、心地、いい」
「ん、んぅーっ!」
掻き回される刺激に腰が浮き上がる。足先の震えから伝って、またその時が迫り始めているのを察する。慣れない強い快感の連続に思わず手を彷徨わせると、すぐに髭切が握ってくれ、微笑まれる。
「主、次は、また僕だからね。気をやっても寝ては駄目だよ」
何か優しい言葉でもかけてくれるのかと思えば、甘く残酷な言葉だった。
「君、今は俺に集中してくれ……。まだ、終わらせないぞ」
「……ひっ、あぁ……っ」
「しっかりと君の体で、俺を繋いでくれ」
嗜虐的に、でも恍惚とした声で熱杭を打たれる。
これでは繋ぐというより、打ち込まれているようだ。際限のない気持ちよさに今でさえ息も絶え絶えになっているというのに、この次も待っているのかと思うと目が廻りそうだ。
「あっ、も、お、おわって……っ」
代わる代わる愛され、満たされ、終わりのない輪の上をずっと廻っている。
「ふふ、まだまだ終わらないよ。君は僕達の中でずっと廻るんだ」
「言っただろう。君はもう、俺達の輪の中だと」
そうやってどこかへと転がり堕ちぬよう、手綱をしっかりと握らされ、私の縁はこのふたりの元で生まれ変わるらしい。
「んっ、あっ、だめ……、許、して……っ」
やがて、瞼の裏がちかちかと光り限界を悟ったが、眩いそれはメリーゴーランドで見た電飾のように思えた。
「あ、あぁ……っ!」
真っ暗な世界の中、そこだけ切り取られたような空間に、私は……。
「ぐるぐる、ぐるぐると」
「ぐるぐる、ぐるぐると」

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