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とある暑い、黄昏時のこと。

「はーあぁ!疲れた疲れた、無駄に疲れたわー!」

部室のドアをバターン!と勢い良く開けた。
その途端、中からむわっとした熱気が押し寄せてくる。

「うっわ暑ッ!部室あっつ!何だここ地獄か!あーもう、ちんたら片付けなんかしてるから熱が溜まっちゃったんだよ!」
「やーのせいやし」
「涼音が足引っ掛けてボール籠3回も蹴り飛ばして散らかしたからだろー?」
「ぐっ…!」

うちの後から部室に入って来た平古場くんと甲斐くんに続け様に言われてしまった。
く、くそー!
事実だから言い返せない!

「いや、そもそも後片付けする羽目になった原因はあんたらじゃん!部活中に無駄話なんかしてるから木手くんに後片付け命じられて!うちは巻き込まれただけですゥー!」

そうだよ、元はと言えばコイツらが悪いんだ!
部活中にくっちゃべってるから木手くんにド叱られて2人だけで部活後の片付けを命じられてたじゃないか!
うちはいい子だから無駄話なんかしてないのに、マネージャーってことで巻き込まれた言わば被害者だぞ!

「被害者ヅラしてるけどな、やーも部誌をまともに書けねーから後片付けしろって永四郎に命令されたんだろ」
「グッ…!!」

くそー!
これも事実だ!
後片付けを命じられた2人を指さして笑ってたら、あろうことか木手くんの矛先がうちに向いたんだ。
部誌をいつまでたってもろくに書けないでいる罰だとか言って、片付けを手伝えとか言われてさー!

「い、いいじゃんか部誌なんか書けなくったってさー!どうせうちが書いても使い物にならんとか言われて、木手くんが別で部誌書いてんだから!」

考えたらそんなん二度手間だよねー!?
最初から木手くんが書くだけにしとけばうちの手間が省けるのによぉ!

「やーがマトモに書ければ永四郎の手間が省けるんだろ」
「そっそれは…そうだけど…!というか平古場くん、人の考えてること読まないでくれる!?そしていちいち論破すんなや!事実だから言い返せないじゃないか!
「事実って認めてんじゃねーか」
「うっさいわ!」
「まあまあ、涼音も凛もそれくらいにしとけって。片付けも終わったんだしさっさと帰ろうぜー」

へらへらと呑気に笑う甲斐くんに仲裁される。
そういう甲斐くんはいつの間にか着替え始めてた。
相変わらずマイペースだなぁ!

「早くしねーと寄り道出来なくなるだろ?」
「寄り道?えっ、もしかして甲斐くん今からどっか行くつもり?」
「当然さぁ!駅前のハンバーガー屋行こうぜ!」
「わったーもかよ」
「当然やし!」
「いやいや、さすがに日も暮れてきたし今からは……ウワッ」

窓の外を見て、ついウワッとか言ってしまった。
空の色がなんかおかしい。
いつもならいかにもThe南国☆って感じの爽やか〜なオレンジ色で夕陽が沈んでいくのに、今の空は赤紫っぽい色をしてる。
なんと言うか薄気味悪い色だぞ。

「どうしたんばぁ?涼音」
「なんか空の色、変じゃない?」
「空?」

うちに倣って甲斐くんと平古場くんも窓から外を見た。

「あー…なんか、すげー色してんな」
「でしょ?こんな色になってんの見たことないんだけど」
「確かに。わんも見たくとぅ(こと)ないさぁ」
「えっ、甲斐くんも?」

生まれた時から沖縄に住んでる甲斐くんが見たことないなら、この状態は相当レアな景色ってことか?

「な、凛もそうだろ?」
「…まあなー」
「マジでか、平古場くんもか。気味悪い色な気がするし、珍しい現象なのか…って、そうだった!平古場くん大丈夫!?」
「は?な、何がよ」
「怖いんじゃない?大丈夫!?なんか気味悪くて、あっちでカラスまでも鳴いてるし飛んでるし!ほら平古場くんって超絶ビビりじゃん!
「はぁ!?た、たー(誰)が…」
「あっでも大丈夫だよ、うちも甲斐くんもいるからね!ほーら平古場くん泣かないで〜!」
「ばっ…バカにすんの止めろ!怖くなんかないんどー!つーか怖がりじゃねー!」

そう大声で言ってくるあたり、怖がりだって認めてるようなもんなのにな。
まず合宿の肝試しでビビり倒して気絶した奴が怖がりじゃない訳ないやんな!
ププッ、ウケるー!

