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練習試合(VS青学)1

「はっ?今日の練習試合の相手って氷帝じゃないの!?」

東京を走るバスの中。
木手くんの思いもよらない言葉にビックリして、座席に膝ついて真後ろの席を見る。

「違いますよ。誰も氷帝だなんて言ってないでしょう」

うちの後ろの席に座っていた木手くんはそれはそれは呆れた顔で言った。

「だってこのバス氷帝のじゃん!氷帝って言うか跡部くんのじゃん!ならフツー対戦相手は氷帝とか思うじゃん!?」

そうなのだ。
今うちらが乗っているバスは跡部くん所有のもので、横っ面に超絶スタイリッシュな字で「ATOBE」と書かれている。
スタイリッシュ過ぎて最初なんて書いてあるか読めなかったからね?
そうやって名前が書いてあるバスに乗ってんだから、行く先は普通に氷帝だと思うやんな!

「今回は跡部クンのご厚意で貸していただいたんですよ。普通のバスとは内装も違うでしょう」
「あー…言われてみれば確かに…」

木手くんに言われて初めて気が付いたけど、座席は座り心地がやたら良いし、使われてる生地も何だか高級っぽい。
しかも間接照明も無駄にオシャンティーだ。

「にしても、試合もしないのに厚意で貸してくれるとかやっぱ金持ちは違うわ…」
「彼にとってはバス1台貸し出すくらい訳無いんでしょう。神矢クンの名前を出したら二つ返事で貸してくれましたからね」
「へえ、うちの名前出したら…なんだって?

木手くん、今なんつった?

「人の話はちゃんと聞きなさいよ。その耳は飾りなんですか?」
「き、聞いてたよ!聞いた上で聞き返してんだよ!うちの名前出したの!?何故に!?」
「その方がスムーズに話が進むと思ったからですよ。理解に苦しむのですが跡部クンは不思議なことに神矢クンを高く買っていますからね。そこを利用…いえ、有り難く活用させていただいたまでです」

利用!
利用て!
というか木手くんはわざわざ言い換えたけど言ってる意味同じだからな!?
あと理解に苦しむだとか不思議なことにとかナチュラルにうちをバカにしてくんの止めろや!

「そんなことよりちゃんと前を向いて座りなさいよ。行儀の悪い」
「いや全然そんなことよりじゃないと思うんだけど!?軽々しくバス出せとか言われたら、流石の跡部くんでも「アイツ数回しか会ってないのに軽々しく人を使うのか?マジ感じワリーわ」ってなっちゃうかもじゃん!?」
「そうは思っていないから、こうしてバスを出してくれてるんでしょう」
「そんなの分からないし!人間内心じゃ何考えてるかなんて分かったもんじゃないんだからな!どーすんのさ「アイツ人の金頼りだから金輪際近付かんとこ!」とか思われてたら!」
「別にあんなヤツにどう思われようがどうだっていいだろー。なんでそんなに気にするばぁ?」

通路挟んだ隣の席に座ってる平古場くんも、木手くん同様呆れた…というか、なんか冷ややかな目でこっちを見てきやがる。

「なーに言ってんの平古場くん!跡部くんには色々とお世話になってるんだからそんな恩を仇で返すようなことしたらダメでしょ!それ以前に金持ちを敵に回して良いことなんかないんだからな!?
「そういうことかよ」
「そういうことだよ!」

むしろそれ以外に何があるってんだ!

「彼女がそういう人間だということは考えなくても分かるでしょ。気に病む必要などないんですよ、平古場クン」
「べ、別にたー(誰)も気に病んでなんか…」
「そんなことより、ちゅー(今日)の相手ってどこなんばぁ?」

木手くんに何かしら言い返そうとした平古場くんの言葉を遮るようにして甲斐くんが言った。
そんなことより、とか言われたせいか平古場くんは何とも言えない顔になってる。
ハハッ、どんまい!

「甲斐くんも知らんの?」
「知らないさー」
「知らないのではなく聞いていなかった、でしょうが」

木手くんが眉間に皺をギッシリ寄せてデッカイため息をついた。

「相手は青学です」
「セイガク?」
「青春学園、だから略して青学さぁ」
「青春学園んん?」

知念くんがわざわざ教えてくれたけど、青春学園ってなんか大層な名前だなぁ。
氷の帝って書く氷帝とか青春学園とか、東京はスゴい名前の学校が多いのな!

