君の玉座(1/2)

真っ直ぐと続く本丸の透渡殿は、庭の景色を隅々まで楽しむことができて好きだと思っていたが、この時だけは勘弁してくれと零してしまった。
「部屋、遠っ……」
誰だ、自分の部屋を本丸の一番奥に配置したやつは。
いや、増えていく刀剣達と繰り返される増築により自分の部屋が奥へ奥へと移動され、誰かに配置されたわけでもなくこうなってしまったので恨みようがない。
しかし、持ち上げるのもやっとな荷物を本丸の玄関から自室まで運ぶとなると、この長さは気が遠くなる。しかも荷物は思ったよりも大きなダンボールで届き、両腕をうんと伸ばしてやっと端と端に手が届く。
やはり誰かに運ぶのを手伝ってもらえば良かったと思いつつ、しかし私的な荷物を運ぶのに誰かの時間を奪ってしまうのも申し訳ないし、かといって皆が綺麗に掃除をしてくれている本丸自慢の渡殿の上に荷物を引きずって運ぶわけにもいかない。
結果、一人で運ぶことにしたのだが、如何せん部屋までの廊下が長い。この長さがまた趣きがあるのだとしていたが、今ばかりは渡殿の真ん中をちょん切って部屋までの最短距離で繋ぎ直してやりたい。不動産屋さんもびっくりな直線距離で繋いでやる。
部屋まであと少し。なんとかここまで運んできたが、大きな荷物にじわじわと腰への負荷がかかっている。
これでは何のために『これ』を購入したのか、本末転倒もいいところだ。しかし『これ』を運びきってしまえばこの腰痛から解放される。
「あと、少し……!」
ずっしりと腕(と腰)にくる大きな荷物を抱え直し、細い透渡殿の上をふらふらと進む。気を抜くと高欄を越えて庭へと転げ落ちてしまいそうになるから少しも気が抜けない。おまけによく磨かれた床板はよく滑る。細心の注意を払いながら荷物を自室まで運んでいたその時。
「――ありゃ、ここにダンボールの付喪なんていたかい?」
ふと、両腕にのしかかっていた重さが無くなる。同時に塞がっていた視界が開け、目の前に象牙色の髪をした男が立っていた。
「やや、ダンボールの付喪かと思えば僕の主だった」
男は女性と見間違うほどの美しい顔立ちで、濃く長い睫毛に囲まれた目を柔らかく細めた。そっと目を細めた仕草は絶世の美女かと勘違いしてしまいそうになるが、やっとの思いで抱えていた荷物をひょいと持ち直した腕は男らしく逞しい。
「髭切……っ」
こちらに向けられる表情は穏やかで麗しいが、男は見上げるほどに背が高い。
肩にかけたジャージを翻し、よっと、と小さく口にして荷物を抱え直した髭切に我に返った。
「あっ……、荷物、私のだから……っ」
「うん? 部屋に運べばいいんだよね?」
「そうなんだけど、重たいから……!」
「重たいから……、僕が運ぶのだけど?」
当たり前のように持ってくれた髭切から荷物を取り返そうとしたが、ひらりとかわされてしまった。申し訳なさそうに見上げれば、髭切は少しだけ困ったように笑った。
「言ってくれれば運んだのに。どうして声をかけてくれなかったんだい?」
「わ、私の、荷物、だから……」
「ふらつくほど重たいのに?」
「お、思っていたよりも大きくて……」
「うん、危ないから今度は僕や誰かを呼んで運んでもらうこと」
「…………」
「お返事は?」
「……は、はい……」
「うん。良い子、良い子」
優しく注意されたが、小首を傾げて返事を待つ姿は反論を許す隙がない。お返事を聞いた髭切は微笑み、その笑みからぽんぽんと頭を撫でられたような気がして小さく俯いた。
「で、この大きな荷物は何だい?」
部屋へ足先を向けた髭切の後ろを慌ててついていく。
一歩進むのでさえ一苦労だったというのに、髭切はまるで重さを感じていないかのように歩く。こんなに綺麗な顔をしていて体は一般男性よりもうんと筋肉がついているのだから、抱えた荷物は本当に大したことがないのだろう。……色々ズルい男だ。
「えっと、椅子を買ったの」
「椅子……?」
「椅子と言っても、座椅子なんだけど。お、お仕事用にね」
「ふぅん……?」
決して無駄遣いではないと付け足せば、その続きを促すように横目で見られ、ちらりと向けられた視線に思わず目をそらしてしまった。……別に悪いことをしたわけでもないのに、髭切に見詰められるとなんとなく探られているような、後ろめたい気持ちになるのは何故だろうか。
「あの、今年は色々あって外出の用事が少なかったでしょう? その分デスクワークが増えたから、その……」
「……その?」
「…………」
しれっと部屋に置いて、しれっと使おうと思っていたのに。それを買ったわけを言うまで離す気のない目に圧され、ぽろっと口が動いてしまった。
「こ……、腰が、痛くて…………」
「………………」
白状してしまった(いやだから別に悪いことをしたわけではない)わけに情けないような恥ずかしいような思いで視線を落とす。髭切は長い睫毛をつけた目でぱちぱちと瞬きを繰り返した後、こちらの顔を覗き込むようにして首を傾けた。
「腰、痛めたの?」
「す、少し……」
「……デスクワークで?」
「……座りっぱなしだったもので……」
「…………」
齢千を超す男を前に、その半分の半分も生きていないというのに腰痛を口にしてしまった。
「……ふふ」
目を丸くさせていた髭切はやがて頬を緩め、ふふふと肩を小さく揺らし始めた。……腰を痛めたと口にしたことを笑っているのだろうか。流石にムッとして睨むも髭切は荷物を抱えたまま、すたすたと部屋へと歩いていく。
「君は優しいなあ」
なんて呟くように言った髭切に、腰痛の話をしていてどうして優しいなんて単語が出てくるのか。眉を寄せたまま後を追い掛けるも、髭切は機嫌良さそうに荷物を運んで行ってしまった。