べちん!

「あだっ!?」

いきなり平古場くんに後頭部を引っぱたかれた!
な、なんだよ!
言ったら叩かれると思って心の中で小馬鹿にするに留めたのに、結局叩かれたよ!

「人をバカにしてんのがちら(顔)に出てんだよ!」
「別にバカにはしてないし!小馬鹿にはしてるけど
「してんじゃねーか!」

平古場くんは食ってかかってくるけど「小」がついてんだからまだマシだと思うべきだよね!
もっと心にゆとりを持てよな!

「甲斐くんだって平古場くんがチキンだって思ってるよねー?」
「そりゃ思ってるさー」
「裕次郎!?」

平古場くんがびっくりして甲斐くんのことを見た。
逆にチキンだと思われてないって思ってたことにびっくりですわ。

「だってそうだろー?ホラー映画は1回見たっきり誘っても行かなくなったし、お化け屋敷は難癖つけて入らねーし、合宿の肝試しはビビって気ぃ失ってたしなー」
「そっ、それは…!」
「アハハ、これ以上ないくらいの完璧な怖がりさんですなぁ」

というか平古場くん、お化け屋敷も拒むのか。
入りたくないがために必死になる平古場くんとか見てみたいわ!
今度遊園地に誘ってやろうかな。

「だ…だから怖がりなんかじゃないんどー!わんはビビりでもチキンでもな…」
「こんな空模様の時は良くないことが起きると昔から言われていましてね」
うわっ!?
「ぎゃっ!?」
「き、木手?」

急に木手くんの声が割って入ってきたもんだからみんな揃ってビビる。
うちは平古場くんのどデカい声にビビったようなもんだけどな!
そしてそんなうちらを気遣うこともなく、いつの間にやら現れた木手くんは部室の中央辺りに突っ立っていた。

「相っ変わらず気配ないのなぁ木手くん!面接受ける時みたくちゃんとノックしてから入ってくれないかなぁ!?」
「ドア開けた音も聞こえなかったさー…」
「…」
「って、ちょ、平古場くん大丈夫?」

平古場くんの方を見たら、壁に片手をついて逆の手で心臓辺りを押さえていた。
可哀想に、相当ビビったんだな…。

「べ…別にビビってなんかないんどー…」

とは言っているものの、その声の弱々しさと言ったら!

「もー、木手くん!平古場くんが心臓麻痺起こしたら木手くんのせいだぞ!もっと気を遣って行動してよね!特にうちに対して!」
「こんな色の夕焼け空の翌日は稀に見る大雨になり農作物が駄目になるとか、その年は台風の当たり年になるとか言われているそうですよ」
おっと清々しいくらいのスルー

うちの話なんて元から聞かねぇとばかりに木手くんは自分の話をぺらぺら話し出す。
ふんだ!いつものことだから慣れてますけどねっ!

「つーか、良くないってそういうくとぅなんばぁ?てっきりもっとホラーな話かと思ったさー」
「あー、それうちも思った。まず木手くんの存在が恐ろしいからやることなすこと全部が怖く思え…あっウッソー!うっそでーす!ごめんなさーい!」

やべーやべー、調子乗って言っちゃった!
木手くんに叩かれる前に急いで謝る。
それでも叩かれる可能性はあるから急いで甲斐くんの後ろに隠れた。
ほら、ワンクッション入れたら怒りは分散される気がするしね!

「…」

あ、あれ?
身構えたってのに木手くんは怒っても叩いてもこない。
それどころか何も言わない。無反応。
…なぜ?
何気なくに甲斐くんを見上げると、甲斐くんも丁度こっちを見た。
不思議そうに首を傾げてる。
甲斐くんも変だと思ったようだ。

「今言ったのは一般的な迷信ですがね。この学校にも、良くないことが起きるという話は伝えられているんですよ」

怒るどころか木手くんは話を続ける。
ま、怒られないんならそれはそれでいいけどさ!

