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良い意味で期待を裏切るんです


あの地獄のような勉強会をなんとかこなし、あっという間にテスト当日を迎えた。
見事に木手くんを除く全員がやつれてたのは笑えたね。
体重もいささか減ってたよね。
身体的だけじゃなく精神的にも色々なものが削がれた嫌なダイエットだったよ、まったく!


24 良い意味で期待を裏切るんです


「全員、全科目返ってきましたね?」
「「おー…」」

時間は過ぎに過ぎ、気付いたら手元には返却されたテストの山が。
今日は本当は古武術道場での稽古だったはずなのに、なぜか勉強会をしたメンバーは部室に集められていた。
今日は練習ではなくテスト結果の報告会をするらしい。
酷いよねー。
テストの点を発表するとかプライバシーの侵害だよねー!
そんな木手くんは民事裁判にかけられればいいと思います!

「早速ですが、まずは赤点常習犯の結果でも聞きましょうかね」

偉そうに足を組んで椅子に座ってる木手くんが口を開く。
うちらに心の準備を1ミリすら与えようとしないスピーディーさですね!

「赤点常習犯?ってたー(誰)のくとぅ(こと)ばぁ?」

そう言って首を傾げる甲斐くん。
いやどう考えてもアンタのことでしょーよ。

「今回はどうだったんですか、甲斐クン。特に数学」
「え、赤点常習犯ってわんぬ(の)くとぅかよ!?ひどいさー」

とか言う割に、甲斐くんは大してショックを受けてないようである。
むしろそれを聞いてる木手くんのが機嫌悪そうだ。
大丈夫か?
点数次第では甲斐くんはテニス部追放になるかも知れないぞ。
まぁ別にいいけど。

「…まさかまた赤点を取ったとか言いませんよね」
「ははっ、今回は大丈夫だったさぁ!」
「えっ、マジで?」

大丈夫と言い切った甲斐くんについ聞き返してしまった。

「おう!見てみろって!」

甲斐くんは何故か胸を張ってテストを机の上に出した。
木手くんに倣ってうちもズラリと並んだ答案用紙を見てみる。

「…おぉ…」
「これは…」
「な?全部赤点+1点!赤点回避したんどー!凄いだろー」

た、確かにある意味凄い結果ではあるな!
赤点回避したことよりも全部が+1点ってとこが凄い。
逆にいい点取るより難しくない?

「…偉そうに言いますけどね、結局どれも褒められた点数ではないじゃないですか」
「だとしても、赤点から逃れられたことに変わりないさぁ」
「…まあ、甲斐クンにしては進歩と言ったら進歩ですがね」

そう言って肩を竦めた木手くん。
呆れてるようだけど、赤点取らなかったことに少しは安心したみたいだね。
良かったな甲斐くん、とりあえずテニス部追放は免れたみたいだね!

「な、わん頑張っただろ涼音!」
「うぇ?お、おー、そーだね、頑張った頑張った甲斐くん。偉いぞ」
「だろ!」

甲斐くんはまるで満点を取った小学生の如く喜んでるけど、実際には30点台ばっかなんだからな?
決して喜ばしい点数ではないよな!
だけどとりあえずは木手くんに怒られずに済んだんだから喜ばしいことではあるか。

「それで?」
「…あ?」
「あ?じゃないでしょ。神矢クンの結果ですよ。それ以前になんですか、その生意気な口の利き方は」

ぎりりりり

いひゃいいひゃい!ごっ、ごめんなひゃい!」

木手くんに思いっ切りほっぺた抓りあげられた!
反射で答えちゃっただけなのに、何故こんな酷い仕打ちをされなきゃならないんだ!?

「お、落着けって木手!」
「神矢もわざとしてる訳じゃないさぁ…」
「わざとだったら悪質過ぎますよ」

甲斐くんと知念くんが言ってくれたおかげでやっと手を離してもらえた。
ううぅ、ほっぺたジンジンするよぅ…!

「それで、どうだったんですか点数は。とっとと答案用紙を出しなさいよ」

木手くんが手を突き出してきた。
なんだろう、カツアゲされてる気分。
木手くんの怖い容姿とガラの悪い言い方が相まって脅迫されている気分だ。
恐ろしい。

「はい…サーセン…」

謝りながらテストを差し出す。

「何です、まさか謝るような点数を取ったなどと言いませんよね」

ひい!眉間のシワがとんでもなくなった!

「やっぱり涼音もわんの仲間やし!」
「おぶっ!」

わさわさと甲斐くんに頭を撫でられた!
ちょ、手付きが乱暴すぎるわ!
目ぇ回るだろ!