「え、青学ってあぬ(あの)青学?」
「あの青学です」
「しんけん(マジ)か」
「え、なに甲斐くん知ってんの?」
「知ってるもなにも、聞いたことくらいあるだろ?あぬ青学やし」
「そう言われましても…」
「ダメですよ甲斐クン。神矢クンはまっっ…たくテニスの知識がない上に覚える気もないんですからね」
「あー、それもそーか」

なんかスゲー悪意のこもった「まったく」じゃなかった!?
甲斐くんも甲斐くんで納得してんじゃないよ!
まぁ覚える気ないのは事実だけどな!

「青学はテニスの名門と言われている学校ですよ」
「そこのレギュラーになれば名選手の称号を得られるだとか言われてるらしいさー」
「まじかよ」

ひえぇー、名門とかメチャ強そうじゃね?
強いってことはそれだけ部活も厳しそうだし、なんかお堅い人達ばっかなイメージ。
どうしよう、うちがマネージャーの仕事が微塵も出来ないってバレたら「そんな奴はテニスコートに入れるわけにはいかぬ!即刻出てゆけ!」とか言われるかもしれない。
まぁ出てけば仕事しなくてもそれ以上は怒られないんだから、素直に出て行きますけどね!

「永四郎、何か青学の情報とかないんばぁ?どんな奴がいるとか」
「そうですね、色々と噂は聞いています。天才と呼ばれるプレイヤーや黄金ペアと呼ばれるダブルスがいるとか。それと生意気なルーキーがいるとも聞いています」
「ルーキーってことは1年生か?」
「そうでしょうね」
「へー、生意気な後輩くんかぁ。うちにはそーいう子いないよね、みんないい子ばっかだし!生意気な同級生はいるけどな!なっ、平古場くん、甲斐くん!」
「名指しすんな!」
「別にわんは生意気じゃないだろー!?凛はともかく!」
「わんはともかくってぬー(何)よ!?いや、わったー云々言う前に生意気なのは神矢だろ!」
「はー!?何を言うかね!うちほど純粋☆で純朴☆で素直☆な女のコはいないと思いますけどー!?」
「神矢先輩が純粋で純朴…?」
「ちょ、新垣くん!?」

思わぬところから疑問の声が上がったぞ!?

「な、なんで新垣くんがそんな驚いた顔すんのさ!先輩ショックですよ!」
「わ、わっさいびーたん(すみません)!純粋とか純朴とか、神矢先輩には合わない言葉だなって思ってしまって」

新垣くんは慌てて謝ってくれたけど、それを隠さず言葉にしちゃう新垣くんも相当素直ですよねッ!

「はっ、新垣が驚くのも当然さー。よくそんなくとぅ(こと)自分で言えるもんだぜー」
「自分で言う時点でたかが知れていますがね」
「ひっでーなぁオイ!」

そんな畳み掛けて言わなくてもいいじゃないか!
やっぱり平古場くんは生意気だろ!あと木手くんもな!

キキーッ

「どわっ!?いでっ!

内心で毒づいてたらいきなりバスがブレーキをかけた!
あ、あっぶねー!危うく座席から転がり落ちるとこだったわ!
転がり落ちはしなかったけど、代わりにバランス崩して前の席にしこたま体打ち付けたよね!

「だから座りなさいと言ったでしょう」
「うぐぐ…!」

く、くそぅ…!
ハッキリ言ってはないけど、木手くんのその口調からは「バカですか」っていう蔑みがハッキリ滲み出てやがる…!
ここからじゃ顔は見えないけど、その顔もきっとうちを蔑んでるんでしょうね!

「こういう時は少しくらい心配とかするもんじゃないんですかねぇ…!」
「自業自得なのに何を心配しろと言うんです」
「そうかもしれないけども!だからって怪我してないかーとかの気遣いくらいしてくれたって…!」
「さて、着きましたから荷物をまとめて降りますよ。愚図愚図しないでください」
聞けよ!

こんな分かりやすくスルーする!?
うちが声上げたってのに木手くんはこっちを見ることもなく、とっととバス降りてくし!
だーもう!辛辣が過ぎるわ!

「くっそー、木手くんの辛辣冷酷無慈悲コロネ野郎め!」

べし!

「いって!?」

怒りが抑えられないもんだから代わりに平古場くんを叩いておいた。

「なんでわんを叩くばぁ!?」
「木手くんを叩いたら100倍返しされんじゃん!」
「だからってわんを叩くな!」

がつん!

「あだぁ!?」

平古場くんにグーで頭を殴られた!
グーって!女子の頭をグーでって!!
どんな恨み込めたらこんな痛くなるような殴り方出来んの!?ってくらい痛いんですが!?
しかも殴るだけ殴っといて平古場くんもさっさとバス降りてくしさー!