「学校…?この比嘉中にか?」
「いわゆる七不思議ってやつ?へー!やっぱどこの学校にもそういうのあるんだねぇ」
「…なんでやーはそんな楽しそうなんだよ…」
「えっ、だって面白いじゃん七不思議」

そう言ったら平古場くんが「信じらんねー」って顔になった。
でも七不思議って怖いというか面白いとこもあるし、そこまでビビることないと思うんだけど。
そういや前の学校にもあったなぁ。
二宮金次郎が音楽室のウッドブロックで弾き語りしてるとか、夜中に踊り場の鏡の前で骨格標本がひとりボディビル大会を開催してるとか、なんかもうちゃんぽんな話ばっかだったけど。
ウッドブロックは弾き語りに部類されるのかとか、筋肉ないのにボディビルやってんのかよとか、ツッコミどころが満載だったなぁ。
って、そんな思い出話はどーでもいいや。

「で、それってどんな話?」
「始まりは今から30年前の…そうですね、丁度今日のように蒸し暑い日のことでした」

そう言って、木手くんが語り始めた。

「その日もいつもと変わらない部活動を行っていました。いつもと同じメンバーで、いつもと同じメニューをこなして。しかしその最中、部員達は違和感を覚えたそうです」
「違和感?」
「ほんの少しの違和感でした。静かな水面にひとつの水滴が落ちるような…僅かながら、それでも無視できないような小さな違和感。しかしそれが何なのかは誰も分かりませんでした」

うちも甲斐くんも平古場くんも、みんな押し黙って木手くんの話を聞く。
な、なんか語り口調にリアリティあって怖いぞ。
木手くんが話してることで怖さが倍増してるんだろうけど!

「それでも普段通りに部活を終えて片付けをしている時でした。とある部員が気付いたんです。ひとり部員が居なくなっていることに。ついさっきまで共に練習をしていたのに、コートにも部室にも何処にも居ない。何も言わずに帰るなんて彼の性格上有り得ないと、誰もが首を傾げていました。…そんな折、職員室に居た監督が戻ってきたので聞いたそうです。彼が忽然と居なくなったと。すると監督は驚いたような顔をした後、どこか悲しそうな顔で首を振って言いました。あいつがここに来ている訳がない、あいつは今しがた病院で亡くなったんだと、沈痛な面持ちで語りました」
「な、亡くなったって…」
「おかしな話ですよ。数分前までいつもと変わりなく練習をしていたと言うのに。初めは誰も信じていませんでした。が、監督は間違いないと言うんですよ。確かにその連絡を受けたのだと…あいつは今日の授業中に体調を悪くし早退をした。しかし帰宅途中に悪化して病院に運ばれ、そのまま帰らぬ人になったんだ、とね」
「…」
「…」
「…」

木手くんが話すのを止めると、今まで騒いでたのが嘘みたいにしーんと部室の中が静まり返った。
木手くんの謎の迫力に押しに押されたせいで、誰も言葉を発せないでいた。
…そんなうちらを包み込むようにして窓の外から夕陽の光が入ってきてる。
さっきより赤みが増した、いやに毒々しい暗い赤紫の光が。
その色に部室の中がじわじわ侵食されていく。
電気は点いてるのに外の光に負けて、部室全体が暗い。
う、うわぁ…!
なんかマジで気味が悪くなってきてるんだけど!

「なっ…なんだー!そんなのよくある話じゃんよー!」

鬱々とした空気に我慢出来なくなってわざとでっかい声を出して笑った。
いきなり大きい声を出したもんだから平古場くんがめっちゃ驚いて数ミリ浮いてた。ゴメン。
でもさっきは平古場くんの声にビビらされたんだから、お返しってことで許して欲しい。

「実は死んでました、なんて怖い話でよく聞くじゃん!だよねぇ甲斐くん!?」
「あー…まあ、確かに聞くよなぁ」
「だよね!」
「しかしこの話はそこで終わりではありません」
「ウッ」

せ、せっかくうちが明るく話を締めようとしたのに木手くんがまた自分のペースに戻しやがった!

