冗談じゃなくて本当の事
「彼女できた。」


『.....え?』


夏休みの8月。
ずっと部活で忙しかった三井が久しぶりに私の家に来た。

数秒前までは一緒にゲームをしていたはずなのに、寿の口からは今まで一度も聞いたことのない言葉が出てきた。


『え、冗談でしょ?寿が彼女とか...』

彼を見るがテレビのゲーム画面を見ながら、コントローラーをカチャカチャと動かす。
いつもの冗談としか思えなかった。

「いやいや、まじだって。」
とくしゃっと彼は嬉しそうに笑い、ラスボスを相手にコントローラーにさらに力を入れている。


その後、ゲームオタクな私はいつもは寿に勝っていたが、その日の勝敗だけは覚えていない。

「じゃ、また明日な。」
まるで妹のように優しく頭を撫でる寿を見送った。
近くの家だが、玄関先まで送ろうとしたが思うように足が動かないのでその場で別れを返した。

『うん、明日は頑張ってね。応援するね。』
明日は寿の高校のバスケ部の大事な試合らしく、応援に行くことになっていた。
寿がグレてしまってから一度もバスケの試合を観にっておらず、むしろ中学生の時の試合しか見たことがなく、楽しみにしていた。
しかし彼女も試合に来るのだろうか、と考えると行きたい気持ちは薄れたが、それよりも普段あまり目にかかることのない寿のバスケの試合を行きたい気持ちは大きかった。


今日は親が町内旅行で帰ってこないため、使用人はいるが幸いなことに一人だった。
寿が帰った後もしばらく呆然としていたが、外も暗くなってきたので電気をつけに立った。
その途端、こらえていた涙があふれ出てきた。

『なんでっ...』


北大路なまえは小学校5年生の時に、寿の家の真向かいに引っ越してきた。
7年間かけ、計画されていた豪邸はやっと形となり、住居人も引っ越してきたが、やはり近づくものがあまりいなかった。
寿はボールが庭に入った事からなまえと出会い、話すようになり、次第に使用人も寿と遊ぶことを許可するようになった。
活発な寿と違ってなまえは外の世界をあまり知らず、いつも寿から聞いていた。
同い年の寿はそんななまえを見かねてか、いつもどこか行ける範囲までに連れ出してくれていた。

なまえにとって寿はかけがえのない存在になっていった。
中学校は寿と同じ中学校、高校を願い出たが、さすがに同じ公立高校に行くことは許してもらえず、私立のエスカレーター式の中学校高校に通わされた。
幸い、この土地は神奈川でも東京よりなので、寮ではなく東京からは通う事が出来た。

北大路家は江戸時代から代々伝わる家元だ。
全国中の実業家や政治家の娘、息子が集まる全国1の私立高校、桜蘭高校でそれなりの高校生活を楽しんでいたが、やはり寿がいない学校は寂しく思えた。

寿がグレてしまった時もあり、使用人や両親からも近づかないように言われたが、それでもなるべく傍に居続けた。

そしてバスケ部にもう一度入部してから、寿は昔の寿に戻って行った。
最近では寿のファンもいると聞き、不安を隠せないでいたがやはり予想していたことが起きてしまった。

ずっと好きだったのに、

ずっと見ていたのに、

ずっと、という想いが彼女の頭に駆け廻る。


「なまえお嬢様、晩餐の用意が出来ました。」

ここで行かなかったらばあや達にも迷惑がかかるので、泣いていた涙を拭き、広間に向かった。

「本日はお嬢様が好きな....」
シェフがメニューの内容を話しているが頭には何も入ってこなかった。
そして何とか食べ終え、再び部屋に向かおうとした。
するとなまえ専属の執事に部屋の前で呼び止められた。

執事の上崎は25歳と若く背の高い好青年で、なまえが幼いころからずっと傍にいた。
だからかなまえの好みやしたいことだけでなく、小さな変化も見逃さないから敵わなかった。

『大丈夫よ。試験前で寝不足なだけ。』


その日は中々寝つけなかったが、10時にはベッドの中に入った。
明日の練習試合の事を考えると胸が少し、痛くなったなまえだった。



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