「…神矢」
「ちっ、知念くん…!」

後ろの座席だった知念くんがいつの間にかすぐ側にいた。
同情してくれてるような目でうちを見てくれてる。
うぅ…もう知念くんだけだよ、うちに優しくしてくれるのは…!

「…これも神矢の自業自得だと思うさぁ」
「アッ、スンマセン…」

同情じゃなくて呆れの眼差しだったようだ。
キッビシー☆

「涼音ー、知念ー、早く来いって木手があびて(言って)るんどー」
「分かったさー」

バスの出入口のとこから顔を出した甲斐くんが言ってきた。

「チッ!丸無視したり早く来いって言ったり、ほんっと自分勝手なメガネだぜ!」
聞こえてますが
「げっ!?」

やべー甲斐くんの後ろに木手くんもいた!
いるんならいるって言えよな!
本人がいたんなら悪口言わなかったのに!

「やっ、ヤダなぁ!ジョーダンだよジョーダン!」

HAHAHA!とわざとらしく笑いながら、甲斐くんと木手くんの横をすり抜けてバスを降りた。
木手くんの横を通った時に頭引っぱたかれたらどうしようと思ったけど、それは大丈夫だった。
代わりに盛大なため息をつかれたけどな!

「君が比嘉中のマネージャーかい?」
「…エッ?」

バスを降りたら急に声を掛けられた。
顔を上げてみると、白と青と少しの赤が入ったユニフォームを着た人が2人立ってる。
見たことないユニフォームだけど、ここにいるってことは…今日の対戦相手の青学テニス部の人か?
片方はメガネの人で、もう1人は…なんと言うか特徴的なヘアスタイル(?)の人だ。
坊主…のようなそうでないような、前髪が2ヶ所ぴょんっと出てて…あぁもう言葉で表現すんの難しい頭してんなぁ!
こっちもこっちで木手くんとか甲斐くんとか説明しづらい髪型だけどな!
ともかく、今話し掛けてきたのはこっちの謎ヘアーさんみたいだ。
メガネの人は厳しそうな顔してるけど、謎ヘアーさんは雰囲気からして優しそうだ。
身構えるほど青学テニス部は厳しくないのかもね!

「聞かれているんですからちゃんと答えなさいよ」

べしっ

「あいてっ!?」

木手くんに頭はたかれた!
身内の方が厳しいわ!
さっきは叩かれずに済んだってのに今叩かれたよ!
ちょーっと謎ヘアーさんの髪型に気を取られたり考え事してて返事が遅くなっただけなのに!

「え、えーと、マネージャーです。一応」
「一応?」
「したくてしてる訳じゃないと言うか、なんか強制的にやらされて辞めることも出来ないと言うか…いて!」
「余計なことまで言う必要はありません」
「だ、だったら口で注意してくれないかなぁ木手くん!?いちいち叩くなし!」
「口で注意しても貴女は学ばないでしょう。だったら体に叩き込むまでです」
「どんなスパルタ野郎だよ!」

早乙女監督も相当なスパルタ特訓しかけてくるって言うけど、木手くんだって負けず劣らずだわ!
スパルタってか木手くんのはただの暴力じゃねーか!

「…」
「あっ」

謎ヘアーさんが呆気に取られて見ているのに今更ながら気付いた!
いつもの調子で声荒らげちゃってたよ!
は、ハズカシー!
初対面の人にとんだ失態を見せてしまったじゃないか!

「あの、その、今のはほんのお戯れでして…!いつもはワタシとーっても物静かなんですよ!礼儀正しくて賢くて優しくて学校でもデキル女として有名で」
嘘つけ

おおっと、平古場くんが食い気味に否定しやがったぞ!

「う、嘘じゃねーし!ちょ、ちょーっと過大評価しただけだし!」
「過大過ぎんだろ」
「ははっ!涼音がデキルいなぐ(女)って面白い冗談やし」
「そういうくとぅ(こと)は自分で言わない方が…」
「わったー後輩には優しいですよ!賢いかどうかは分からないですけど」
なんかもうみんなヒッドイ

平古場くんと甲斐くんがうちをディスってくんのはいつものことだけど、たまに知念くんとか新垣くんもサラッと酷いこと言ってくるから辛いよね!

「なんと言うか…げ、元気なんだな」
「まったく…練習試合も始まっていないのに人の顔に泥を塗るような真似を…」

木手くんが頭を押さえながらこれみよがしにため息をついてる。
でも木手くんがもう少しでも優しい言い方ってもんを知ってたらこんなことにはならなかったんだけどな!?
自分のせいでもあることを理解してもらいたい!

