番外編 のコピー | ナノ


「ね!」


夕焼けこやけ。薄暗くなってきた。


それはいつもと同じように、なのに少し浮き足だった声で始まった。











『夏がきた』











ミーンミーンとまた煩いものが増える季節。その音源にとっては、一生に一度の盛大な存在証明日だ。コンクリートジャングルと言ってもいいほどの街中。照り返す太陽はその熱を更に上げ、やっとこさ地上へと生まれた声を無慈悲に無駄にしていくのだ。そんな中で生き残った命の声でさえ、この裏側ではそれはそれは矮小なものになってしまう。
飽きることのない人と人とが作り出す声やそんなに進展もしていないのに続く空を削るような工事の音。法律もなにもないその音達は昼夜問わず集まって、そんな矮小なものの名前すら塗りつぶした。

熱帯夜、そんな存在の事切れる音を聞いた勇義は季節を思いだす。
考える前に勇義は既に壁へと呼び掛けていた。勿論それは只のベランダの隔たりではなく、喋るし食べるのだ。
暑さも感じられない程の声で勇義に喋り返してくる存在は、きっとあのセミの声も、この煩い街の音さえ耳に入っていないんだろう。うるせーと言いながらそれはそれは空に浮いていた。

「ね!」

そんな壁越しの存在が唯一暇潰しに選んだ人間。そしてこの時期。
浮き足だつのはしょうがない事だ。


「しゅうにぃは、なつのあそび知ってる?」


何の脈絡もなく話し出す勇義に慣れた様子で
間を置く事なく「さぁ」と返ってくる返事。口元を上げるしかない。


「夏はクーラーのガンガンに効いた部屋で家庭教師の女と監禁されてたし」


だが勇義には彼の言っている大半がわからず、「くー、らー?」と首を捻った。


「冷気を無駄に作り出す機械。季節なんて知らねー間に終わってたなぁ」


「む?なつなのにあつくなくなるってきかい?れいぞーこよりすごい?」


「あー、凄いんじゃん」


一頻り会話を終わらせると、勇義はなけなしの頭で考えた。つまりはしゅうじは、勇義の言う夏の遊びを知らないようだ。それさえ分かればいい。いつも頭のいいしゅうじに教えて貰うのもいいが、その逆になるのも楽しいんじゃないか?
勇義は、名案だ!と意気込むとしゅうじを呼んだ。


「おしえたあげる。しゅうにぃにおしえたあげる!たのしみにしてね!」


意気込む勇義に、彼はただただ受け流すが、


「あしたまた、このじかんに、しゅうにぃがおい出されます、よーにーっ」

まん丸な月にでも、もしかしたらいない神様にでも祈るような


「なにそれ超笑える」





受け流す事もできない。





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