「荷物は部屋の中に?」
「う、うん、ありがとう」
ここまで辿り着くのもやっとだったというのに、髭切は難なく渡殿を渡りきってしまった。そのまま部屋に荷物を運び入れてもらえば、「開けるの手伝うよ」と言われ、結局開封までやってもらった(ダンボールが大きい分、運ぶのもやっとだったが開けるのも結構大掛かりで、箱から出したり、ビニールを取ったり、これに関しては素直に手伝ってもらって良かったと思った)。
注文する前に何度も寸法を確認したはずの座椅子は、実際目にすると想像の一回りは大きくて(余裕があっていいと言えば聞こえがいいが)、まるで一人掛けのソファのようで少し驚いてしまった。
「おお、立派な座椅子だねえ」
「こんなに大きいとは思ってなかった……」
どうりで届いたダンボールがあんなに大きくて重たいわけだ。頼んだ座椅子はリクライニング式で、背もたれを倒すとその上に寝転がって横になることもできるほど大きかった。短刀であればベッドとして十分使用できるだろう。
開封した座椅子を文机の前に移動してもらえば、その大きさが妙にミスマッチでこっそりしくったなと思いはしたが、ふかふかの座面はとても座りやすそうで腰にも優しそうだ。
「ほら、せっかくだから座ってごらんよ」
髭切が文机から座椅子を引き、そこに座るよう促す。実は開けた時から座り心地を確かめたくてわくわくしていたので、言われるがまま、座椅子へとそっと腰をおろした。
柔らかい座面がお尻を包み、ふかふかの背もたれに腰が優しく支えられる。程よく埋まる体に思わず髭切を見上げた。
「どうだい?」
「……いいかも」
具合を聞いてきた髭切にそう感想を言い、お尻をもぞもぞと動かして座椅子の弾力をしばし楽しんだ。座面の中にはスプリングが入っているらしく、座ったときの沈みようと、腰を持ち上げたときの跳ね返す力のバランスがいい。座椅子を包む布地もふかふかとしていて手触りが良く、つい何度も撫でてしまう。
「…………」
すると、先までにこにこと微笑んでいた髭切がじっとこちらを見ているのに気付く。穴が空くのでは……と思うほど強く見詰められたが、猫のような大きな目は何を訴えたいのかうまく読み取れない。
「髭切も座ってみる……?」
聞けば、髭切は「僕が?」と不思議そうな顔をした。
……どうやら座りたいわけではなかったらしい。しかしあんなに見ていたというのに座りたいわけではないとすると、何を訴えたかったのか。
「うーん…………。うん」
取りあえず座椅子に座るのをすすめてみれば、髭切は自分でも納得していないような曖昧な返事をした。本人もよくわかっていない顔をしつつ、まあ座ってみるかと座椅子の前へとやってきた髭切にその場所を譲った。
「うーん……」
髭切が座ると座面からはみ出す足の長さが凄まじい。
こやつ体の半分以上が足……、いや、ほぼ足なのだが……。
武蔵の国に聳え立つという六百三十四メートルのなんちゃらツリーでも跨げるのでは、という錯覚に陥っている間、髭切はもう一度小さく唸っては物足りなさそうな目でこちらを見上げた。
「ねえ、主」
「なぁに?」
ジャージ姿だというのに、その恐ろしい足の長さゆえに肖像画のように優雅に腰掛ける髭切がおもむろに両手を広げた。
「はい」
広げた両手の上に何かを待つような顔をされ、少し戸惑う。
「えっと……?」
何か……? と首を傾げると、再度髭切が両手を広げる仕草を繰り返した。
まるで与えられるのを待つかのように見上げられた目にまさか……、と身を引くも、髭切はじーっと見詰めたままそこから動かない。
広げた両手が「まだかい?」とばかりに待っていて、確かめるように一歩あゆみ寄れば髭切の表情がぱあっと明るくなった。
いそいそと座面を広く開け、期待に満ちた顔で両腕を広げられたら流石に退くことなどできなくなってしまい(美人の笑顔はズルい)、一人が座れるように広げられたスペースを睨みつつ、くるりと背を向けてそこに腰をおろした。
ぽすんっと髭切の足と足の間に座れば、すぐに長い腕が囲うように抱きしめてきた。
「うんうん、これだ。これで座り心地が抜群になった」
欠けたピースを嵌め込んだかのように首元に頬を擦り寄せた髭切に、これは座り心地ではなく抱き心地では……、と胸の中で突っ込む。
抱き込むようにする手が落ち着かなくて身動ぐも、髭切の手は緩むことなく抱き寄せてきた。
「君もこっちの方が座り心地いいだろう?」
「さあ、仰る意味がわかりませんね」
「もっと僕に寄り掛かっていいんだよ」
「……髭切はいつから椅子になったのよ」
「ふふ、君が僕の主になってからだよ」
「なにそれ……」
髭切が耳元でくすくすと笑う。柔らかな吐息に擽られて僅かに顔をそらせば、照れ隠しを見破るかのように頬に唇が押し付けられた。
唇が触れたところを押さえながら振り返れば、口元に笑みを浮かべる髭切がいて、あ……くる……、と思った時には唇を奪われていた。
押さえた頬とは反対側の頬を撫でるように髭切の指が滑り、力などほとんど入っていない指先で顔の向きを変えられてしまう。
「……っ、ん……」
首だけ振り向いたままの少し辛い姿勢に、髭切が身を乗り出すようにして唇を重ねてきた。二度、三度と触れ合っている内に空気が変わり、息継ぎに顔を離せば、代わりに視線が絡んだ。その濃密な一瞬に、見詰め合っているだけで口付けを交わしているような、変な気分になってくる。
「この体勢だと腰を痛めてしまうね」
言いながら腕を緩めた髭切だったが、その手が離れることはない。髭切の腕の中で前を向かされ、向き合って座り直すと、すくい取るような口付けが再開された。