「彼ら全員には後で制裁を加えるとして。今日はよろしくお願いしますよ」

制裁!
制裁って言ったぞこのコロネ!
木手くんはサラッと流して言ったけど聞き逃さなかったんだからな!?
しかも「彼ら」と言ってるから、連帯責任でうちら全員で何かしらの制裁を加えられるらしい。
平古場くんと甲斐くんは人をバカにしてきたから当然としても、騒いでもディスってもなかった慧くんとか不知火くんまでも制裁されるのは申し訳ない…!

「…」
「…」

あ、あわわ!
ふたりとも顔を引き攣らせちゃってる!ごめんなさい!

「ああ。こちらこそよろしく」

そして木手くん達はこっちの気も知らず挨拶交わしてるし!

「俺は副部長の大石で、こっちは部長の手塚だ」
「よろしく頼む」
「えっ部長さん!?なんだ、てっきり監督のセンセーかと…」
「…」
「えっ?あ!す、すんません!なんかゴメンなさい!」

つい思ったことを言ったら青学の監督さん…じゃなくて、部長さんの手塚くんは口を噤んでしまった!
あんまり表情が読めないんだけど、不快にさせてしまったのは何となく分かるぞ!
慌てて謝って…って、なんか今日のうち謝ってばっかじゃね!?

「…いや、構わない。よく間違われるからな」
「そ、そうなんデスカ…」

ううう、手塚くんはそう言ってはくれたけど絶対傷付けたよコレ…!
何だこの罪悪感!
平古場くんとか甲斐くんに文句言うのとは訳が違うぞ!
…あ、そりゃそうか、手塚くんはうちに害を成すことないもんな!
うちに害がない人を一方的に傷付けたらそりゃ良心が痛むわけだ!
うちにだって良心くらいあるんだからな!

「じゃあそろそろコートに案内するよ」

謎ヘアー…いや、副部長の大石くんが苦笑いを浮かべたまま言った。

「そうですね、お願いします。行きますよ」
「おう」
「分かったさー」

木手くんに言われ、ぞろぞろと歩き出す。
うーん、それにしても綺麗な学校だなぁ青学。
あと広い。
なんだか足取りどころか体自体も軽くなってる気がする!
比嘉も海が近くて自然が多くて広いけど、何せここは東京だ。
都会感がスゴい。それなのになんだか爽やかだ。

「余所見していないで歩きなさいよ。転びますよ」
「えー、だって初めて来るところだし気になるじゃん?というか相変わらず木手くんお母さんみたいな言い方すんね!ぷぷっ!」
転ばせますよ
「さ、サーセン…」

「転ばせますよ」が一瞬「殺しますよ」に聞こえてビビった。
木手くんのことだから同じ意味かもしんないけど!
というやり取りをしながら歩いてると、パコンパコンというボールを打つ音が聞こえてきた。
お、それにフェンスが見えてきた。
あそこがコートっぽいな。

「ベンチを用意してあるから荷物はそこに置いてくれ」
「我々の準備は出来ている。そちら側の用意が出来次第試合に移ろう」
「分かりました。では、荷物を置いたら直ぐにウォーミングアップに入りますよ」
「おー」

木手くんが言うことに誰1人文句言わず頷いてる。
そりゃまあ木手くんに対して誰も文句なんか言えないけども。
だからって着いて直ぐにテニスすんのかぁ…。
ま、今日も日帰りだしのんびりしてる暇ないよな。
ははっ、休憩もなしにご苦労なこった!

「神矢クンも他人事のような顔をしていないで、今日こそはマネージャーとして真面目に働いてくださいよ」
ギクッ!べ、別に他人事とか思ってないし!?というか今日こそはって、うちがまったく働いてないみたいな言い方しないでくれるかなぁ!?してるじゃん、掃除とか…あ、あとなんか…タオルの準備とか!」
「貴方がしているのはマネージャーの仕事というよりただの雑用です」
「ざっ」

雑用て!
そんなこと言うけどなぁ!1番初めは木手くんの方がうちのことマネージャーじゃなく雑用係だって言いのけたんだからなー!?
ちゃんと覚えてるんだぞ!
うちは言われた通りの雑用してるんだから文句言われる筋合いなくない!?
そうだそうだ、悪いのは木手くんだ!
ワタシワルクナーイ!