「亡くなった彼は部活への思い入れが強かったんです。いえ、強過ぎたんですね。だから亡くなった日も普段通りに部活に参加してしまい、それ以降もよく「紛れて」しまうんですよ。何年経ってもそれは変わらず…そしてそういう時は必ず、こんな不可思議な空模様になる。彼が亡くなった日が、そうであったようにね」

木手くんは窓の外に目を向けた。
外からの妖しい光に照らされてて、なんだかその姿が全体的にぼんやりと見える気がした。
な、なんか今日の木手くんは怖い通り越して気味悪いような…。

「ちょっ…もー!やめてよ木手くん!ま、紛れるなんてそんな怖いこと言わないでよ!…紛れる?」

と、ここで木手くんの言ったことでハッと気付いた。
慌てて平古場くんと甲斐くんの方を見る。

「ひ、平古場くん!甲斐くん!」
「うわっ」
「ぬ、ぬーよ涼音…あがっ!?」

うちがいきなり声をかけたせいで驚く2人のほっぺたを思いっきり引っ張る。
右手で平古場くん、左手で甲斐くん。
あ、なんだ、ちゃんと引っ張れるわ!

「ぬっ、ぬーするばぁ!?離せ!」
「おっとごめんごめん」

ブゥン!と平古場くんに大袈裟に振り払われる。
甲斐くんも平古場くん程じゃないけどうちの手を振りほどいてほっぺたを押さえてた。

「ごめんじゃないだろー…何だよいきなり。痛かったんどー」
「ごめんて!いやーなんか木手くんの話聞いてたら、急に2人が死んでんじゃないかって怖くなったもので
「死っ…な、何でだよ!」
「生きてるとか見りゃ分かるだろ!」
「分からんから引っ張ったんじゃないか!でもダイジョーブ、生きてるって分かったから!なら君達は紛れた人じゃないってことだね!ははっ、安心安心!」
「安心安心、じゃないさぁ!」

ぎりりり

「いででででっ!?」

軽く笑い飛ばしたら、仕返しとばかりに今度は平古場くんがうちのほっぺたを引っ張ってきやがった!

「ちょっ、いっ、痛い痛い!マジで痛い!」
「ふん。やーが死んでないか確かめただけやし」
「あだっ!?」

思ったより早く平古場くんがほっぺたから手を離したと思いきや、次は頭を引っぱたかれる。
く、くっそー!どこまでも暴力的な奴だなぁ!
まぁやり始めたのはうちの方ですけどねっ!

「というか木手は「紛れる」ってあびた(言った)だろ?紛れるってくとぅは知らない奴がいつの間にか増えてるってくとぅじゃないんばぁ?」
「あ。そりゃそーか」

ジンジンしてるほっぺたを押さえてると甲斐くんがそう言った。
なるほど、言われてみればそうだよな!

「なんだー、じゃあわざわざ確かめなくても良かったってことか!良かったー、木手くんのこと確かめる前で!」

うちには木手くんのほっぺた引っ張るほどの勇気はないんだけどさ!
そんなうちの言葉を聞いて平古場くんが「わったーを確かめる前に気付けよ…」とかボヤいてたけど聞こえなーい。

「…」

…そうやって木手くんを話題にしたっていうのに、相変わらず木手くんは口を挟んで来なかった。
それどころか黙って窓の外を眺めたまんまである。
いつもの木手くんなら「貴女如きに確かめてもらう必要などありません」だとか「今更気付いたんですか?相変わらず頭の回転が遅いですね」とか間髪入れずに貶してくるのに!
さっきも何かおかしいと思ったけど…うーん、やっぱり今日の木手くんはいつもと違うような…?
うちらの話を聞いてないと言うか、思えば話もやけに一方的というか。

「…ねえ、なんか木手くんヘンじゃない…?」

木手くんがこっちを見てないのを確認してから、平古場くんと甲斐くんにこそっと聞いてみる。

「…確かに、そんな気がするさぁ」
「だーなー…なんつーか、話すだけ話してこっちの言葉は聞いてないみたいやし」
「やっぱ?」

どうやら平古場くんも甲斐くんもうちと同じ印象を持ってたらしい。

「わったーが騒いでも怒りもしないしなぁ…いつもならすぐ凄んでくるのになー」
「腹でも痛いのかね?拾い食いでもしたのかな」
「神矢じゃねーんだから永四郎がそんなくとぅするかよ…」
「いやうちは拾い食いしないからね!?甲斐くんじゃないんだから!」
「わんもしないんどー!?」
「初めはそれで良かったんですよ」
「っ!」

