零崎刹識の人間刹那 | ナノ

第六章






血のにおいがした、胸騒ぎがした。
私の脳が教室に急げ、とそう告げて止まなかった。
この血の匂いは私の知っている人。
誰の血だ、血は誰のだ。
私の足も歩むのを止めなかった。
教室に着いたとき、いたのは人識と京織と空識と血を流した崩子ちゃんと蜘蛛織―――


刹識「――っ!!!」


声にもならない憎悪が溢れ出した。
傷つけたのは誰だ、殴ったのは誰だ、今すぐ出て来い。
同じ目に遭わせてやる、それ以上も見せてやる。
てめぇだけの為にわざわざ零崎を始めてやる。
せいぜい足掻くがいい。


暫くの間、私の脳は憎悪に支配されていた。


蜘蛛「刹識、姉様…」


それを醒ましてくれたのは蜘蛛織だった。
あらく呼吸を繰り返し私の名を紡いだ。


刹識「蜘蛛織、喋ったらダメだ。」
人識「刹識、どうしたら――」


そう聞こうとした人識の呼びかけを流して立ち上がった。
みんなの目には多分見えた、私の憎悪が。
そんな中言葉を紡いだ。


刹識「空識、保健室に連れて行くよ。多分、お前も知っている奴がいる。」
空識「俺も、知っている人…?」
刹識「ついでに、人識も知っている名字だな。」


そう言って、私は蜘蛛織を抱き上げた
京織は崩子ちゃんを、空識と人識の2人は少しずれた椅子と机と零れた血を拭き取り私達についてきた。
向かうは保健室、私達の医療室。
あいつは多分、私達の味方の筈だ――





あいつは俺も知っていると言った。
名前も姿も知らないが名字を知っていると。
俺の関係に医療関係の奴なんていたか、なんて頭を悩ませていると、いつの間にか保健室についていた。


刹識「失礼します。」


軽くノックすると勝手にドアを開けた。
目の前にいたのは俺の苦手な絵本園樹と変な男だった。
でも、絵本園樹はそのとき変な格好はしていなくしっかりした教員の格好をしており、スーツの上に白衣と普通の格好だった。
当のその男は、すごくチャラい奴だった。
でも、空識はその男を知っていた。


空識「Dr.シャマル…」




刹識「違う。Dr.シャマルじゃないよ。彼は奇野赦丸、奇野の家系だよ。」


やっぱりと言いたそうな顔で刹識は言った。
奇野と言ったらあの奇野か?
俺はただその言葉に驚くしか出来なかった。
その奇野赦丸と呼ばれた男がこっちを向いた。
もちろんあの女も一緒に。


赦丸「その名で呼ぶ奴は何ヶ月ぶりだか。黎織と輝識以来だな。何者だ?」


そいつは確かに奇野だ。
纏うオーラが違う。
奇野とおんなじだ。
すると刹識と京織が前に出た。


刹識「私は零崎刹識。私の家賊、蜘蛛織の治療と仲間の治療を頼みたい。」
京織「貴方が味方なら、やってくれるでしょう?」


2人は勝手に保健室のベッドに蜘蛛織と崩子を寝かせた。
あの女はすぐに2人に駆け寄って怪我の具合を看てくれた。
さぁ奴はどうするんだ?




奇野赦丸―――









赦丸「お手上げだ。あんたの連れは治療してやるよ。」


赦丸は案外簡単に下った。
でも、私の用は治療だけじゃないのわかってるんだろうな?


刹識「赦丸、話を聞きたい。私達が此処に来たのは大切な家賊、黎織と輝識の事件までの様子と、2人を傷つけた奴等のことを聞くためだ。」
赦丸「わかってる。だが、治療が先だ。絵本だけに2人は任せられないからな。」


私は肯定の意ですぐそこにあるソファに黙って座った。
私の隣に人識、私の向かいに萌太、人識の向かいに京織が座った。
空識は座ることを勧めても断り、断固として窓側に立って外を見つめることを止めなかった。
私は、私にもきていた欠けた不思議なリングとそれとそれを説明した手紙が空識にもきたんじゃないか、と悟った。
空識にきたんなら霊夢にもきているだろう。
本来復讐対象である奴等と一緒に戦うなんて迷いがあるのだろう。
それだったらいっそのこと殺した方が幾分ましだというのに。


赦丸「そんなに聞きたいのか?」


そんな考えを打ち消したのは赦丸のその問いかけだった。
その言葉と共に今まであっちこっち向いていた五人が一斉に赦丸に向き直した。
赦丸の目は真剣だった。
こっちだって真剣だ。


刹識「私達はお前の語る事実を受け止めよう。」
人識「たまには、ちゃんと受け止めねぇと。」


人識が次ぐとみんなが頷いた。
満場一致、事実を受け止めよう。


赦丸「じゃあ、一つ聞きたい。」
刹識「なんだ?」
赦丸「動いているのはお前らだけか?」


答えは否。
私達以外に哀川潤、想影真心、狐さん。
勿論、狐さんが活動しているなら《元・十三階段》も動いている頃。
それに家賊はある種勢揃いで動いているはず。
これには四神一鏡や玖渚機関も黙っていないだろう。
私は手短に動きを赦丸に説明した。
すると赦丸は厄介そうな顔をした。


赦丸「結構動いてんなー。お前が動いてるからか?《世界樹》と呼ばれる刹識がよぉ。」
刹識「その名は嫌いだ。それで呼ぶな。」
赦丸「わかってるって。――で?お前が直々に手を下そうって?」


無言の肯定、暫くの沈黙の後絵本さんが2人が目覚めたことを知らせ一度私達は心のそこから安堵した。
目覚めた2人からのお願いもあり、赦丸は観念して黎織と輝識の事件までの学校生活を語ってもらった。





<<back>>