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何処までも広がる青い海と空。
日本にいた時には、決して見たことの無い景色が今目の前に広がっている。

乗りかかった船だから、と頼もしく笑ってくれたエースさんは、自分が乗ってきた船の元まで私を連れて来てくれると、キョロリと辺りを見回し、あるおじさんの所へ。なにやら会話をしている2人をぽかんとした顔で見つめていると、おじさんとの話を終えたエースさんが笑顔のままこちらへ。


「名前、よかったな!小船、貸してくれるってよ!!」

『え、あ、ありがとうございます…!』


エースさんの声に少し上擦った声でおじさんにお礼を言うと、ヒラヒラと腕を降って返してくれたおじさん。世の中いい人もいるものだなあ。と感心していると、「俺のストライカーで引っ張ってった方がはええな」と呟いたエースさんは船着き場の方へ。慌ててその後を追いかけると、くるりと振り返ったエースさんが何やら楽しそうに笑う。


「…そういうちょこちょこ追いかけてくる所も、昔のアイツみてえ」


アイツ、というのは弟さんの事で間違いないだろう。彼がこうして私に世話を焼いてくれるのは、私が弟さんに似ているかららしいし。一体どんな人なのだろう。と見たことすらない弟さんの姿をぼんやりと思い浮かべていると、「お、あったあった」と言うエースさんの声に視線を彼へと向ける。


『…これが……船……?』

「船っつーか…まあ、俺専用の乗り物かな。ストライカーっつーんだ」

『すとらいかー…』


エースさんの言う船に目を向けると、船着き場の柱に括りつけられていたのは、サーフボードに小さなマストがついたような乗り物だった。エースさんは、これに乗って移動しているのだろうか。「これは一人乗りだから、名前は小舟に乗れよ。ロープで引っ張るから」と言ったエースさんは再び先程のおじさんの元へと行くと、一言二言何かを話、近くにひっくり返して伏せてあった船を担ぎあげて持ってくる。
…小舟、ではあるけれど、ああも簡単に持ち上げられるものなのだろうか。ポカンとしたままエースさんを見つめていると、舟を海へと下ろしたエースさんは小舟とストライカーをロープで繋ぐ。「噴射口があるから、少し長めにつけるぞ」という言葉に反射的に頷いてはみたものの、何を言われたのかよく分かっていない。


「うし、こんなもんだろ。んじゃ行くか」

『あ、は、はい。よ、よろしくお願いします…!』

「おう」


早速とばかりにストライカーに乗ったエースさん。そんな彼に続いて小舟に飛び乗ると、衝撃で揺れた舟に思わずその場に座り込む。結構揺れるんだなと眉を下げる私をよそに、「行くぞ!」というエースさんの声とともにストライカーの噴射口から赤い炎が燃え上がり、舟が一気に動き出した。


『う、わっ……!』

「お、わりい。速かったか?」

『い、いえ…大丈夫です、』


動き出した反動で小舟に身体を打ち付けると、気づいたエースさんが声をかけてくれる。大丈夫、と言った私に苦く笑ったエースさんは、徐々にストライカーのスピードを緩めてくれる。


『す、すみません…』

「いいや。…まあ、それにしても…名前よお、どうして空から落ちてきたんだ?本当に空島の人間じゃねえのか?」


「…けど羽がねえしなあ…」となにやら1人で納得したように呟いたエースさんに首を傾げながら、あそこで目を覚ますまでの事を思い出してみることに。

そうだ、確か、すごい雨が降っていて、それで、雨宿りのために神社の社に入ろうとしたのだ。それから。


『…罰当たりで誘拐されたのかな…』

「なに!?お前、誘拐されてんのか!?」

『え!?い、いえ、その…全く知らないところで目を覚ますなんて、それくらいしかないかなって…』

「…確かに。人攫いにあったってんならその方が納得できるが…じゃあ人攫いがお前を空から落っことしたのか?」

『……そう……なんですかね……飛行機とか、ヘリコプターで移動してたのかな…』

「ひこうき?なんだそりゃ?」


え。エースさんの返しに目を丸くして彼を見ると、顔だけ振り返らせたエースさんが不思議そうに首をかしげている。
飛行機を、知らない?今のご時世で?もしかすると、この国の言葉で“飛行機”と言わなきゃ伝わないのかもと思ってはみたものの、今こうして日本語が通じているのにそんな事があるだろうかと首を捻る。