ま、また唐突に木手くんが口を開いた!
3人揃ってビビって木手くんの方を見る。

「初めは紛れるだけで良かった。自分が部活に参加出来れば、それでね…」

やっぱり、木手くんはこっちを見ようともしない。

「あ、あー…永四郎?…大丈夫か?」

さすがにこの雰囲気に耐えきれなくなったみたいで、平古場くんが声をかける。
だけど木手くんは答える様子はない。

「しかし長年過ごしているうちに欲というものが生まれてきてしまった。ただ紛れるだけではなく、自分もその場にいると認めてもらいたい。自分も「存在している」のだと認めてもらいたくなったんですよ。…人とは愚かなものだと痛感します。死してなお、誰かに認識してもらいたいとはね」
「き…木手?…な、何の話してるんばぁ…?」

木手くんの話がおかしな方向に進んでいる気がする。
変だと言うより、なんと言うか…怖い。

「なんか木手くんの言うこと、だんだんオカルトチックになってない…?こ、怖いんだけど…」
「や、やったーがよくある話だとかバカにしたせいだろ?」
「えっ!?う、うちらのせい!?」
「確かによくあるとはあびたけど、別にわったーバカにした訳じゃ…」
「とりあえず謝った方がいいだろー…」
「えぇー…そんな…き、木手くんもういいって!怖くてわざとエラソーな言い方しました!すいませんでした!」
「わ、悪かったさぁ」

平古場くんに言われるがままに甲斐くんと謝ってみる。
今日の木手くんがいつもと違う切り口の怒り方をしてるだけなら、もうそろそろ「分かればいいんですよ」と言ってくれるかもしれないし!
そんな淡い期待をしながら木手くんを見ていると、やたらゆっくりとした動きでこっちに顔を向けた。
おぉ、やっとこっちの呼び掛けに反応してくれた!
なんだよー、やっぱり珍しいキレ方してただけだったのか!
はた迷惑なヤツめ!

「もー…ビビらせないでよぉ木手くん…いやほんと、ガチで怖かったんですけど!」
「心臓に悪いくとぅすんなよなぁ…」
「はは、凛、ちら真っ青だったもんなー」
「か、かしましい!」

甲斐くんの言葉に平古場くんが怒る。
でも誰だってあんな話聞かされたら顔も青くなるわな!
本当に怖い奴だわぁ木手くん。
…だけど、そうやって安心したのも束の間のことだった。

「俺は誰でしょう」

「……はっ?」

木手くんがだし抜けに変なことを言った。
ゆるんだはずの空気がピシッとまた一瞬で凍る。

「き、木手…?」
「え、な、なに?まだ続くの…?木手くん許してくれたんじゃないの…!?」
「し、知るかよ…!」
「俺とは、誰でしょうか」

木手くんがまた同じ言葉を畳み掛けてくる。
それにうちだけじゃなく平古場くんも甲斐くんもたじろぐ。
な、なにその質問?
俺は誰って何!?

「き…木手くんは木手くん…じゃないの…?」

恐る恐る答えた。

「…」

そして木手くんは何も答えない。
何も答えないけど、木手くんの顔に笑みが浮かんだ。
いや、笑ったように見えるだけ…?
窓から入ってくる光が木手くんだけに降り注いでいて、その表情ははっきり分からない。
わ、笑ってるの?怒ってるの?
そ、それすら判別出来ないよ!
それどころか光の加減のせいで、なんだか木手くんの顔が木手くんじゃないようにも見える…!

「あ、あの…木手く…」

ピリリリリ

「ッ!!?」
「ひいっ!?」
「うわっ!」

机の上に置いてあったスマホが急にけたたましく鳴り出した!
び、ビックリしたぁ!
めっっちゃビビったんだけど!?