「神矢、そんなに点数取れなかったんだばぁ?」
「あ、あぁ…まぁ…って言うか、そういう慧くんはどうだったの?現代文」

ちゃんと点取れなかったら木手くんに吊るされてしまうんだからな!

「ん、平均ぐらいやさ。今までより大分マシになってたさー」
「おおー!マジかぁ!」

さすが慧くん!
そこらの反抗的な金髪とは物覚えが違ーう!
さっすが慧くん!
大事なので2回言いました。

「で、結局神矢はどうだったんばぁ?」
「うーん、そうだな…今までと変わらなかった感じというか」
「変わらなかったって、転校してから初めての定期考査やっし…やーの点数とか、わったー知らないさぁ」
「あーそれもそうか。まあ、普通だと…」
「この点数が普通だと言えるんですか」
「エッ?」

うちから受け取った点数を見てた木手くんが顔を上げて言った。
え、な、なんだ?
そ、そんなに酷かった!?

「どーせ涼音も20点くらいしか取ってねーんだろ?」
「20点て!まさかの甲斐くん以下かよ!」

甲斐くんからもまさかの過小評価。
さすがに20点はねーわ!

「…良い意味で期待を裏切ったとでも言いますかね。すべて90点台ですよ」
ええええええ!!??
「ちょ、甲斐くんうるさっ」
「神矢、想像以上に頭良いんだなー…」
「まさかここまで取るとは…。俺も予想外でしたよ」
「みんなうちに対して過小評価しすぎだZE」

期待してなかったことは分かってたけどね!
でもまあ、社会に関しては木手くんがこの上ない扱きをしてくれたから点を取れたんだけど。
前の学校だと社会は取れても80点台だったし。
そこは感謝してやっても良いかなっ☆

「涼音の裏切り者ー!何でそんなに点取れるんばぁ!?」
「えっ!?あっ、な、なんかゴメン」

甲斐くんに叫ばれてつい勢いで謝ってしまった。

「何謝ってるんです。別に神矢クンは悪くないでしょ」
「お…おぉ…そうだよね」
「涼音はわんの仲間だと思ってたのに…!前にも一緒に小テストで補習受けたし…どーせ今回も一緒に酷い点数だと思ってたのに!」
「何その嫌な仲間意識」

甲斐くんの考えることはやっぱり分からねぇ。



「…さて、これで全員のテスト結果を確認し終わったわけですが」

やっと全員のテスト結果を木手くんが確認し終え、手元に答案用紙が戻ってきた。
改めて思うけど、ほんとプライバシーのプの字もねぇのな!
テストがある度こんなんが続くと思うと気も滅入るわ!

「やっと終わったさー…」
「疲れた…」
「…涼音の裏切り者…」

甲斐くんがまーだ言ってる。
うちを敵対意識するのは平古場くんだけで充分だけだっての!
そういう平古場くんとは今日もまた一言も話してないし、なんなら目もあってない。
まっ、別にいいんだけどね!

「何とか全員、赤点回避出来ました」
「おー、スバラシイネー」
「何ですか、その心の籠っていない声は」
「だってうちは赤点とかほど遠かった訳だし」
涼音の裏切り者ぉ!
「ご、ごめん、違うんだ甲斐くん」
「回避出来た事は良いんですが、ギリギリだということはいけ好きませんね」
「…」
「…」

そう木手くんが言うと、うち以外が口を噤んで視線を逸らした。
えっ、あれだけしごかれときながら全員ギリギリな点だったの!?

「まったく…その点に置いては神矢クンしか扱き甲斐がありませんね」

木手くんが喜んでいいのか良くないのか分からないことを言う。

「わっさんって永四郎…やしがもうテストは終わったさー。練習に切り替えた方がいいだろ?」
「…まあ、それはそうですね」
「そ、そうやっさー!ちゅー(今日)はミーティングだけだろ?ならもう部活は終わりさー!」
「そうですね。今日は練習するつもりはありませんでしたので」

えっ、マジか。
今日もう帰っていいんだ!
ひゃっほう!

「ですが」

ここでいきなり声色を変えた木手くん。
…なんかヤな予感。
甲斐くんも知念くんも慧くんも、勿論平古場くんも表情が固まる。

「今週末の連休、合宿をしますので。それだけは頭に入れておいてくださいね」
「はあっ!?」
「…合宿…」
「しんけんか…」

な、何だ何だ?
合宿って何。なにすんの?
合宿とかマネージャーしたことないうちには未知の領域なんですけど!
それ以前になんでみんな嫌そうな顔してんだ。
この時点でもう嫌な雰囲気しかしてないぞ!