…あれ?そう言えば、ここは日本でないというなら、どうして日本語が通じているのだろう?「へりこぷたー?ひこうき?」と未だにはてなマークを浮かべているエースさんの姿を見ながら小さく目を見開いていると、そんな私に気づいたエースさんがまるで安心させるかのようににっと歯を見せて笑う。


「まあ、とにかく、海軍に保護してもらえりゃ、故郷まで帰れるだろ!」

『……は、い…そう、ですね…』

「おう。…っつっても、海軍の常駐所までは俺も行けねえから、迷子にならねえようにしろよ」

『…あ、もしかして、何か用事があるんですか…?』

「?いいや、海賊が、んな堂々と海軍の前に出れねえだろ?」

『……………かいぞく?』


今、彼はなんて?
自分でもわかるほどの間の抜けた顔でエースさんを見上げていると、キョトンとした顔をしたエースさんが次の瞬間「はあ!?」と大きく声を上げた。


「おまっ……気づいてなかったのかよ!?この刺青みても!?!?」

『刺青…その背中の…?えっと…え?海賊って……そもそも、あの、海賊って本当にいるんですか?』

「…はあ?????」


何を言ってるんだとばかりに吐き出されたため息まじの声。え、そんなに変なことを言った?と首をかしげれば、不意にストライカーを止めたエースさんが小舟へと移ってきた。


「おいおい、お前、そんなんでよく生きてこれたな……この大海賊時代に、海賊が居ねえわけねえだろ?」

『だ、大海賊時代!?』

「そうだよ。まさか、名前の故郷じゃ、海賊を見たことすらねえのか?」


嘘だろ?と言わんばかりに首をかしげてきたエースさん。それはむしろ私のセリフである。だって、そんな、海賊って。
別に海賊という存在を信じていないわけではない。日本ではないけれど、はるか昔の遠い海には居たかもしれない。けれど、やはりそれは過去の話だ。私が生きてきた時代で“海賊がでた”なんて話1度も聞いていない。「ない、です、けど、」と詰め寄ってきたエースさんになんとか返事を返すと、大きく目を見開いたエースさんが小さな声で「まじかよ…」と零した。


「海賊見たことねえって…俺、初めて会ったぜ…」

『……私も、海賊だって言う人に初めて会いました…』

「…ニホン?だったか?…海賊がいねえ国なんてあるんだな……」


しみじみとそう呟いたエースさんはテンガロンハットに抑えて眩しいそうに空を見上げる。
海賊。海軍。見慣れない街並み。それなのに通じる日本語。飛行機を知らないエースさんと、海賊を見たことすらない私。
一瞬頭をよぎったのは、“ありえない”考え。まさか。だって。そんなこと、あるはずない。馬鹿げた妄想を振り払うように頭を振ると、「?どうした?」とエースさんに声をかけられ、慌てて「なんでもないです」と首をふる。


「…まあ、とにかく、隣の島まで急ぐか。海軍に行きゃあ、送ってもらえなくても、帰り方くらいは教えてくれるだろ」

『そう、ですね、』


励ましてくれるエースさんに笑って頷き返したその時。


ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!


『!?な、なに!?』


突然辺りに響いた地を這うような唸り声。いや、ここは海の上なのだから、地ではなく、海を這う、と言った方が正しいかもしれない。目を丸くしてぐるりと周囲を見渡すと、ゴポゴポという音ともに真正面の水面から泡がたっていることに気づく。


「…ちっ…たく、こんな時にめんどくせえなあ…名前!舟から落ちねえように気をつけろよ!!」

『え!?』


張り上げられたエースさんの言葉に応えるかのようにザバンと波を立てて海面から現れたのは、見たことの無いような巨大な生物。パッと見は魚だ。しかし、普段目にしているものよりも数十倍の体躯を持ち、大きく開いた口から覗く鋭い牙を見れば、“これ”がただの魚ではないことなど一目瞭然である。
震える手でなんとか舟にしがみつき、揺れる波に振り落とされないようにはしてみたものの、ギロりと向けられる血走った目に、全身から力が抜ける。