「な、何だよ誰だよ!こんなとこにスマホ置きっぱなしにしてたの!?学校では電源切れよな…って、うちでした
「び、ビビらせるなよ涼音っ!」
「なんでそんなデカい音にしてるばぁ!?ふらーか!」
「ごっ、ゴメンってば!」

甲斐くんと平古場くんに怒鳴られてしまった。
でもこれはうちが悪かったですね!サーセン!
とかやってる間もスマホは鳴り続けていた。
どうやら電話がかかってきてるみたいだ。

「…早く切れよ」
「わ、分かってるって。…もう、マジでタイミングの悪さハンパないわ…」

相手には申し訳ないけど、今は普通に話す余裕はないから切らしてもらおう…。
平古場くんに急かされつつスマホを手に取る。

「ん?………えっ」
「ど…どうしたんだよ…」

うちがスマホの画面を見て硬直したのに気付いたのか、平古場くんが聞いてきた。
その声からは不安が滲み出てるようだったけど今はそれをバカにする余裕はない。
…なんだ、これ?

「あの…着信が…木手くんから、なんですが」
「……は?」
「木手から…?」

うちら3人は目の前に立つ木手くんを一斉に見た。
そこにいる木手くんは突っ立ったままだ。
光を浴びて相変わらずその表情は読めないけど、スマホを操作した素振りはない…どころか身動きひとつしてない。
そ、そんな木手くんがうちのスマホに連絡することって可能なの?
えっ、ついに木手くん念動力を取得したの!?
訳わかんないんだけど!

「え、永四郎からとかそんな訳ないだろ」
「そんな訳あるんだけど!?ほら見て!」

信じらんねーと言う顔をしていた平古場くんと甲斐くんにスマホを突きつける。
画面にはしっかりと「紅芋タルト大魔神(木手くん)」と表示されている。

「…神矢、そんな名前で永四郎のくとぅ登録してんのかよ…」
「え?あっ!こ、これは一時的なものだから!」

や、やべーやべー、昨日理不尽に叱られた腹いせにふざけた名前に変えたの忘れてたわ!

「というか今は名前の登録うんぬんじゃないでしょ!?ど、どうなってんのこれ!」
「し、知らねーけど…とりあえず木手からなら早く出た方が良いんじゃないんばぁ…?」
「うっ…それはそうか…」

木手くん、返事が遅かったり電話に出るのが遅かったりすると怒る人だもんな…。
面倒くさい彼氏かよ。
それはさておき、甲斐くんの言う通り出てみるしか無さそうだ。
どういうカラクリで電話がかかってきてるのか分からないけど、怒られるのは嫌だからね。
何度か躊躇いながら、やっとの思いで画面をスワイプした。

「…も…もしも、」
遅いですよ

うちの声を遮るようにしてスマホから木手くんの声が聞こえた。
うん、既に声が苛立っていらっしゃるね!

『そろそろ片付け終わる頃だと思っていたのですが。まったく、3人がかりでどれだけ時間がかかっているんですか』
「さ、サーセン…」

はあ、と木手くんはでっかいため息をついた。
これは…いつもの木手くんだ。
スマホの向こうで眉間にめっちゃ皺を寄せてる姿が想像出来る。

「…じゅんに(本当に)それ、木手か…?」

うちらの数メートル先に佇む木手くん(仮)をちらちら見ながら、甲斐くんが聞いてきた。

「た、たぶん…」

い、いや、これはうちが答えるより実際にみんなで聞いた方が良さそうだ。
そう思ってスマホを耳から離してスピーカーにする。

「あっ…あのさぁ…木手くん?」
『なんです』

木手くんが返事をしてくれた。
聞こえてきた声に、平古場くんと甲斐くんが目配せしている。

「ほ、本当に木手くん、なの?」

すると間髪入れずにスマホから『は?』と盛大に呆れ返った声が返ってきた。

『何を言ってるんですか。暑さで頭がおかしくなったんですか。…ああ、おかしいのは元からでしたね。失礼しました』
「もっ、元からではないし!?そう言われたことが失礼だわ!」
『事実を言ったまででしょ』
「なんでや!」
「き、木手。やー、なま(今)どこにいるんばぁ?」