「…やしが、なんでこんな中途半端な時期にするんばぁ?」
「夏季休暇に入ってからでは全国に間に合いませんからね。大丈夫ですよ。前回のようなスパルタ合宿にはしませんので」
「…なら良いけど」

スパルタ!!??
えっ、合宿ってそんなキビシーの!?
早乙女監督の指導の悪徳さは噂では聞いてたけど…いや、むしろ早乙女監督は優しい人だと思うぞ!?
言い方がキツイだけで!

「ああ、そう言えば神矢クンが来てからは合宿は初めてでしたね」
「そっ、そうだよ!知らんよ合宿とか!スパルタって何!?」
「普通の部活動の合宿と大して変わりませんよ」
「変わらないって…いやいや、うち部活の合宿自体初めてだからね?なんと言うか…ぶっちゃけ泊りがけで練習するだけの話だよね?小旅行みたいなもん?
「…まあ、そう思いたければそれで良いですよ」

うん、違うみたいだね!

「というか今度の連休って4日もあるけど…え?うちも泊まるの?」
「貴方はマネージャーでしょう」

つまり泊まると。
泊まれと。

「うち、女子だけど?」
「そうなんですか。それは知りませんでした」
「なんでや!」

ツッコミが投げ遣り気味じゃないですかね!?

「それが何か問題でも?」
「問題しかなくない!?そんな合宿に行ったら『ドキッ☆男だらけの真夏の合宿!果たしてか弱いカスミソウのような涼音は4日の重苦しい合宿で貞操を護り切れるか!?』が行われちゃうかもじゃん!」
「突っ込みどころが満載過ぎて笑えもしませんね」

木手くんの表情が冷たい、冷たすぎる。
もう冷たすぎるその視線で人を殺せる。
貞操の危機というより、今この時点で命の危機を感じる。

「今回の合宿は体力面は言わずもがな、特に精神面を鍛えるための合宿です。その事を十分に念頭にいれて望んでくださいよ。…それで、神矢クン」
「えっ?な、何?あっ、やっぱりうち行かなくても良いとか」
「これは合宿で必要な物をリストアップしたものです」
「…は?」

言葉を遮って、木手くんがメモ用紙を突きつけてきた。
リストアップだと?

「ドリンクの元、タオル、洗濯ネット、あ…アイシング用品?…え、なにこれ量ハンパねぇな!」

ずらずらと無駄に達筆に書かれてる。
合宿に必要って、こんなたくさん荷物いるの?
へー、大変だな。

「ここに書かれている物全て、合宿日までに用意しておいてください」
はっ!?えっ、これ全部!?」
「それもマネージャーの仕事ですよ」
「えぇー!?これ量多すぎやん!!せめてさ、分担とか…」
「それではお疲れ様でした。もう帰っても構いませんよ」
「おぉーい!無視すんなや!!」

お笑い芸人のごとくツッコんじゃったじゃないか!
木手くんのスルースキルハンパねぇ!
分担とか、部活時間に割り振ってーとかいう考えは木手くんには無かったのか!?
いや、あったけど敢えてうちに突きつけたんだろうね!
まったく嫌な男だぜ!



翌日。

「あぁーもう、くっそー!」

やたら重い袋を下げて商店街を歩く。
ええ、ちゃーんと買い物してますとも!
しなかったら木手くんにボコボコにされるからね!
身体的にも精神的にもな!

「てかドリンクの粉5キロてー!重すぎるわ!」

このドリンクの粉だけでも異常に重い!
4日間あるし部員全員分だから重くなるのも仕方ないかもだけどさー!
いつもみたいにダル暑い快晴じゃなく曇ってるってのがせめてもの救いだけども。
まず女子にこんな荷物運ばせんな!
いや違う、あのコロネ眼鏡はうちを女子と思ってないから命令出来るんだ。
クソが!

「次…次は新しいタオルか…まぁ軽いからいいけどさぁ、これ以上手ぇ空いてないし…だーもうっ!むっかつくなぁ!」

べしゃ!とドリンクが入った袋を地面に叩き付けてやった。
…いや、実際は叩き付けようと思っただけで、何故か寸での所で手が軽くなった。
えっ、なんだ?

「涼音、休みの日でも相変わらず元気やし」
「は!?…って、甲斐くん?」

振り返ると甲斐くんが居た。
その手に大量の袋を持ってる。
あっ、それうちが持ってた荷物か!
どうやらうちが地面に叩きつける寸前、手から取ったみたいだ。

「え、何でここに?」
「ん?暇だからぶらぶらしてるだけさー」

普段あれだけ寄り道しまくってるのに、休みの日までもふらふら出歩いてんのか。
どんだけだ。暇人か。

「…というか、袋返して?」

軽々しく荷物を持ってやがる甲斐くんに手を突き出す。
うちがあれだけ苦しみながら持ってたのに、簡単に持たれるとなんかムカつく!
ちくしょうめ、これが鍛えてると鍛えてないの違いか!