死。

その1文字が頭を過ったその瞬間、


「火拳――!!!!」

『………え……?』


突然現れた大きな炎。いや、現れた、というには語弊がある。魚の化け物を焼き付くすように真っ赤に燃え上がる炎は、今、確かに、エースさんの手から放たれていた。
唖然とした顔でエースさんを見上げる。その視線に気づいたエースさんは、ああ、と得心した顔で頷いた。


「もしかして、能力者に会うのは初めてか?」

『のう、りょくしゃ…?』

「ああ。俺はメラメラの実を食ったおかげで、火を操る力を手に入れたんだ」


「ほら、」と言って人差し指の指先からポっと火を出してみせるエースさん。嘘。人間が、火を操れるなんて、そんなこと聞いたことも無い。更に目を丸くして固まっていると、「大丈夫か?」と心配そうにエースさんが首を傾げる。

能力者。悪魔の実。火を操ることが出来るエースさん。

先程浮かんでいた“ありえない”考えが再び頭の中を巡る。見たことも聞いたこともない力。そして、それを当たり前のように話す彼。ありえない。でも、もしかすると、ここは、“この”世界は、


「っ!あぶねえ!!!」

『、え……?』


突然声を張り上げたエースさんに、俯き気味だった視線があがる。後ろから聞こえてきたザバンっという音に顔をあげれば、先程エースさんの炎によって倒れた怪物と同じような生き物が真後ろに。

まずい。

さあっと全身から血の気が引く。「名前!!!」という声とともに伸びてきた腕。しかし、その腕が私を捕らえるよりも早く、化け物は唸り声とともに私たちが乗る小舟に向かって体当たりをしてきた。


「っくそ…!」

『っうわっ……!』


グラりと傾いた船体。いや、傾いたなんてものではない。化け物にぶつかれた衝撃に耐えられず、舟はひっくり返ってしまったのだ。
「くそ…!」と声を上げたエースさんとともに、海の中へと落とされた身体。なんとか目を開けて海面へと顔を出すと、舟をひっくり返した化け物の血走った目がギロりとこちらに向く。どこか愉し気に声描いた大きな口がゆっくりと開かれる。迫ってきた鋭い牙。恐怖で、動くことの出来ない私。

いやだ。いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだ。

こんな所で、死にたくない。


『やめてえええええええええええ!!』


涙混じりの情けない声が空気を揺らす。
ギュッと目を瞑ったまま、来るであろう痛みに唇を震わせてみたものの、一向に襲ってこない化け物。おそるおそる目を開けて化け物を確認しようとしたのだが、


『…あ、れ……?』


目を開けた先に映ったのは、ただただ広がる青い海だけだった。

どうして。“アレ”は、一体どこへ。

震えていた唇をそのままに辺りを見回してみても、先程の化け物の姿はない。見えるのは、ひっくり返った小舟と、先程エースさんにやられた怪物の身体のみ。


『…あ、れ…エースさんは…?』


はっとして、もう一度周りを見渡す。消えたのは、化け物だけではない。一緒に舟に乗っていたはずの、エースさんの姿までないのだ。
不意に頭をよぎったのは、舟から落ちる寸前、「っくそ…!」と焦ったように声をあげた彼の姿。

まさか。

すぐ様視線を海面へと向ける。驚くほど綺麗な青い海。もちろん底など見えるはずはない。けれど、もしかすると、エースさんは、


『っ、迷ってる暇ない…!!』


すうっと思い切り息を吸い込んで、勢いよく海の中へ。底の見えない海中にふるりと震える身体に気づかないふりをして下へ下へと潜り続けると、キラリとなにかが光っているのに気づく。あれは。目を凝らしてそれがなんなのか確かめようとそちらに向かって泳ぐと、暗い海の中でぼんやりと浮かんできた影に目を凝らす。


『(っ!エースさん…!)』


距離を詰めることによって、徐々に輪郭を現した影の正体はゆっくりと沈んでいくエースさんだった。先ほど光って見えたのは、どうやら彼の赤いネックレスだったらしい。
下へ下へと向かおうとするエースさんの身体をなんとか止めようと、太い腕を肩に回す。とにかく海面へ出なければとそのまま泳いでみたものの、エースさんの身体を支えたままでは思うように泳ぐことが出来ない。