ここで甲斐くんが割って入って聞いた。
甲斐くんの登場に木手くんは『甲斐クンも居るんですか』と言ったけど、それほど驚いてる感じはなかった。

『家ですよ。あれから直ぐに帰りましたからね。残っていたのは神矢クンと甲斐クン、平古場クンの3人だけだったでしょう』
「…3人…」
『…貴方達が何を言いたいか分かりませんが、ちゃんと戸締りをしてから帰ってくださいよ。明日の朝、鍵がちゃんと閉まっていなかったら承知しませんからね』

では、と締めくくって木手くんは一方的に通話を切った。
脅しをかけるために電話してきたらしいね…。
通話が終わっていつの間にか待受に戻っていたスマホを、呆然と見つめる。
うちも平古場くんも甲斐くんも、何も言わないでいるけど…たぶん、考えてることは同じな気がする。
今スマホで話したのが木手くんだ。
その木手くんはとっくに家に帰っていた。
だから今、部室にいる訳がない。
…じゃあ、今ここにいる木手くんは…?

「ま…待って待って、なにこれ?どういうこと?訳分からんのだけど!?盛大なドッキリか何か!?」
「そ、そんな訳ないだろ!」
「そんなくとぅして何の意味があるばぁ!?」
「でっ、でもそうでも考えなきゃ筋が通らないやん!?あれ誰なの!?何なの!?怖いんだけど!」
「ゆ、裕次郎!やー聞いてみろ!」
「はあっ!?な、なんでわんが!」
「甲斐くんって木手くんと幼馴染なんでしょ!?だから聞いてみなよ!」
「それとこれとは関係なくねえ!?まずアレが木手かどうかも分からな…って押すなよ涼音ー!」

慌てる甲斐くんの言葉をスルーしてグイグイ背中を押してやる。
うちはか弱い女子だもの、こういうのは強い男子の役目ですよね!
平古場くんでも良かったけど、ビビりのチキンくんにはこの大役は果たし切れないだろうからな!
というか平古場くんもどさくさに紛れて甲斐くんの後ろに回ってるし!

「裕次郎なら出来るさぁ!」
「そうそう、甲斐くんなら大丈夫!がんばがんば!」
「がんば、じゃねーんどー!そんな気楽に…う…っ!」

うちと平古場くんに背中を押されたせいで、甲斐くんは木手くん(仮)の真ん前に立つことになった。
甲斐くんが息を詰まらせたのが聞こえる。
そりゃあ何者か分からない木手くん(仮)との対峙は怖いよね。
でも大丈夫、何かあったら骨は拾ってあげるからね!

「…」

そして当の木手くん(仮)は、甲斐くんを前にしても何の反応も見せなかった。
しかもほんの数歩分だけ離れているだけなのに、やっぱり表情が見えない。
光の加減…じゃない、よな。
目を凝らしても何故だか木手くん(仮)の姿に焦点が合わないんだ。
うちは目は悪くないから正しい表現かは分からないけど、目が悪い人が裸眼で見てるような…?
そんな感じな気がする。

「だ……誰だ、お前」

甲斐くんが勇気を振り絞ってそう言った。
緊張MAXのせいか何故か標準語になってたけど。
するとその言葉に木手くん(仮)が初めて反応した。

「誰、でしょうね」

口の両端がびっくりするくらい吊り上げて、低い声で笑い出した。
ふふふ、とも、ははは、とも聞こえる低い声で。
地面の奥底から湧き立ってくるような、低ぅい声で。
えっ、待って何コワっ!!
笑う仮面っていうの?口があれと全く同じ形してるよ!?
そ、そんな笑い方人間に出来んの?
って、あ、あれ?
さっきまで顔どころか全体的にぼんやりとしてたはずなのに、なんで笑ったってことは識別出来たんだ?
ダメだ、何が起きてるのかまったく分からないよ!
うちも甲斐くんも平古場くんも、もはや何も言うことが出来ないでいる。
ただただ目の前の木手くんモドキに圧倒されて、ただただ木手くんモドキが纏う得体の知れない恐怖に慄くしか出来ない…!