「何か言いたそうですね。文句があるのなら直接俺に言ったらどうです」
「やややヤダナァ!木手大部長先生様に文句なんてあるわけないじゃないですかー!さあ、今日も身を粉にして働くゾー☆」

木手くんがメガネ光らせて凄んでくるもんだから急いで話を逸らす。
うちだって当然のことながら木手くんに文句なんか言えないからな!
文句を言ったが最後ここが墓場になる気がする。
こっわ。

「大部長先生ってどんな日本語だばぁ…」
「そんな細けぇとこ食いつかないでいいんだよ平古場くん。それより平古場くんもさっさと荷物置いてウォーミングアップとやらをした方がいいんじゃない……あれ?」

そこで気付いた。
荷物がない。

「えっ、あれ!?ちょっと平古場くん荷物ないんだけど!」
「は?」
「は?じゃないよ!荷物!うちの荷物!なんかタオルとかノートだとか木手くんに無理やり持たされたのが入った鞄だよ!」

遠い旅路だから出来るだけ小さい鞄にしようと思ってたのに、木手くんからアレだコレだと荷物を渡され気付いたらどデカいショルダーバッグになってたよね。
バスだとか飛行機での移動の間はいいけど、歩きの時は肩もげるんじゃね?ってくらい重かったよね。
その荷物がいつの間にか消えてるんだけど!

「それをなんでわんに聞くんだよ…って、やー手ぶらじゃねーか。鞄どうしたんだよ」
「知らん!」
「知らんってな…」
「バスの中に置いたままでしょ」
「バスん中!?…あー、そう言われてみれば持って降りた記憶はない気が…」

隣の座席に鞄を置いた記憶はあるから、じゃあ木手くんの言う通りバスに忘れてきたってことか。
あの時は木手くんに脅されて慌ててバス降りたもんなぁ。
なら忘れても仕方ないよね!

仕方なくはないですよ。さっさと取りに行きなさいよ」
「ナチュラルにうちの心と会話すんの止めてくれない?というか取りに行くのー!?えぇー、めんど…」
「どう考えても貴女のミスでしょう。まったく、時間も限られているというのに愚かなことをしないでください」
「あんなマギー(でかい)鞄忘れるか?フツー気付くだろ」
「なんか肩軽いなーとは思ったけども!でもそう言う平古場くんだってうちが手ぶらなこと気付いてなかったじゃん!同レベルじゃんよ!」
「やーぬ荷物なんて気にして見てないんどー。気付くわけないさぁ」
「凛が見てんのは涼音ぬ方だもんなー?」
「よっ、余計な口出しすんな裕次郎!」

なんか楽しそうに口を挟んできた甲斐くんに平古場くんがキレた。
は?平古場くんはうちを見てんの?
だったら鞄持ってるか持ってないかまで見てろって話だわ。

「俺は気付いていましたよ。神矢クンが何も持たずバスから降りたことは」
「はあ!?えっ、じゃあ木手くん何故に教えてくれなかったの!?」
「人に頼り切って生きることは良くないですからね。こういうことは若い頃から学んで置いた方が後々貴女のためになると思ったからですよ」
「なんか違くない!?そうやって言うけど木手くんはどっちかって言うとただの放任…!」
「あー…取り込み中悪いんだが、そろそろ試合に入らないと…時間的にまずいんじゃないか?」

と、ここで大石くんが申し訳なさそうに口を挟んできた。

「ああ、そうでしたね。失礼しました。ほら神矢クン。無駄口を叩いてないでさっさと行ってきなさいよ」

べし

「いって!?だー!もう分かったよ行くよ!さっさと行きゃいーんでしょ!なにもわざわざアタマ叩かないでもいーじゃんよ!」
「では軽くウォーミングアップが終わったらすぐに試合に入りますよ」
無視か!

くっそー!木手くんめ2度目のスルーか!
うちのこと貶すわ放任するわ叩くわ無視するわ!
このコロネはうちを人間として見てないんじゃないか!?

「木手くんのばーかばーか!人を蔑ろにした罪で取り締まられろー!!」

捨て台詞を吐くだけ吐いて、来た道を走って戻る。
ふーんだ!木手くんなんか捕まってしまえ!
そして両足縛られて馬に括り付けられて町中引きずり回されればいいんだ!




「…」
「…」

涼音が暴言を吐いて走り去って行く姿を、手塚と大石はただ唖然として見詰めていた。
それに反して比嘉側は誰一人と驚く素振りは見せていない。
むしろ「またか」とばかりに涼しい顔をしていた。

「…物凄いマネージャーだな」

暫くの沈黙の後、手塚がぼそりと呟いた。

「ええ。本当に減らず口ですから困ったものですよ」

ふん、と木手は鼻息も荒く答えたのだった。





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