このままじゃ。

ゴポリと空気が口から零れる。海面から見える光が遠く感じる。エースさんを置いていく。なんてこと出来ない。でも、このままじゃ、息が。はやく、もっと早く。空気が、欲しい。
上へ上へと泳ぐスピードがだんだん遅くなって行くのが分かる。それに比例するように、息が詰まって苦しくなる。霞んでいく意識。チカチカの暗くなる視界。口に含んでいた空気が口から全て漏れたその時。


『っ、あ、れ……?』


ぶわりと、まるで下から押し上げるように海面へと持ち上げられた身体。肩を上下させながら、浅い呼吸を繰り返していると、ふと肩で支えたままのエースさんの事を思い出し、ひっくり返ったままの舟に彼の身体を預け、慌てて頬に手を伸ばす。


『エースさんっ、エースさん…!!起きてください!エースさん!!』

「っ……んあ…?……俺あ……」

『………良かった……生きてた…』


閉じられていた瞼がゆっくりと開き、エースさんの黒い瞳と目が合う。どこかキョトンとした顔をするエースさんの姿に、なんだか無性に安心して、泣きそうになっていると、はっと何かを思い出した様子でエースさんの大きな手にがしっと肩を掴まれた。


「っ、まさか…海に潜ったのか!?」

『え……あ……は、い……』

「馬鹿野郎!!!この海にはさっきみたい海王類がいんだぞ!!!海中で遭遇すりゃ、あっという間に腹ん中だ!!なのに、なんで……!」

『……だって…エース、さんが……いなかった、から、』


声を荒らげるエースさん。怒っている。無茶なことをしたのだと、私は怒られているのだ。眉根を寄せ、奥歯を噛み締める彼の姿に、キュッと胸が痛くなる。心配をかけてしまったのだと申し訳なくなる一方で、またこうしてエースさんと話すことが出来ていることにじんわりと目の奥から涙が溢れてくる。


『っごめ、なさ……でも、…でも!……エースさんを、助けなきゃって、そう、思ったら、考えてられなくて………助けてもらっから、だから、私もあなたを助けなきゃって、そう、思って……だからっ……』


ポロポロと零れる涙とともに絞り出した声はなんとも頼りないもの。向けられる視線から逃げるように俯くと、はあっと吐き出された大きなため息。やはり、怒らせてしまっただろうか。ゆっくりと目を伏せてもう一度謝ろうとすれば、それを遮るように引き寄せられた身体。え、と目を丸くすれば、耳元で呟かれた声に更に目を見開いた。


「…悪い、」

『っ…エースさ……』

「助けて貰ったのに、礼も言わずに怒鳴ったりしてほんと、悪かった」


「助けてくれてありがとう」そう言ったエースさんは背中に回す腕に更に力を込める。触れた肌が熱い。こんな風に強く抱き締められるのは生まれて初めてかもしれない。ぼぼっと顔を熱が集まるのを感じながら、「い、いえ、そんな…!」と首を振ると、ふっと笑みを浮かべたエースさんがゆっくりと身体を離してくれる。


「……度胸あんだな、お前、」

『……い、いえ…ないです、度胸なんて……後先考えずに動いただけで……でも……』

「でも?」

『……エースさんが生きてて……っほんと、良かった……』


止まったと思ったのに、また目尻浮かんできた涙。それを誤魔化すように眉を下げて笑う私に、エースさんは「…参ったな、」と困ったように笑う。何かを困らせるような事をしたかと、尋ねようとした時、エースさんの大きな手が伸びてきて浮かんでいた涙を拭われる。


「……笑った方がいいって言ったくせに、泣かせてばっかでかっこ悪いな」

『い、いや、これは、私が勝手に泣いてるだけで…!』

「……ありがとな、名前」


柔らかく微笑むエースさんに息を呑む。歯を見せて子供のように笑う姿をよく見ていたせいか、なんだなむず痒い。「もう“ありがとう”は十分ですよ」と苦く笑えば、いいや、と首を振ったエースさんは小さな声で何かを呟いた。


「…今のは、こんな俺に、生きてて良かったなんて言葉、くれた事への“ありがとう”だよ」

『え?』


今、なんて?小さな小さな彼の言葉を上手く聞き取る事が出来ず、首をかしげれば、いや、と首を振ったエースさんは、舟へと手を伸ばす。「早く行くか」と明るく声を上げるエースさんに慌てて頷き返すと、あっという間に舟を元の姿に戻したエースさんは今度はストライカーへと手を伸ばすのだった。
プロローグ 2

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