長い睫毛に縁取られた目を薄め、唇を寄せてくる髭切は吸い込まれるような美しさがある。
その美しさに恥じらい、目を閉じれば、触れる直前にくすと小さく笑われた。唇にかかった息さえ口付けのようで、蕩けるようなその吐息にひくりと震えてしまえば、撫でるように触れてきた手が脇を支えた。
中性的な顔立ちとは裏腹に、太刀を握る手は固くて大きい。両手で脇を支えられると「掴まえた」と暗に言われているようで、体の奥からぞくぞくとした何かが顔を出す。
せり上がる何かに、は、と息を吐き出せば、仰け反った背中を髭切の手がするりと滑る。そのまま腰を労るように撫でつつ、そっと抱き寄せられて唇が重なった。
慎重に、というよりもどこか焦らすようなもどかしさを含んで繰り返される口付けに自然と息が上がってしまう。
合間に許される息継ぎだけでは苦しくなってきた頃、唇を甘噛みされてやっと顔が離れた。まるで与えられた口付けで軸を保っていたかのように、唇が離れたと同時に体からふにゃりと力が抜けてしまった。
くったりと落とした頭を、髭切が上向かせる。人差し指で顎を持ち上げられ、は、は、と短く息をしながら髭切を見れば、うっとりと目を細められ、その極上の笑みに上がった息がそのまま止まるかと思った。
「可愛い」
からかわれている、と感じて目をそらせば、頤を掴まれ再度髭切へと戻される。少しだけ強引なそれに、人の上に立つものの風格を感じてしまい変に胸が高鳴った。こちらを主と呼ぶくせに、たまに匂わす「主導権を握らせてやっているだけだ」とする傲慢な態度が、彼を千年あるものとして見せていた。
「腰、痛むかい?」
目を細めたまま髭切が顔を寄せてきた。慈しむようなその表情はきっと、遊び疲れた犬猫に向けられるようなものに違いない(……のに、それを嬉しいと感じるなんてどうかしている)。
整い過ぎた顔が目の前にあってその迫力に圧されてしまいそうになるが、睫毛がぶつかりそうなほど顔を近付けられると逃げ場がない。苦し紛れに顎を引いてみたが、後ろで両手を組むように腰を抱かれた状態ではあまり意味がない。
「……長時間座っていたら痛くなるけれど、今は平気」
「そう、良かった。腰が痛むときは我慢しないでちゃんと言うんだよ」
「…………?」
言いつつ、どこか嬉しそうにした髭切に眉を寄せる。
先程から腰が痛いと口にしたことを喜ぶような、そんな笑みに何か怪しいと探る。
怪訝な顔をすると、髭切は笑みを浮かべたまま腰に置いた指先を動かした。とん、とん、とん、と腰の窪みを辿る指先がむず痒い。
「ねえ、主。君は腰が痛い理由をデスクワークのせいだと言っていたけれど、本当にそれだけだと思う?」
「……? だと、思うけど……。最近は本部に出向くことも出張も減ったし……」
「うんうん。その分、本丸にいる時間が増えたよね」
「そう、だね……、んっ……」
下から上へと、腰を小さく叩く指に思わず体が浮き上がる。
すると、そのまま強く抱き寄せられ、体が髭切へと雪崩れた。
「……! ご、ごめん……っ」
口付けられた後の体は情けないことにうまく力が入らない。指先でつつかれただけで崩れた体を慌てて起こせば、髭切が引き止めるように手を取った。
「いいよ。このままで」
覆い被さるようにした、この体勢のままで構わないと、取られた手が髭切の肩へと導かれた。
「そうさせたのはこの僕だからね、君が謝ることはないよ」
膝立ちになった体に、髭切がぴったりと抱き着いてきた。ちょうど胸のあたりに顔がきて落ち着かないのだが、髭切は猫がするように額を押し付けてきた。
「ど、どういうこと……?」
「うん? ……ふふ、君の腰痛、僕にも少し心当たりがあるなぁって」
すりすりと、胸に頬を擦り寄せる髭切に戸惑っていると、まだわからないのかい? とばかりに小さく笑われた。その笑みがどこか艶っぽく見えてどきりとすれば、胸に顎を置くようにして大きな猫がにゃあと鳴いた。
「君が本丸にいた分、僕との時間も増えたよね」
「…………はあ……」
よくわからず瞬きを繰り返すと、するすると腰……より少し下を、大きな手でまさぐるように撫でられる。どこか怪しく動き出そうとしている手になんとなく夜のやりとりが過ぎり、深まる艶然とした微笑みをやっと理解した。
「…………え……、……えっ!?」
「デスクワークだけじゃないと思うんだよねぇ」
という髭切はクイズの答えを当てたようににこにことしており、いや、意味深なクイズを出してきたのはそっち……しかも思い付いた答えがソレだというのならもう少し反省の色を浮かべてもらえないだろうか!? と肩を押し掴むも、がっちりと抱かれた腕からは離れることなどできない。
「最近は出掛けの用事がないから、朝がゆっくりできて良かったよね」
「なっ……、え……っ、そ、そういうこと……っ!?」
「でも、うん、そうだね。君がこんなものに背を預けずに済むよう、少し考えようかな。色々と」
一人納得したように頷く髭切に、イロイロと何をお考えなのだろうかと不安になる。できれば彼の言った色々が『色事』でないことを祈りたいのだが。
腰痛の原因はデスクワークではなく、僕との時間……つまり男女のあれそれだと話す髭切に、そういえば……、「明日の出掛けは延期になったんだろう?」「大丈夫、少し寝過ごしたって誰も気付きやしないよ」「出張なくなったの? なら、朝は僕とゆっくり過ごそうか」なんて言われた(そそのかされた)記憶がある(しかもそういう時に限っていつもよりたっぷり時間をかけられた気がしなくもない)。
ということは、腰痛の原因(というより誘発……?)はデスクワーク……、ではない?
