長編 | ナノ


プライオリティーをきめよう


『すがたをみせて』の坊視点です。


悪魔を倒し、ようやく本部の自分の席に座れた。今回の任務は悪魔の現れる大体の場所しか分からず、何日もかけて探して倒すというものだった。しかも場所が山奥で体力が大幅に奪われつつの任務であったため、自分の椅子に座っただけで天国のように感じた。お疲れ様ですと女性祓魔師がお茶を出してくれて一息入れる。本当ならばこれから悠々と家へ帰れる予定だったのに。勝呂はため息をつきたかったが、任務が成功して全員が無事に帰ってこれたというだけで良しとしなければ、とぐっと息を止めた。悪魔が粘りに粘らなければ本当なら…本当なら今日は金造が少し遅くなるらしいから自分の方が早く帰って夕飯でも作って待っててやろうと思っていたのに。最近バタバタしているから思い切り甘えさせて貰おうとも思っていた。やりたかったことの一つも出来やしない。

「勝呂くん、これお願いしといて良いかな」
「はい」
「勝呂さんーこれで良いんでしたっけ?」
「あほ、この形式ちゃうわ前のやつ」

とりあえず一息ついたら仕事を素早く片づけなければ。自分用のカレンダーを見て報告書などの締切を確認する。最近立て続けに悪魔討伐をしたから報告書などの書類関係の仕事をおざなりにしてしまっていた。放置していても締め切りはやってくる。とりあえず優先順位を考えて急がなければならないものから順番に書き上げていく。
中堅にいる勝呂は上からの仕事と下からの質問攻撃で苛々が積もる一方だ。しかし上にええ加減にせえ!と怒ることもできないし、下の連中に適当にやれ!とも言えないのが性格だ。一つ一つ馬鹿丁寧に答えて時間は過ぎていく。

「なー勝呂ー今日の報告書の提出期限っていつだっけ?」
「一週間後や」
「げっ早くね?俺任務入ってっから今日しねーと…」

隣に座る燐の言葉にしっかり答えつつ目の前の報告書を書き上げていく。時計を見て金造がそろそろ帰る頃だと思い、一応メールを入れる。日が見えるまでには帰れる…はずだと踏んでいる。

「誰にメールしてんだよ」
「お前は口より手ぇ動かせ。センセがまた怒鳴りにきよるで」
「雪男の事言うなよぉー…テンション下がった」
「お前さっきも怒られとったやろ」
「おう。「優先順位って言葉知ってる?」って言われた」
「したいことばっか先にしたらそらあかんわ」

燐が怒られていたとき、すぐ近くにいたから勝呂にもその内容は筒抜けだ。しなければならないものを放り出して雪男に会いに行っていたらしい。家も職場も一緒なんだから別に会いに来なくてもいいでしょ、と雷が落っこちていた。

「ちげぇよ、俺にとっては雪男に会うことが一番優先すべきことだったんだよ。家も職場も一緒だけど、雪男とゆっくりできる時間なんてないも同然だったし、ゆっくり会うのが一番だったの」
「……」
「そんで元気な姿見れれば俺も頑張れるしさ。なのに雪男はめっちゃ怒ってさぁ。ま、元気な姿っちゃ元気な姿だから満足だけどなー」

そういえば、自分は最近金造と話すらしていないな。たかが一週間程だけれど、それでも心の渇きになっているのは確かだ。一人暮らしをしていた頃はもっと会えない環境だった。今は一緒のところに住んでいるし、相手の生活感を感じることができる。それだけで最初は満足だったはずだ。なのに、それだけでは足りなくなっていた。物足りない、もっと、もっと相手と一緒にいたいと思うようになってしまった。
そして自分の中で一つ疑問が生まれる。なにを本当に優先すべきか。
仕事が大切だ。山のように積まれた書類を片づけなければならないし、他にも下のやつらに仕事ができるように教えたりと仕事に関してはやらなければならないことはいっぱいある。頭ではそれは分かっている。そう、仕事が大切なのだ。なのに心が違うことを言う。

「…」
「ん?勝呂どうした?」
「今から俺に話かけんな」
「あ?なんで」
「仕事全部終わらせる」

優先順位なんて、心がもうすでに決めている。勝呂が優先するのは金造だ。金造に会いたくて仕方がない。それを邪魔するのは仕事だ。討伐に出かけるならまだしもこうやって淡々と報告書の作成など、別にしたくてしてるわけじゃない。勝呂は時計を見る。そして頭の中で瞬時にするべきことの順序を立てる。この時間までには終わらせる、と設定し、ギンと報告書と対峙した。
そこからは誰もが近づきたがらないような禍々しいオーラを放ちつつてきぱきと仕事を片付けていった。燐にもその気迫は伝わり、「話しかけないが吉→」という紙を張り付けてくれた。オーラと張り紙のお陰でたくさんいた勝呂への訪問者はゼロ。そして本気を出した勝呂の仕事は数時間で完璧に終了した。いうなら明日(もう今日、だが)の仕事も全部済ませた。

「すっげ、書類の山がなくなった」
「…帰る」

この部署の人たちのスケジュールが書かれているホワイトボードの前に立つ。勝呂の欄の明日は「昼〜本部出社」と書かれてある。それを消して休みに書き換える。もう明日は一歩として本部に立ち入らない。

「いいなー、明日休みかよ」
「優先順位考えてみぃ。したら仕事も捗るんちゃうか」
「なに、それは自分がそうだったから?」
「さぁな。お疲れさん」

そうして誰よりも早くその場を去った。




任務で使い果たしたと思っていた体力は、まだ家まで走るくらいは残っていたようだ。自分たちの住む場所が近づいてくると、手を数ある鍵に伸ばす。その中から一番愛着のある鍵を選ぶ。その形、質、重さは全部わかっているからほぼ見なくても当てられる。鍵穴にその鍵を入れて扉を開くと、前と変わらず生活感のある部屋が見えて安心した。
キッチンの電気が煌々とついている。少しうるさめの音楽も鳴りっぱなしだ。それを全部切った。きっと金造はベッドで寝ている。顔を覗きこみたいと思ったが、そういえばここ数日まともに風呂に入っていないことを思い出し、勝呂は制服をベッドに放って風呂場に直行した。上から下まで何度も洗ってようやく生き返った。綺麗好きな勝呂にとって汚れを十分におとせないこの数日は地獄だった。

(ああまた飯食わんで酒と枝豆だけ食ったな)

机の上のビール缶と枝豆の残骸、綺麗すぎるキッチン。金造は面倒だと食べずにいるときがある。だからメールで飯食えって言うたのに、と勝呂はそれらを片づける。

「きんぞ、」

起こすつもりはない。ただその顔を見たら無性に名前を言いたくなった。一週間ぶり程の恋人は携帯を握ったまま寝ていた。そっと手から携帯電話をとって、いつも金造が置いている場所に置く。自分と同じように眉間にしわが寄っていて少し笑った。なんや一緒に住んどったら似てくるんかなぁ、こんなん似たらあかんとこやのに、なんて考えるだけで幸せだった。

明日、金造がなにも予定を入れてなかったら目一杯甘やかせてもらおう。もし予定が入っていたら残念だけど、朝昼晩とご飯を作ってそして食べて貰おう。金造とのことを考えると自然に笑顔になっている自分に気づく。殺伐としていた気持ちが穏やかになって心に余裕ができた気がする。ああ、やっぱり無理をしてでも帰ってきて良かった。勝呂は自分にどれだけ金造が足りてなかったか再度分かった。願わくば、彼も同じであるように。




プライオリティーをきめよう (一番はもちろんあなた)



<了>

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