長編 | ナノ


すがたをみせて


『プライオリティーを決めよう』の金造視点です。


がちゃがちゃ、がちゃん。

鍵を開けて中に入る。現在は時計の針が一番上を超えた深夜。声を出さずに金造は履いていたブーツを脱ぎ捨て、コートを脱ぎつつ自分のベッドに向かう。そこにばさばさと衣類を脱ぎ捨てる。パソコンのスイッチをつけてから暗闇の中、目を凝らして自分のベッドの向いにあるもう一つのベッドを覗きこむがそこには誰も寝ていない。2日前と同じように枕と布団があるだけだ。壁にかけられたカレンダーの予定では今日この時間にはベッドに入っているはずなのに、と金造はため息を漏らした。

「寝顔すら見せてくれんとか殺生過ぎて……」

シャワーを浴びてから電気を煌々とつけてキッチンで冷凍の枝豆を解凍、冷蔵庫の半分を占めている缶ビールを取り出す。パソコンから音楽を流してようやく一息つく。
携帯電話を開いて受信箱を確認すると金造が今最も会いたい人物からのメールが入っていた。すぐに開くと「仕事が片付きそうにない。遅くなる。飯ちゃんと食えよ」それだけのメールだった。否、メールをくれただけマシだと金造は思う。多分メールができるということは悪魔を倒すという任務自体は無事終了したのだろう。それでも仕事が終わらないというのは報告書の提出などの事務作業だろう。竜騎士は銃火器を扱うから報告書の量も他の称号持ちよりも多い。

「今日も一人で寝るんか……」

金造は「一人」というものが苦手だった。大家族そして寺の者が常にいる環境で育ったというのもある。とにかく静かな空間に自分ひとりがいるというのが不安になるのだ。一人暮らしをしていても友人たちの溜まり場になっていたし、友人宅へ上がり込むことも少なくなかった。しかし今は2人で暮らしているから誰かを上げるわけにかはいかないし(金造も誰にも勝呂と一緒に暮らしているこの場所に来て欲しくないし、この住所すら誰にも教えたくない)、万が一勝呂が早めに帰ってきたらと思うと自分が友人宅へ上がり込むということもしたくない。そうなればここで一人でいる他ない。

(この前えっちしたんいつやっけ)

携帯電話のカレンダーを見て今日から逆算していく。そして何日していないか明確に分かってゾッとした。そら会いたくもなるわ、と項垂れる。金造だって普通の男だ。週に一度とは言わないが、やはりそういう行為をしたいと思う。勝呂に嫌われないよう、勝呂の負担にならないように理性を総動員させているが、理性を吹き飛ばしてしまえばすぐにでも押し倒してキスをして、首筋に噛みついて、勝呂の喘ぎ声をBGMに気持ち良くなりたいと思う。勝呂はこういう事に疎い。なのであちらからしたいという事は一度もなかった。我慢してみるが、金造が先に根をあげてしまうほどだ。

(…また手が恋人とか悲しすぎるやろ)

恋人が出来たらずっと一緒にいたい。それが難しい職業に自分たちが就いているというのは理解できる。そして本部にいる勝呂が自分よりも大変なのも分かる。だけど、とも思ってしまう。明日(もう日付が変わって今日になる)は金造のオフの日だ。しかし勝呂は昼から仕事だと書いてある。つまりちょっとここに寄ってすぐにまた出て行ってしまうかもしれない。

「あー…えっちっつーか、抱きしめて欲しい…」

会いたい。会って抱きしめて、抱きしめ返してほしい。それがだめならせめて顔だけでも見せてほしい。元気な姿だけでも見せてくれればまた自分は頑張れる。孤独感や乾いた気持ちが金造が襲う。心がからからに干からびそうで、ポツンとした独りだけの世界にいるような、そんな気持ちが怖い。次に目が覚めたときには勝呂がこの家に帰ってきてると良いな、そう思いながらゆっくりと目を瞑った。


*   *   *   


「ん、んー…」

カーテンを閉めているとはいえ、朝になったら光が届く。薄らと目を開けると光が朝になったと告げる。何時かは分からないがまだ寝れそうだし、もう一度寝よう。そう思って目を瞑るがおかしい。自分は音楽をつけっぱなし、電気をつけっぱなしで寝てしまっていたんじゃなかったかとふと考えた。目をあけると電気はついてないし音楽も鳴っていない。タイマーか何かにしてたかと考えたけど、それもしていない気がする。
手元を照らす小さな電気をつけると、金造のベッドに頭を乗せて眠る勝呂がいた。髪の毛は湿気ていて首にタオルがかかっており、風呂に入ったのだと分かる。服は勝呂のベッドへ乱雑に投げられており、綺麗好きの勝呂からすれば珍しいことだ。自分の顔を見ていてそのまま寝てしまったんだと金造もすぐ分かった。

(ぼ、坊〜〜!!坊っ坊っぼんがおるっ俺の隣にナマの坊!)

久しぶりに顔が見れた嬉しさで声を出しそうになったが、疲れて寝ているのに起こしてはならないと口をすぐに塞いだ。勝呂のベッドに運ぼうかと思ったが、2人のベッドの間には正方形の小さな机があり、退かさないと運びにくい。さらに言うと、そこに運んでしまうと自分が勝呂の顔をしっかり見れなくなってしまう。となれば、勝呂にはここで寝て貰おうとひょいと自分のベッドに抱えいれた。少し揺らしてもまるで起きようとしない。それだけ疲れていたんだろう。
壁側に勝呂を寝かせ、自分もベッドの中に入る。すやすやと眠る勝呂は少し痩せたかもしれない。目の下に薄いけれどクマが出来てる。立て続けに大きい任務が入っていた勝呂は疲れが身体に出るほどだ。それでも生きて傍に、この自分の隣にいるという現実に金造は笑顔になってしまう。

「やっとすがたみせてくれた」

起こさないようにそっと抱き着く。久しぶりの勝呂のにおいはとても安心した。明日、勝呂は昼から任務で自分はオフだ。少し早く起きて豪勢な朝食を作ってやろう。そう誓いゆっくりと瞼を閉じる。寝る前に感じた孤独感など、もうすでに忘れてしまった。




すがたをみせて(そうしたら安心できるから)



<了>

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