思い返してみればぽつぽつと出てくる心当たりのあるやりとりに、つまりそういうことだったのかもしれないと赤面していると、遠慮という言葉を知らない図々しい手が服の下に侵入してきた。
「ちょっ……、髭切!」
外の空気と共に入ってきた無遠慮な手を押し留める。こっちが困惑している隙にいけしゃあしゃあと……! と睨めば、衣服を捲り上げながら髭切がこちらを見上げた。
「君にこんな椅子を買わせるまで無理をさせてしまったからね。お詫びに凝りを解してあげようかと」
解すといいつつ、服が脱がされかけているのは気のせいだろうか……、いや残念ながら気のせいではない。
上目に見上げられているというのに、この男に関しては上向きも下向きも関係なく見下ろされている気分になるのはどうしてだろうか(仮にも自分が主だというのに)(しかしまたそれにどきっとしている自分もいる)。
「……どうして凝りを解すのに服を脱がせる必要があるのよ」
「おや、着たままがいいのかい?」
「そ、そうじゃなくて……」
何故突然脱がされなくてはならないのだと髭切の腕を押し返すも、逆にその手を取られてしまい指が絡んだ。指と指の間に髭切の指が入り、隙間なくぎゅっと握り締められると、心臓まで掴まれた心地になる。
「そうじゃなくて? なぁに?」
大きな目が、試すようにこちらを見る。続きを言うまでこのままだよと目で言われて、口がむずむずした。
「…………」
真っ直ぐと向けられる目に、なんだかこちらが駄々をこねているようで納得がいかない。
しかし腰痛の原因がわかってしまった今、この男の誘いを受けるのはあまりにも愚かすぎる。このまま流れてしまったら絶対にまた後悔する。だいたい何のためにこの座椅子を購入したのか。
上げればきりがないほど頭の中でこの手を振り解くべきだとする声がしたのだが……、それを拒むことができていたのなら、最初から座椅子など買っていないのだと気付いてしまった。
弱々しく髭切の手を握り返せば、こちらを見上げる目尻がゆったりと下がった。
「き……キス、からじゃないと、……イヤ……」
髭切の目は怖いくらい煌めき、その美しさにぞっとした。
「いいよ、おいで」
その美しさに魅せられ、惑わされたかのように自ら唇を落としてしまった。重ねた唇をそっと離せば、「それだけでいいの?」とばかりに見詰められ、思うまま再度唇を重ねた。
啄むような口付けを交わしていると、最初こそは自分のペースで触れていた唇がいつの間にか髭切からのものになっていた。
何度か唇を甘噛みされて、そのまま食べられてしまうのかと怯む。しかし柔らかい唇の感触が名残惜しくて近付けば、髭切はまた甘噛みを繰り返してくれた。
じわじわと熱を帯びる唇を、れろ、と舌で舐められた。温かく湿った感触にびくっと震えてしまったが、おずおずと舌を出せば優しく吸い出されてしまう。
「ふ……っ、ん、ん」
擦り合わせる舌が気持ちいい。心地よさと同時にだんだんと淫らな気分にも襲われ、胸が落ち着かなくなる。執務をする部屋で、しかも夜でもないのにこんなことをして、いけないことをしているのにそれがひどく気分を昂ぶらせた。
「ふふ、君はキスが好きだね」
「……っ、だ、だめ……?」
「ううん、僕も君とするのは好きだよ」
ずっとしていたい。唇が触れたまま言われ、その甘い振動に脳がじんと痺れた。そうか、髭切も、キスが好きなのか。そう思うと蕩けてしまうかのように嬉しくて、髭切からの口付けに夢中になった。
「……ん、んんっ」
しかし、薄い皮の上をなぞるように髭切の指が動いたのを感じて唇を離してしまう。すぐに塞ぐように髭切が追い掛けてきたが、握っていたはずの手がいつの間にか服の下に潜り込んでは胸に触れていたのだから驚いてしまう。
大きな手はやんわりと動きだし、捏ねるように揉んでは下着から胸を零そうとした。
「ひ、げきり……っ」
変な触り方をしないでくれと声を上げるも、触ってあげないと可哀想だよ、と髭切の指が下着に隠れた小さな突起を探る。
「でも、もう立っているよ」
顔を出すそれを指先で撫でられたと思えば、親指と人差し指で優しく摘まれ、ころころと転がされて体が熱くなった。
「あっ、んぅっ……」
きゅっと強く摘まれると堪らず声が出てしまい、唇を噛む。俯き、下を向いたがすぐに髭切が唇を舐めてきた。開きなさい、とノック代わりに唇を舐められてしまうと、緩い口はすぐに迎えてしまうので恥ずかしい。
「声、我慢しないで」
そう言うが、はしたない自分の声は何度あげても恥ずかしい。
「はずかし……っ、変な声……」
幻滅されてしまわないか、声を上げてからいつも不安に思ってしまうのだが、髭切は構わず服を捲り上げ、下着を下へとずらした。肩から下着の紐が滑り落ちる。
簡単にずらされてから、いつの間にか下着のホックが外されていたことに気付く。手先の器用さと、それさえ気付かず口付けに夢中になっていた恥ずかしさに頬が熱くなった。
「僕の好きな声を変な声だと言わないで」
「んっ……」
聞かせて、と柔らかい舌先が胸の先を撫でた。たくし上げられたそこから濡れた舌を感じて腰がひけたが、胸に頬を押し当てた髭切から、逃げるなとばかりに射止められた。
「あっ……んっ……」
形のいい口が無防備に尖った胸の先を含んだ。
口の中で飴玉のように転がされ、そこから溶けてしまいそうになった。反対側の胸も指先で苛められ、鋭い刺激に恥ずかしい声が我慢できなくなってくる。
胸の先を弄る髭切の指は痛いと感じる一歩手前の力加減で、何度も弄られたせいでその手付きは絶妙かつ巧妙だ。
翻弄されている内に、髭切の手が腹部を撫で、足と足の間を彷徨う。途端、お腹の奥が切なくなり、髭切の肩を掴んだ。胸を散々舐め回していた唇が離れ、おかわりを強請るように髭切が胸の間を一舐めした。
「ふふ……、甘い。君の肌は柔らかくてとっても甘いね」
甘い、わけがない。体が砂糖でできているわけではないのだ、甘いわけがない。それでも髭切はうっとりと指を滑らす。
「でも……。ここは、もっと甘いんだろうね」
「あ……っ」
指先が、足の間に触れた。
一段と高い声が出てしまい、羞恥でかっと熱くなる。しかしこちらを見詰める目が優しいのがなんとなく気配で伝わり、どうしてそんな顔をしてくれるのか理解に苦しむも、拒絶されていないことにほっとした。
「脱がせてもいい……? 君のここに触れたい」
寝物語を聞かせるような穏やかな声で言われ、思わず「う……、うん」と小さく頷いてしまった。