と、ここで唐突に笑い声が止んだ。

「俺は俺、だよ」

静まり返った部室に響いたその声は、どう聞いても木手くんのものじゃなかった。
木手くんじゃないって分かった瞬間、その姿にピントが合う。
そこに立っていたのは、なんで木手くんと間違えたんだって思うくらい全く別人だった。
え、だ、誰…?とその顔をおっかなびっくり眺めていると、

その顔がどろりと溶けた。

「は…!?」

それが溶けるって表現が合ってるかも分からない。
なんと言うか…泥で作った人形が水を被ったみたいに、どろどろとその形が崩れていってる。
目玉がピンポン玉みたく転がり落ちる。
頭から髪の毛が抜けて流れ落ちる。
次第に体も溶け始め、バランスを失った体がぐらりと揺れる。
その弾みで頭がごろん、と首から外れた。

「ーーひっ、」

ばたーん!

ひいっ!?
「うわ!?」

耐え切れず大声を出そうとした直前、うちの横で平古場くんが盛大に倒れた。
こ、こっちの方に驚いて声を上げちゃったよ!

「え、ええっ!?ちょ、平古場くんー!?」
「お、おい、凛!?」

平古場くん、恐らくノーガードで後ろにブッ倒れたらしい。
仰向けでひっくり返っている平古場くんの顔の白いこと白いこと!

「だ、大丈夫なの!?すんげー音したけど!え、平古場くん死んだ!?
「い、一応死んではないと思うさぁ、息してるし…たぶん」

なんとも曖昧に答える甲斐くんと同じようにして平古場くんを覗き込んでみると、確かに呼吸はしてるっぽい。
一応死んではなさそうだ。良かった。

「部室でショック死するとか笑えないって…それこそ木手くんが何言うか……って!」

違う、問題はそこじゃない!
一瞬ビビりの平古場くんに気を取られたけど、もっととんでもないことが起こってるんだよ!
目の前で人が嘘みたいにドロドロ溶けて…!

「…え…あ、あれ?」
「ど、どうした、涼音…え?」

顔を上げたらそこにはもう何も無かった。
溶けて人の形が無くなった、とかじゃなくて本当に跡形もなく消えてなくなってる。
床にも何も残ってない。
そしてふっと気付くと、窓から差し込んでいる光は見慣れたオレンジ色になっていた。
そこにあったのはいつもと変わらない部室の風景だ。

「い…今のって…?」

何だったんだ…という顔で甲斐くんの方を見ると、甲斐くんもこっちを見て首を傾げてた。
というかそんな甲斐くんの顔色も、平古場くんには劣るけど良くない。

「…幻覚…とかじゃないよな」
「そりゃあ…実際に見ちゃったから、こうして平古場くんひっくり返ったんじゃない…?」
「あぁ…だよな」
「…」
「…」
「…甲斐くん…」
「…ぬー(何)?」
「…今日は…寄り道しないで真っ直ぐ帰ろうか…」
「ああ…だーるやぁ…」

少しの沈黙の後そう言ったら、流石に甲斐くんでも否定しなかった。
精神的に不安定な中で陽気にハンバーガーは食べてられないもんな…。
それから言葉数も少ないまま、うちらは部室を出た。
木手くんに言われた通りもちろん鍵はしっかりと閉めて。
平古場くんはまだ着替えてなかったけどこの際仕方ないってことで、ジャージのまんま甲斐くんに背負われての帰宅だった。


…そんな出来事があってから既に数日が過ぎた。
今でもあれが何だったのかは皆目見当もつかない。
初め木手くんだと思い込んでいたあの人は誰だったんだろう…。
ひょっとして、あの人が何年も前に亡くなったという部員だったのか?
自分の存在を認めてもらいたくなった「紛れた部員」だったのか…?
あの部室でのことはただひたすらに理解不能で、考えても考えても答えは出そうになかった。
話し合おうとも思った時もあったけど、平古場くんも甲斐くんも何となくその話題を避けていたように思えたから、うちも話すことは止めた。
まあ、下手に話したらまた平古場くんがブッ倒れる可能性はあるしね…。
木手くんに見えたということは、もしや木手くんに何かしら良くないことが起きる暗示なんじゃないかと心配もしたんだけど、そんな心配も他所に木手くんは変わらずピンピンしてた。
むしろテニスとか絶好調だったからそれは余計な心配だったようだ。
それは良かったけども…本当にあれは何だったんだろう。
…暑い部室のせいでみた幻覚か何か?
…それとも集団ヒステリー的なもの?

真相は分からないままだ。



おわり

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