おまけ
三年S組のとある席は、周りから逸脱している。
そこに座る人物もであるが、物理的にも。
窓側最前列の席の主『相良 流生"様"』の席だ。
生徒会や風紀といった有名人はこの学園ならではの風習により、敬称付きで尊敬を持って呼ばれる。
何故特別な役職でもなく来たばかりの転入生が"様"なのかと言うと、それはもう存在がとしか言いようがない。
美形率の異常に多い為、美形には見慣れたこの学園の生徒が、入学から騒がれていた彼を見た瞬間誰もが口を揃えていた。
それもその筈で、相良様はおよそ人とは思えない飛び抜けた容姿と、高校生とは到底思えない雰囲気を持っていたのだ。
行き過ぎた美形というのは怖いという事を感じる程に。
しかし疑問点はいくつもある。途中編入で頭も良いはずなのにテストですから毎回底辺に近い。
これは、生徒達の中で七不思議に登録されたらしい。
それもその筈で、テストを毎回受けているのは従兄弟であるという『藍川 伊呂波"様"』である。
いつも相良様に抱えられているか、後ろをちょこちょこと付いて回っている。
彼も多分美人の部類ではあるがこの学園からすると、多くの中の一人だ。多分というのは、相良様の存在感が圧倒的で彼の影が極度に薄まり、あまり視線が合わないのが原因だ。
そんな彼も敬称呼びなのは、一年生らしい彼が何故か三年の教室に登校し相良様と常にワンセットであることが大きい。
それであまり騒ぎにならなかったのは、家柄からなのか教師は殆ど関わらなかった。(ただ単に、気圧されてるだけに思えるけど)
噂に寄れば、相良様に近づいたミーハーな生徒が最初こそ完全無視で相手にもされなかったのに藍川様へと話しかけた途端、悪魔にでも睨まれたかのように固まって、翌日は原因不明で休んだとか。
他にも嘘か真か武勇伝が幾つもあり、相良様で掠れてしまう彼も密かに有名人である。
以上の事で、彼らの席には机一個分の空間が開いている。
いつも恐々と、でも興味津々なクラスメイトを一瞥して、三年S組相良様の隣の席であるクラスメイトAは教科書を纏めた。
Aは、同じクラスである生徒会長様の親衛隊に所属している。
授業免除であまり教室に寄り付かなかった生徒会の皆様が、二人が編入してからというもの全く来なくなったのもあって、あまり良い印象を持っていなかった。
だが、今の状況は…─
「ちょ…流君、待ってすとっぷだってば…、んっ」
次の授業は体育で移動しようとしていた生徒も、現国の教師までもが一様に行動を止めた。
視線の先には、隣の二人。
誰もが絶句。見開いてまじまじ見てしまう。
教室で卑猥な水音が響く。詳しくは分からないが相良様が藍川様の耳をチラリと妖艶に見えた赤い舌で攻め立てていたのである。
本人は必死で声を耐えているようなのだが、艶のこもるくぐもった声が時折聞こえる。
喉に突っかかった息をのむと、いきなり顔を上げた相良様とスッと視線が交差した。直ぐに「チッ」と舌の乾いた音が教室内に響いて、大袈裟に身体が跳ねる。
身を乗り出して見ていた事に自分でも驚いた。
目が合った瞬間、その闇を切り取った海に吸い込まれそうになった。息の吸い方も忘れて溺れそうになる。指の一本さえ動かないのだ。
冷や汗が背中を落ちきると、途端にその場から走り出していた。
だがA一人を見ていた訳ではなかったようで、やけに顔の赤い生徒達はAに続き一斉に廊下へと駆け出した。
その後、どうなったかは知らない。取りあえず今までに無いくらいトイレが混んで、翌日は藍川様の顔をクラスメイトの殆どが凝視した。
相良様、藍川様、視覚的にも全てに置いて危険な生徒である
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