髭切を前にすると何もかもぐずぐずになってしまい、気が付いたら身も心も丸裸にされるような気分になる。しかしそんなぐずぐずな自分でも求められているのだと思うと、欲求に応えたい衝動が勝ってしまう。
ゆっくり、一枚一枚、髭切の手によって服と下着が脱がされていく。上は残したまま、下だけを脱いだ姿は一人で着替えられない子供になったようで恥ずかしい。いや、羽織ったジャージを脱いだだけの髭切を前に、一人素っ裸になるのも耐えられないが……。
「腰、辛くないかい?」
「うん……大丈夫……」
再度髭切の前で膝立ちになり、肩に両手を置く。一段と近くなる距離に自然と唇を重ね合わせ、再度舌を絡ませた。
先程よりも吐息の熱量が上がり、その熱にもっとと心が突き動かされた。舌先を擦り合わせることが気持ち良くて、これが髭切の舌だと思うともっと気持ちが良くて、髭切も同じ気持ちになって欲しいと思い付く限り舌を動かしたが、ふふと笑われてしまった。
「猫に舐められてるみたい」
「……いやだった……?」
「ううん、嬉しいよ。もっとしてくれるかい?」
「う……、して、いいの……?」
「うん、して。僕の可愛い仔猫」
誰が仔猫だ(確かに髭切からすれば犬猫みたいな存在なのかもしれないけれど)(きっと相当可愛くない顔をした猫に違いない)。ちゅぷ、と指を口の中に入れられて、またからかわれていると感じた。
悔しくて入れられた指を甘噛みすれば、髭切の目が「悪戯は駄目だよ」と細くなり、深く指を入れられた。
髭切の手を押さえ、懸命に舐めると指は引き抜かれ、褒美だと言わんばかりのキスが待っていた。柔らかい唇の感触にこれが欲しかったと嬉しくなって夢中になってしまったが、確かにこれではおやつを与えられた猫のようだと思った(先まで髭切の方を随分と大きな猫だと思っていたのに)。
「ん……っ」
口付けの合間、熱く熟れた部分に髭切の指を感じて体がびくっと跳ねた。剥き出しの秘部に、先程舐めた髭切の指が沈められたのだ。
「あ、ん……っ」
秘めた割れ目にそって髭切の指が何度も行き来し、花弁を広げるように開いていく。その間、くちゅくちゅと音をたてられ、やめてくれと抗議したかったが、口付けに封じられ、それを許してしまう。
「んっ、んんっ……」
丁寧に暴かれると、その上にある膨らんだ芯を髭切が撫でた。くるくると円を描くように触れられると目が覚めるような鋭い快感が突き抜ける。
「あ……、あ、あぁっ……」
髭切の指に追い詰められ、腹部から這い上がってくる快感に息を止める。やがて、体は雷に打たれたように痙攣した。
「ひっ……ぅ……っ」
腰が浮き上がり、たまらず髭切の頭を掻き抱いた。
詰めていた息以上の空気を吸い込み、痺れる体をなんとか落ち着かせようとしたが、髭切の指が中へと突き入ってくるのを感じた。
「待っ……、ん……」
自分の体ではない何かが入ってくる感覚に、少し待って欲しいと首を振ったが、髭切はうっとりするほど綺麗な微笑みを浮かべるだけで指を奥へと沈めていった。
「……うぅ……っ、んぅう……っ」
見詰められたまま指を入れられ、体の中をじっくりと暴かれているようだった。探るような指使いに異物感はあるものの、体は難なく髭切の指を受け入れていく。
長い指が奥まで入りきると、たっぷり時間をかけて引き抜かれ、本数を増やしてまた奥へと押し戻ってきた。
「は、う……っ、髭切、だ、め……」
引っかかることなく出し入れを繰り返されると、体の奥からとろとろと愛液が零れ出そうになって怖くなった。
「ん……? どうしたんだい」
「……椅子、汚れ、ちゃう…………」
「………………」
手を止めようと触れたが、髭切は出し入れを繰り返していた。その手をつたって座椅子を汚してしまったらどうしようと不安にかられていると、指が奥まで埋められた。
「――っ!」
そのままお腹の裏側を擦るように撫でられ、体の力が奪われてしまう。
「ひっ、あ……っ、ん、だめ、それ……っ」
「僕がいるのに他のモノの心配?」
「やっ、違く、て……、うっ……ぁっ」
髭切の指先が中で動くたび、腹部が否応無しひくひくと蠢く。中の指がまた愛液を掻き出すように動いている気がして、不安と快感が混ざり合っておかしくなりそうだった。
「腰、落ちてるよ。ほら、汚れてしまうよ」
太腿がぶるぶると震える。膝から下など力が入らなくて感覚がないというのに、髭切が動かす指だけは鮮明だった。
「奥からどんどん出てくる。これじゃあ汚れてしまうね」
どことなく、責め立てる髭切の声を冷たく感じた。何か、怒らせることをしてしまっただろうかと思い返そうとしたが、執拗に動かされる指に考える余裕などすぐに奪われてしまう。
「ひ、髭切……っ、んっ、ん……」
既に座り込んでしまいそうなほど腰は落ちていて、なんとか浮かせている状態で髭切にしがみつく。ぞくぞくと走る快感に急かされ、髭切、髭切、と名前を呼び続けていたら不意に指を引き抜かれた。
「……零さないよう栓をしてあげよう」
耐え難い刺激が終わったとほっとしたのもつかの間。
髭切が震える足を開き、膝の上に座るよう体を引き上げた。跨って座ってしまえば、髭切は自分の下衣をずり下げ、そそり立つ熱を取り出した。
既に硬く立ち上がっているそれに、不躾にも釘付けになってしまい胸がはち切れんばかりに高鳴る。髭切も興奮してくれていたのかと思うと、先まで解されていた入口がきゅうっと窄まり、甘く切ない感情で胸がいっぱいになった。
「あっ……う」
髭切の張り詰めた切っ先が、足の付け根につたう愛液を拾い頭を埋める。
そのまま入れられるのかと思えば抜かれ、また零れた液を拭って先だけを入れた。
「あっ……、あっ……」
入るのか、入らないのか。思わせぶりな出し入れに息が上がってしまう。
頭を入れられるだけで、欲しくて、出ていかないでときつく締め付けてしまっているのがわかる。
じれったい行為を繰り返されるたび、触れる髭切の熱が先よりも硬く膨らんでいっているのがわかるのに、どうして入れてくれないのかと視界が潤んだ。
「ひ、げきり……っ」
名前を呼べば、突き付けられた熱がふっと離れた。
お預けをするように髭切のものが遠ざけられ、入れて欲しいのに離れていくそれにむずがるような声をあげてしまった。
「……やぁ……っ」
どうして先から意地悪をするのだと。
意地悪をしないで欲しい(嘘、もっと)と髭切の唇をぺろぺろと舐めるように口付けると、すぐに頭裏を支えられて深く舌を入れられた。