「んー、やしが涼音重そうやし。わんのが力し持ってやるって」
「うーわ何その男らしい発言!」

不覚にもズギュンと来るではないか!
くそー、甲斐くんのくせに!

「あー…ていうかさ」
「ん?」
「思った以上に…いつも通り?甲斐くん」
「何が?」
「いやさぁ…昨日、甲斐くんめっちゃ怒ってたじゃんよ」

真面目に勉強して点数を取ったのに裏切り者扱いされたもんな。

「んー、別に?テストはもう終わっただろ。あれはあれこれはこれやっし」
「軽っ」

でもまぁ、これで裏切り者扱いはされなくなったのか。
それは良かった。

「というか話戻るけど、うちまだ買い物あるしさぁ。男気は発言はイケてましたがやっぱ袋返してくれていいよ?」
「買い物って、今度の合宿のヤツだろ?」
「そうだよ。昨日言われた理不尽な量の買い物ですよ」

まずそれをいっぺんに買おうとするのがおかしいかもしれんけど、分けて買いに行くのもめんどうだしな。
こういう面倒くさいことはまとめてやっちまえば良いんだよ!

「わんも手伝ってやるさー」
「え?まじで?」
「おー」

なんだなんだ、今日は無駄に甲斐くんが輝いて見えるぞ。

「うわー、今日の甲斐くんマジかっこいいわ」
「ははっ、そーか?」
「うん、マジかっこいい。だからこのまま1人で全部買い物してくれていいよ!
「わんは手伝うってあびたんやし。さすがに全部は手伝いとは言えないさー」

くそ、残念。

「…ま、いいや。少し手伝ってくれるだけでもありがたいわ。ありがとね、甲斐くん」
「おー。じゃ、ついでだしわんの買い物にも付き合っ」
やだ
「即答!?何でだよー!」

甲斐くんのことだから、まーた長々しく寄り道すんだろ!
今の買い物でさえいっぱいいっぱいなのに!

「ちぇー…ま、仕方ないさぁ。で、後ぬー(何)が残ってんだ?」
「あ?あーとね…ドリンク粉は買ったからー…って」

木手くんから渡された紙を見返してると、ポツンと手元に何か落ちて来た。
え、水?

「お、雨降ってきたなー」
「雨!?げー、マジすか!傘持ってねぇ!」
「大丈夫さー。わんも持ってない」
「なんで誇らしげに持ってない宣言するかな?それ以前に甲斐くんに期待なんかしてなかったけどね!」

甲斐くんが雨降りそうだって傘を持って来るような用意周到な子だとは思ってないからな。
うわうわ、というかそうこう話してるうちに雨が酷くなってきた!
何これ、ゲリラ雷雨ってやつ!?

「スゲー雨なんですけど!ちょ、どっか店入る!?雨宿りしないと!」
「そうかー?別にこのままで良くね?」
「良くねぇし!」
「ここまで濡れたら逆に開き直りゃいいさー。雨宿りしてても時間の無駄やし、買い物する店まで行こーぜ?」
「は?いや買い物って…こっから次行く店まで結構距離あるけど!?」
「なんとかなるさー」

ならねぇよ!?
次の店まで走ってったらそれこそ全身ずぶ濡れの濡れ鼠になるのが目に見えてるよ!?

「せめてそこのコンビニで雨宿り…って、あれ?」

気付いたら横にいたはずの甲斐くんが居なくなっていた。

「涼音ー!へーく(早く)来いよー!」
「は!?」

声のする方を見たら、だいぶ先の交差点のところで甲斐くんが袋を持った手を挙げてる。
はやっ!
もうあんなところまで行ったんか!
紐から脱出したフリーダム犬か!
そうか、甲斐くん犬っぽいもんな!
どうやらフリーダム甲斐くんはマジで雨宿りする気はないらしい。

「くっ…クソォォォォ!!!」

覚悟を決めて、うちもばしゃばしゃと水溜りの中を走る。
はい、もう靴下水没ー!
髪も服も何もかもびしょ濡れー!

「うぇえっくしょーい!」

待って一緒に行くという考えを持っていない甲斐くんの背を必死に追いかけてると、だんだん鼻がムズムズしてきて、走りながら盛大にクシャミが出る。
あーあ、風邪引かなきゃいいんだけど…。




つづく



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