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純真なる少女の想い(1/2)


 
 
 
 
 
稽古をサボらずに出るようになったのはいつの話だろう。パタリと自室の扉を閉めた名無しはふと思った。
サボらずに出るようになった理由は覚えているが、さすがにいつだったかまでは覚えていない。もしかするといつの間にか当たり前になりすぎて感覚が鈍ったのかもしれない。
けれど、名無しはそんなことどうでも良かった。こうして稽古をサボらず出ているのはフレンに出会ったからという現実があるから。その現実が実感出来るため名無しは時間の感覚が少しくらい鈍ろうといいと思えていた。

今日も予定通り稽古を終えた名無しは、自分を少しだけ大人にしてくれた彼の元へ行こうと足を動かした。
城の中を歩いてフレンを探すのはいつものこと。どこかで仕事中の場合もあるため見つかるとは限らないが、帝国を出ていないことは知っているため見つかればいいな程度の気持ちで歩いていた。たとえ短い時間でも話せた日と話せなかった日の気分はまるで違う。今日は何をしているのだろう……と思っていると、視野に金色の髪と青い鎧が入った。誰とも話さずどこかへ向かうフレンのもとに、名無しは走る。

「フレン!」

そして名を呼べばいつもの通り足を止めて、フレンは彼女の方へ向き直った。

「名無し様。稽古の方は終えられたのですか?」
「はい。先ほど終えましたわ。フレンはお仕事……」

お仕事ですか、と問おうとした名無しだったが、フレンの顔色を見ると言葉を詰まらせた。
一緒に声も小さくなったためフレンは首を傾げた。何か見つけたのかと思うが、視線が自分に向いているため考え直す。何故だろうと思っていると名無しは数秒フレンを見つめたのち、心配そうに口を開いた。

「……フレン、お疲れですか?顔色がよくありませんわ」

流石というべきか、好きな人の表情の変化にすぐさま気づいた名無し。そんなに顔に出ていたのかと、フレンは少し驚いた様子でスッとこめかみ辺りに手を添えた。

「……すみません。ここのところ忙しくて」
「まあ、そうですの?でしたら手を止めさせるわけにはいきませんわね」

フレンの言葉を聞くと名無しは悪いことをしてしまったと少し罪悪感を覚えた。純粋に心配なためフレンの休む時間が少しでも増えるようにと、名無しはすぐにその場を去ることした。フレンは気遣ってくれる名無しに礼を言い、立ち去ろうと名無しが最後に礼をした……瞬間か、

「フ、フレン!?」

ドサリと何かが、と言っても一つしかない。フレンが前にいる名無しに抱きつくように覆い被さったのだ。ふらりとよろめいた瞬間の出来事だったため名無しは驚きを隠せない状態で硬直する。

「わ、わわわわわたくし!まだ心の準備が!」

一度抱きしめられたことはあるが公衆の場では初めてだ。前触れ一つなかったため名無しは叫んだ。何についての心の準備か自分でも分からないが、突然のことにただ焦る。
……が、何も言わないフレン。そして潰されるんじゃという勢いで彼の重みが自分に乗りかかって来る。不思議に思った名無しは支えるようフレンの背に手を移動させ、気を落ち着かせてフレンの様態を探った。
微かに触れる肌が熱い。顔色が悪いのはただ疲れているからではなかったのかと名無しは先程と違う焦りを覚えた。早く部屋へ運ばなくてはとぐっと腕に力を入れるが、

「お、重い……」

自分より遥かに大きい成人男性を小柄な名無しが抱えられるはずがない。今も支えているのがやっとな状態だった。しかし、

「好きな男性一人抱えられなくて、貴族なんてやってられませんわ!」
「名無し様それは無茶です!」

謎な理屈を並べてフレンを抱えようとする名無しだったが、騒動を聞きつけた騎士の助けによって名無しはフレンの重みから解放されたのだった。



あのあと駆けつけて来た騎士に助けられフレンを自室まで連れて行ってもらった名無し。予想はしていたがフレンには熱があった。稽古を付けて貰ったあとのため、このあとの用事はとくにない。何より倒れたフレンが心配だった。他の騎士も忙しそうなため看病できる人間もいないだろうと、名無しは様々な理由からその場に居座ることを決めていた。
騎士と貴族。近くにいるはずなのに遠くにいるよう。何も出来ない無力さを感じながら名無しは氷水で冷やした濡れたタオルを額に置いてはこまめに取り替え、とフレンの体調を気遣っていた。

「……そうですわ、おかゆを作りましょう」

起きてすぐ食べられるようにと席を立つ名無し。たとえ食欲がなくても食べなければ治るものも治らない。料理の勉強もしているため大抵のものは作れる名無しは動き出す。あとは起きた時に飲めるよう水と……と必要なものを用意していると物音で目が覚めたのか、布団がもぞもぞと動いた。ちらりとフレンの方を見ればうっすらと瞳が開いていた。

「……名無し様……?」
「あ、お目覚めですか?体調の方はいかがでしょう」
「そんなことより何故ここに?私なら大丈夫ですので早く部屋に……」

体調の善し悪しを聞かれたのに関わらずフレンはこの場に名無しがいることに違和感を覚え、彼女の問いに答える前に自分も問いかけた。名無しは一瞬きょとんとするが、すぐに首を横に振った。

「戻りませんわ。看病する方がいるのであれば戻りますがいませんもの。早く仕事に戻るためにも誰かが付き添っていなくては……」
「名無し様!」

そう名無しが説明する間に入るよう、珍しく声を上げるフレン。と言っても熱があるため迫力があるわけではない。戻ろうとしない名無しを見るとフレンは重たい体を起こした。

「看病して下さるお気持ちは嬉しいです。しかしあなたに移らないという可能性はゼロではないのです。だから……」
「それも心配ご無用ですわ。わたくし、こう見えても丈夫です」
「いや、そういう意味では……。ええっと、それに、その……のこのこと男の部屋に入るのもどうかと……」
「フレンなら構いませんわ!」

どうにかして部屋に戻さなければとというフレンの想いに気づかないのか、飾ることなく言い放つ名無し。ちゃんと意味を理解しているのか分からないが、いつもながら直球な名無しにフレンはまたもや倒れそうになった。
どうすれば部屋に戻ってくれるのだろうかと幾度も考えるも、熱があるため頭が良く回らない。悩むフレンを余所に名無しは台所からベッドの方はと歩いて行く。

「文句なら体調が回復してから聞きますわ。今は治すことに専念してください」
「しかし……」
「しかしではありませんわ!」

頷こうとしないフレンに今度は名無しが声を上げ、起きたことによって額からベッドに落ちたタオルを拾ってはフレンの顔面に叩きつけた。

「わたくしに看病されるのが嫌でしたらこれからはきちんと体調管理をして下さいませ!これからフレンが体調を崩す度に看病しに来ますわよ!」

これは折れるしかなさそうだ。考える力も部屋へ無理にでも戻す体力のないフレンは思った。
わ、かりました。と小さく言ったフレンに名無しはふんっ!と一息付き、水を入れようと台所の方へと戻って行った。





〜後日談〜
「よぉフレン」
「ユーリ、なんの用だい?」
「ちょっと様子を見に来たんだよ。体調は良くなったっぽいな」
「? どうしてそのことを?」
「ちょうど名無しが一生懸命看病するところをこの目で見たんだよ」
「…………」
「罪深い男だな。お姫様にあんなことさせるとは」
「僕も部屋に戻るよう何度も言った。けど……」
「それでも帰らねーから罪深いんだよ。……ちゃんと礼しろよ?」
「……言われなくても」





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