欲しいのはそこにではないのだが、それでも舌を溶かすような濃厚な口付けに嬉しさで頭がいっぱいになる。
「……欲しかったら、自分から腰をおろしてごらん」
「……んっ」
離れた唇が耳元で囁く。
甘い声を注ぐように囁かれ、体がぞくぞくと打ち震えた。
「おいで」
最早意思さえ奪われたかのように頭がぼうっとしてしまい、髭切の言われた通りにしか体が動かなくなっている。首の後ろに腕をまわし、息を整えてから腰を持ち上げた。
髭切を跨ぐようにしてしまい恥ずかしいと思うのに、今はその先で待っている快感を受け入れたくて仕方がなかった。
「んっ、んぅっ……」
太く、硬い先が体の中心に突き立てられた。
これを入れて欲しくてたまらなかったのに、いざ受け入れようとするとその質量に怯んでしまった。
「大丈夫。君にぴったり合うよう誂えたものだよ」
怯えたのは一瞬だけだったというのに、僅かな震えさえ見逃してくれない髭切がそう言った。怖がらせないよう言ってくれたのだろうが、髭切のそれが嘘だというのは身を持って知っている。
全然、ぴったりなんかじゃない。髭切のそれはすごく大きくて、苦しくて、鋭くて、とても熱くて、何がなんだかわからなくさせるものだ。
わかっているのに、それでも求めてしまうのはどうしてだろうか。
「あ……っ」
髭切の手に支えられながら、そろそろと腰を下ろしていく。
しかし、濡れそぼった入口に髭切の先が滑った。割れ目を勢いよく滑った髭切のものがぬるりと芯を掠め、自ら鋭い刺激を拾ってしまう。
「ふ、ぅ……っ」
硬いものが擦れた感覚にひくひくと震えながらも、再度髭切を迎え入れようと試みる。しかしぬるぬるとしたそこはうまく髭切を飲み込んでくれず、結果自分自身を何度も嬲ってしまった。
「どう、して……っ、はい、ら、ない……っ」
髭切からしてくれる時はすんなり入るのに(受け入れるこちらはまったくすんなりではないが)、どうしてうまく入らないのだと、泣き出す前の子供のような声をあげてしまった。すると、満足そうに眺めていた髭切が屹立に手を添える。
「力を抜いて。もう一度深く腰を落としてごらん」
うまくできなかったことを、大丈夫だよ、と慰めるように言われ、本当に幼子のように泣いてしまいそうになった。
しかし、ひた、と迷いなく入口を捉えた先に緊張が走る。ひくんっとお腹がびくついたが、脇を撫でられ、息を整えた。またうまくできなかったらどうしようと泣きそうな顔で見詰めると、目尻を緩めた髭切が迎えにきた。
「あっ、……う、んうぅ……っ」
髭切がぐっと腰を持ち上げると、太い杭が体の中心に割り入ってきた。とてつもない質量に内蔵が圧迫されるが、先が埋まるとあとは腰を落とすだけで髭切がおさまっていく。たっぷりと濡れたそこに熱杭はなめらかに入ってくるが、鋭いもので貫かれている感覚は拭えない。
「……はぁ…………」
と、息を零したのは髭切だった。
浅い息を繰り返し、髭切のものを全て受け止めるとそんな悩ましい吐息を間近で聞いた。途端、体が更に熱くなって自分でもわかるくらいに髭切を締め付けてしまった。
「……っ、……ふふ、すごい……、まだきつい……?」
制御のきかない体が絞るように髭切を締め付けてしまう。髭切には気持ち良くなってもらいたいのに、何度体を重ねても不慣れなままの体が不甲斐ない。もどかしくて目を瞑ると、強請ったように見えてしまったのか、髭切が唇を重ねてくれた。
「落ち着くまで、こうしてようか」
睫毛と睫毛が触れそうな距離で言われ、また唇が重なる。ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音をたてて触れるだけのキスが続く。
小さく唇を吸われるたび、体の強張りさえ吸われていくような気がして髭切にしがみついた。
「あ、……あ、んんっ……」
唇が触れたまま、髭切がゆっくりと腰を押し上げた。
下からゆっくりと突き上げられると、たまらず声が出てしまう。
「どう? まだ苦しい?」
馴染ませるように緩慢に押し上げられる行為に首を振る。苦しいのは変わりない。もっと言えばきついのも変わりない。けれど、今はその苦しさに心が満たされている。この体に隙間なく髭切が満ちているようで、きついのも全然苦ではなくなっている。
「だい、じょう、ぶ……。うごいて……」
吐息混じりに言えば、髭切が困ったように笑った。
「やっぱり、もう少しこのままでいよう。君は優しいから……」
腰を撫でては動きを止めようとした髭切に、しがみついた腕の力を強める。
「やめ、ないで……。髭切が、いっぱいで、きもち、いいの……」
途端、ずっと穏やかな表情を浮かべていた髭切の眉が険しく寄せられた。
同時に最奥を抉られ、内臓さえ掻き回された気がした。
「あ、あぁんっ……!」
全身が痺れた。体を支えていた足も跳ねるように痙攣してしまえば、自重でより深く髭切を受け入れてしまった。一際深く全身を貫かれ、体がびくびくと震えた。
「あっ……あ……」
髭切の体に全身を預けるようになってしまい、どかなくてはと思うのにまったく力が入らない。しかし髭切の方は凭れる体を大切そうにぎゅっと抱き込み、やれやれと肩を落とした。
「……僕だけのせいじゃない気がしてきた」
肩に顔を埋めて言った髭切の声は、ふらふらの頭ではうまく聞き取れなかった。
「……な、に……?」
聞き返そうとなんとか体を離そうとしたが、すぐに抱き直され、下からゆるゆると揺さぶられた。
「ひぁ……っ、ま……っ」
動いていいとは言ったが、軽く達した今は少し間をおいて欲しい。
しかし髭切は容赦なく下からつつく。達していなければその気持ちよさに酔いしれていたかもしれないが、高みに押し上げられたばかりの体には鮮烈過ぎた。
「ひ、げきり……っ、待っ……おねがい……っ」
「ごめんね、少しだけ」
少しだけとは、どれくらいだ。
少しだけの許容範囲など、とっくに超えているのだが。
それでも揺すられる体は髭切から与えられる快感を一つも取りこぼすことなく拾い上げる。
「あっ、ん、んぅ……っ」
何度か結合部を擦るようにされ、深く息をついたあと髭切がきつく抱き締めてきた。
……『少しだけ』が終わったのだろうか。今度こそ肩の力を抜こうとしたが、一際強く抱き寄せられると熱が奥まで埋まり、息苦しさに体が強張った。
喘ぐように息をすると、耳元髭切が熱っぽく囁いた。
「主、もっと僕に寄りかかってごらん」
陶然と囁かれた声に、言われずとも力を失っている体は溶けるように髭切に身を預けている。返事代わりにぽてりと頭を傾けると撫でられ、その優しい手付きにそっと目を閉じた。
「力を抜いて、らくにして」
労るよう温かい手で腰を撫でられ、その動きに合わせて息をつく。全身を髭切に包まれる安堵に弱々しく抱き返せば、首に、肩に、口付けられた。先程の突き抜ける刺激よりも、じわじわと体の奥を温めていくような触れ合いに目を開けると、こちらを見上げる大きな目と合う。
「しっかり座って」
夢から覚めたようにぼんやりとする体を、髭切がぐうっと突き上げてきた。最奥に手を伸ばそうとする(正しくは手ではないのだが)髭切に小さく呻き、喉をそらせば、そこにしっとりとした唇が這う。
肌に吸い付くようにして寄せられた唇が、甘ったるい声を発して続けた。
「もっと、座り心地を確かめて」
「……んっ……」
「ほら、ここが君の……、君だけの玉座だよ」
恍惚と囁くわりには容赦なくぐりぐりと奥を擽られ、口が戦慄いた。
――こんな、こんな座り心地の椅子があってたまるか。
息ができないほどの苦しさと突き抜けていく快楽に声すら出なかった。
髭切の言った座り心地や玉座がなんだと返したかったが、それを見越したかのように声を奪う行為が許せなかった。……のに、気持ち良すぎて何が何だかわからなくなってくる。
「やぁっ……あっ、お、く……っ」
追い打ちをかけるように下から深く突かれ、目の前がちかちかとしてきた。
弾むように打ち付けられる肌に髭切が楽しそうに笑った。
「すごいね、この椅子。よく弾む、ほら」
「やっ、あぁっ……」
誰だ、買うのなら思いっきりいいのを買おうと座面にスプリングの入った椅子を買ったやつは。
「可愛い……、君の感じてる顔がよく見える」
突き上げられ、髪も顔もぐしゃぐしゃであろう姿に髭切がたまらずといった声で言った。
嘘だ、嘘だ嘘だ! こんな振り乱したあられもない姿が可愛く見えるわけがない。
「やだっ、みない、で……っ」
「なんで? こんなに可愛いのに」
「はっ、う、……やっ、なの……」
「嫌なの? どうして」
子守歌を歌うような優しい声とは裏腹に、お腹の奥を突く熱は凶悪なくらい鋭い。蕩けるような甘い声と、目が覚めるような鋭さにどうにかなってしまいそうで限界が近い。
「あっ……、んん、……い……き、そ……」
せめて、果てる姿は見ないでくれとぎゅっと目を瞑るも、髭切の腕が閉じ込めるように腰に絡む。
「いいよ。見ててあげる」
「や……っ、見ないで……っ」
綺麗な髭切の顔がすぐそこにある。こちらは乱れに乱れた姿だというのに、余裕のあるその表情に心が掻き乱される。振り落とされないよう必死なのは、いつもいつもこちらだけだ。
「あ……っ、んっ、んぅ……っ!」
びくっと体が強く波打ち、胸を強く押し当てるのも気にせず強くしがみつく。中がきつく収縮し、髭切の形がはっきりとわかるほど締め付けてしまった。
息を詰め、全身を支配する愉悦をやり過ごそうとしていると、中にある熱がひくひくと動いていることに気付く。
ふと顔を上げるも、穏やかにこちらを見詰める髭切が待っていたかのように口付けを与えてくれた。触れる唇は腰が抜けてしまいそうなほど柔らかく、温かく、ここが夢なのか現実なのかをわからなくさせたが、中で小さく動くものが意識を引き戻してくる。
「…………」
言ってもいいものか躊躇いつつ、おずおずと髭切を見上げた。
「髭切、ひくひく、してる……」
言えば、髭切が困ったように笑った。
「するよ。君の中はすごく気持ちいいからね」
微かに笑った動きさえ今は甘い刺激となり、喘ぐのを噛み殺しながらなんとか話を続ける。
「……気持ち、いいの……?」
「とても気持ちいいよ。ずっとこうしていたいくらい」
「んっ……ほんと……?」
「うん?」
「……髭切、時々感情が、読めない、から」
「こんなにわかりやすいのに?」
小さく驚く髭切に首を振った(……わかりやすいつもりだったのか)。
「……なんか、いつも私だけ必死な気がして……。ちゃんと、髭切も気持ちいいのか、……ふ、不安で」
揺さぶられるまま喘いで、自分だけわけがわからなくなるまで果てて。
その後髭切も中で果てはするものの、心まで同じかなんてわかりやしない。
同じように身も心も気持ちよくなって欲しくて髭切に全部任せてしまうが、それが髭切にとって気持ちいいものなのか不安に苛まれることがある(といっても与えられる快感に支配されて結局一人だけ先に達してしまうのだが……)。
だからといって髭切が満足するような手練手管など、どう捻っても出てくるわけがなく、ただただ与えられるものを受け入れてしまうのだが。
「……ああ、だから君は」
ぽつぽつと話せば、髭切はどこか腑に落ちた様子で目を見張った。
「…………?」
切れた言葉に何が「だから」なのかと首を傾げると、一人納得した顔の髭切は擽ったそうに、でも幸せそうに笑った。
「ふふ……。本当に、君は優しい」
だから、なぜ人の腰痛を嬉しそうにする……?
笑うことで伝わる小さな振動に堪えながら眉間に皺を寄せると、髭切はそこに唇を押し当ててから、こつんと額を合わせた。ぱっちりと上向いた睫毛の向こうに見える目が、悪戯っ子のように丸い。
「だから、君は僕にいいようにされちゃうんだね」
ちゅ、とそのまま唇が奪われた。まるで不意をつくような口付けはからかわれているような、でも少しだけ叱られているような気もして反応に戸惑う。
「せっかく労わってあげようと思ったのに」
「……う……?」
楽しそうにしだした髭切に困惑していると、急に脇を取られて体が抱き上げられた。
萎えることを知らない剛直をずるりと引き摺り抜かれて喘いだが、髭切は構わず持ち上げた体を座椅子の背へと凭れかけさせた。
髭切へと背中(というかお尻)を向けてしまい、少し恥ずかしくなって(いや少しどころじゃないが……、今更である)振り返るも、すぐに長い腕がまわり、背後からぴったりと抱き着かれた。
「ねえ……。もっと気持ちいいこと、していい?」
耳元に髭切が忍び寄り、やや掠れた声で囁いた。
濡れた吐息を聞き、耳に火傷を負うかと思った。いや、この後もれなく火傷によく似た熱を被るのだ。
今か後かと問われたら、どうせなら今欲しい。
「……髭切が、気持ちいいなら……」
もっと気持ちいいこと、と言われ返答に躊躇ったが、腰にある腕を辿って髭切の手を握る。指を掴めばすぐに絡んできてくれて、握り返されるのと同時に口付けを交わした。下肢に髭切の熱が当たる。やわく重なる唇とは正反対に、今にも突き破ってきそうな昂りに頭がくらくらした。
「いけない子。僕を誑かしてどういうつもりだい?」
「たぶらかすなんて、そんなことできな……っ」
戯れに入口の場所を探られ、再度髭切が熱杭を埋めた。
「……んぅ……っ」
押し付けられた体に背が仰け反った。
思わず背もたれに手をつけば、腰が引き掴まれる。
「僕がいるのに、そんなものに寄り掛かっては駄目」
……ではどうしろと……? という純粋な疑問が浮き上がったが、すぐに髭切の腕が体に絡み付き、上体を支え起こした。突き出した胸に髭切の手が這うように滑り、ぶら下がっているだけの下着をくぐって立ち上がった先端を指先で撫でられた。
「あ……っ」
服の下でごそごそと動く髭切の手が淫猥だった。
突起の感触を楽しむように中でばらばらと指が滑り、体が跳ねる。しかし後ろからしっかりと抱き込まれてしまうとぴくりと跳ねることさえできなかった。逃げ場のない愉悦に心が震える。
「あ、あぁ……っ」
硬く屹立したものが、腰の裏側を削るように侵入してきた。先程とは違う入り方に全身がぞくぞくと粟立ち、後ろから貫かれる感覚が脳に突き抜ける。
「わかる? 奥まで届いてるの」
髭切の片手が生地をこねるように胸を揉み、もう片方の手が震える足を左右に開いた。すると挿入は一層深まり、串刺しにでもされているような気分だった。
「ん、んぅーっ……」
言われるまでもなくわかる奥に触れている感覚に、やめてくれ、わかっているから、と首を振るも、髭切は下からゆっくりと押し上げてくる。
「気持ちいいね。中が、すごい吸い付いてくる……」
はあ、と興奮混じりの声は嬉しいが、奥に埋まる痛烈な快感に感動が追い付かない。
背中に厚い胸があたり、腰に骨張った手が掛かる。
「……細い腰だね。こんな細腰じゃ痛めてしまうのも当たり前だ。でも、君が相手だとどうしても加減が難しい。君が誘いを受け入れてくれるたび、僕はとても嬉しくなってしまうから」
首筋に髭切の唇が這った。
うっとりと睦言を囁いているが、中身は盛大な言い訳だ。
源氏の重宝たるものが何をズルい言い訳を重ねているのだと思うも、そんなズルいところも含めて好いてしまっているので(非常に悔しいことだが)跳ね返すことができない。
だいたい、それを簡単に跳ね返すことができたのなら、こうして座椅子を買うことも、腰を痛めることも無かったのかと思うと、心底髭切に惚れてしまっている自分に呆れてしまう。
「僕はね、君が思っているよりもずっとずっと君を好いているよ。だから君はもう少し、僕に身を委ねてくれると嬉しい」
腰を痛めたことも、重たい荷物を運びたいときも、もっと僕を頼って、話してくれると嬉しい。そう続けた髭切に、心が浮き上がるようだった。しかし服の裾を捲り上げるように腰の線を撫でられるたび、浮き上がった心は髭切へと打ち付けられた。
「ひっ、ぁ……」
「ね、主。お返事は……?」
しばらく大人しくしていた髭切が、ゆるゆると熱の出し入れを始めた。
「んっ、あぁっ……」
「ほら、ちゃんとお返事して」
「んっ、……ぅ、ん……っ、うん……っ」
「ふふ、良い子」
体勢を変えるだけでこんなにも違うものかと、中を擦られる刺激にお腹の震えが止まらない。こつこつと奥を突かれるたびに視界が霞む。先よりも打ち付けられるスピードは落ち着いているのに、少しでも動かれるとぞくぞくとして中から何かが零れ出そうになる。
「あ」
すると、後ろから髭切が短く声を上げた。
「……ひげきり……?」
はぁはぁと息をしながら振り返ると、髭切はぱちぱちと瞬いた後、足元まで視線を下げ、再度瞬きを繰り返してこちらを見詰め直す。
「あー…………」
明らかに「何か」をやらかしたような反応にどうしたのかとぼんやりと見返すと、それを伝えようか迷った素振りを見せた後、髭切はにっこりと笑った。
「……ま、いっか。後で謝るよ」
明るく言う髭切に一体何があったのかと思うも、すぐに下肢が押し付けられ、剛直で貫かれた。
「あっ……、あっ、んっ……!」
「今はこっち」
髭切の手が上体を抱えるようにして胸を揉みしだく。いつもより体の自由がきかず、むしろ拘束するように絡み付いた逞しい腕に仄かな官能を感じて、そこから一気に体が炙られていくようだった。
「ひぁっ、やっ……だめっ……」
根元まで埋まった熱が奥を抉る。その鋭い快感に体が強張るも、ぐちゃぐちゃに濡れているだろう足の間を髭切の指が苛める。長い指が掠めた瞬間、固まった体から力が抜けようとしたが、すぐに中を抜き差しされて強張る体の中で快感が彷徨う。
「あっ……、あぁっ……髭切っ」
逃げ場のない快楽がお腹の奥で渦を巻いて愛欲を高める。善がるように名前を呼べば、その声を心地よさそうに聞いた髭切が蕩けた中を何度も穿つ。
「気持ちいいね……。僕も、一緒にいっていいかな」
「んっ、んんっ」
気持ちいいと口にする声がひたすら気持ちいい。甘ったるい声にこくこくと頷いた。
最早髭切が何を言っても頷いてしまっていただろうが、今はなんでも受け入れたい。律動を速めた髭切が上から押さえ込むように肩を掴んできて、思わず縋るようにその上から手を重ねる。
「あぁっ……だ、め……き、ちゃう……っ」
「いいよ、気持ち良くなってごらん」
「い、やぁ……っ、ひげ、きりも、いっしょ……っ」
「…………っ」
一緒がいいと泣きそうな声で言えば、背後から大きな溜息をきいた。
どこか苛立ちを含んだようにも聞こえたそれにどきりとすれば、ぐりぐりと体を抉られると同時に首に噛み付かれた。
「……っ!」
痛みを感じたのは一瞬で、すぐに厚い舌がべろりと這っては肌をきつく吸い上げる。
「……っ、あっ……あぁっ!」
瞬間、全意識がそこに注がれ、腹部にわだかまっていた快楽が一気に突き抜けた。
火を近付けられたかのように体が熱くなり、一瞬で汗が噴き出す。ぎゅうっと中を締め付けてしまえば、お腹の奥で熱い飛沫が満ちて火傷を負うかと思った。
急に覆い被さってきた髭切に縺れるように座椅子に体を預けてしまったが、最後までそれを許さない腕が強く引き上げて抱き締めてくる。
「駄目だよ。君が身を委ねていいのはこの僕だけだ……」
汗の滲む首裏を何度も吸い上げられた。熱に浮かされるように話す言葉は、快感が勢いよく通り抜けた頭にはぼんやりとしか入ってこない。それでも髭切は力の入らない体を、大事に膝の上で抱き締めた。
「ここが、君の玉座だよ」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -