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息を止める。
止めている間は、世界が動かない。
動けるのは私だけ。

体育祭まで1週間を切った。体育祭に向けて皆レベルアップを図っているようで、自宅でトレーニングをしているらしい。
かく言う私も、個性の使い方を学ぶために練習はしている。でも、決して体育祭の為なんかじゃない。これは、私自身のため。私が、“ヒーロー”となって目的を果たすためだ。

止めていた息を吐き出して深く吸えば、途端に動き出した世界。それと同時に鼓膜を揺らす携帯の着信音に、スマホに手を伸ばした。


『……もしもし?』

〈あ!もしもし名前ちゃん??〉

『お茶子ちゃん?』


電話の相手はお茶子ちゃんだった。今日は休日。きっと彼女も体育祭へのトレーニングをしている筈だろうになんで電話が?不思議に思いつつ「どうしたの?」と問いかければ、「実はね、」と弾んだ声でお茶子ちゃんが話し出す。


〈今から学校に行って自主練しようかなって思っとるんよ!それで、名前ちゃんもどうかなあって!〉

『自主練?』

〈うん!許可取ればトレーニング場所とか貸してもらえるみたいやし、家で手狭にやるよりええかなって!〉

『ああ、それで……』


お茶子ちゃんの個性を考えれば、物や広い場所がある方がトレーニングにはなるだろう。「どうかな?」という彼女の問いかけに少し考える。体育祭なんてどうでもいい。“プロヒーロー”に品定めされるなんて納得出来ないし。でも、


“体育祭、真面目に参加しろよ”


先日、相澤先生から言われた言葉に顔を顰める。真面目にやれ。真面目の定義は分からないけれど、テキトーに流すというのは、きっと許されないだろう。相澤先生の言う“真面目に”の意味には、きっと、やるからには本気でやれ。という意味合いが含まれている気がする。

相変わらず気は進まない。でも、それが条件だと言うなら、“目的”の為に必要と言うのなら、


『うん、行こうかな。私も、』

〈よかった!じゃあ、学校で待ってるね!〉


通話を終え、軽く準備をする。今家には誰もいないので、書置きだけして出ることに。後でお小言は言われるだろう。許してね、心姉ちゃん。

外に出て、照りつける日差しに目を細める。
いつもの通学路を歩いて学校に着くと、「あ!来た!」と校門前でお茶子ちゃんが手を振ってくれる。そんな彼女の傍には、飯田くんに緑谷くんもいて、どうやら彼らもお茶子ちゃんに誘われた口らしい。


『こんにちは、緑谷くん、飯田くん、お茶子ちゃん』

「ああ!こんにちは!!苗字さん!」

「「こんにちは!」」


挨拶を返してくれた三人。「これで全員?」と尋ねれば、「あとは梅雨ちゃんと響香ちゃんが来る予定!」とお茶子ちゃんから返事が返ってくる。計5人か。もしかすると、そのくらいの人数が居なきゃ、申請が出来なかったのかもしれない。
その後直ぐに梅雨ちゃんと響香ちゃんの2人が合流し、お茶子ちゃんが申請したと言うトレーニング場の一つが開放される。


『皆はどんなトレーニングをする予定?』

「僕は身体の使い方かな……」

「なら、緑谷ちゃん、私と組手しましょう。対人相手はこういう場所じゃなきゃ練習できないわ」

「ウチは攻撃の練習かな。体育祭でどんな課題が出されるか分かんないけど、攻撃手段はあった方がいいだろうし」

「うちも物を浮かしたり、落とすタイミングを練習したいかなあ」

『そっか、飯田くんは?』

「俺か?出来れば個性を使いながらの組手をしたいが…」

『あ、じゃあ私が相手になるよ』

「苗字くんが…?」


少し驚いた様子の飯田くん。きっと私の個性からして、“組手”をするという結び付きがうまれなかったのであろう。
「個性を上手く使うタイミングを学びたくて、」と答えると、なるほどと頷いた飯田くん。どうやら納得してくれたらしい。

私の個性は一見とても使い勝手のいいものに思える。息を止め、時間が止まっている間は私自身は自由に動けるから。でも、その“タイミング”を上手く使わなければ意味が無い。
1日の中で、個性を発動できる時間は5分。更に1回の発動の持続は最長で1分ちょっと。使うタイミングを間違えれば意味はないし、入り乱れた混戦などではむしろ邪魔になりかねない。


「行くぞ!苗字くん!!」

『うん…!』


モーター音とともに加速した飯田くんが迫ってくる。スピードに乗った足が脇腹に向かって振り下ろされる。


今、ここ!!


ヒュッと息を吸い込み時間を止める。ギリギリだ。あと少し遅ければ飯田くんの攻撃に吹っ飛ばされていた。距離をとっている隙に息が持たなくなる。やはり戦闘中は、息が持たなくなるのが早い。


解除だ。


『ぷはっ!!!』

「っな……!!」


空ぶった足に驚く飯田くん。その隙に呼吸を整え、次の攻撃に備える。移動した私に気づいた飯田くんが再び向かってくる。そしてまた私は息を止める。基本この繰り返しだ。
本人は時間が止まっている自覚がないため、私が瞬間移動しているようにしか思えないらしい。休憩に入り、2人で水分補給をしていると、「苗字くんの個性は面白いな」と感心したように零した。


『まだ全然。飯田くんみたいに攻撃手段がないに等しいから、そっちも鍛えなきゃ』

「なるほど。防戦一方という事か……」

『うん。体育祭を“真面目に”取り組むって決めたからには、せめてタイミングくらいはどうにかしたいんだけどね』

「なら、何か武器の扱いを覚えるのはどうだろうか?」

『武器…?』


なるほど。それはあまりない発想だった。
「ヒーローの中には武器を使う者ももちろんいる。相澤先生、イレイザーヘッドもその1人だ」と思わぬ所で聞かされな担任の名前に、先日のやり取りが思い出され、ほんの少し眉根を寄せる。


『…そうだね、それも視野に入れとこうかな、』

「ああ!…俺も、一辺倒な攻撃が多い。苗字くんに当たらないのもその証拠だ」

『あー……確かに、飯田くんの動きは速いけど、分かりやすいかも……フェイントとか入れると効果的かもね』

「フェイント…!確かに!!」


攻撃の仕方にも、わりと性格が出るのかもしれない。
「俺も視野に入れよう!」と眼鏡を光らせる彼に小さく笑えば、「そう言えば…」と何かを思い出したように飯田くんがハッ!と動きを止める。


「苗字さんはなぜヒーローに??」

『え、私?』

「ああ!!誰か憧れの人でもいるのかい??」

『それは……』


いない。いるわけない。ヒーローに憧れるなんてありえない。「……飯田くんは?」と誤魔化すように尋ね返せば、どこか表情を和らげた飯田くんが「インゲニウムというヒーローを知ってるかい?」と首を傾げる。
いんげにうむ。多分、ヒーローの名前だろう。知らないけれど。「ごめん、知らないや」と首を振れば、「む……そうか、」と少し残念そうに眉を下げられる。


「インゲニウムは、俺の兄なんだ」

『え………お兄さん、が………』

「ああ!兄は、とても尊敬出来る人だ。兄のようになりたくてヒーローを目指している!」

『……憧れてるんだね』

「もちろんさ!」


笑顔で頷く飯田くんに顔を背けたくなる。
私は、ヒーローに批判的だ。いくら“正義の味方”と言えど、全てのヒーローが“正しい”とは思えない。でも、多分飯田くんはそんな事欠片も思っていない。彼にとってのいちばん身近なヒーローはお兄さんで、そんなお兄さんに彼は憧れ、目指している。

少しだけ、羨ましい。
純粋に、真っ直ぐに、お兄さんを追いかける事ができる彼が。


『………あのね、飯田くん。私がヒーローを目指しているのは、憧れている人がいるからじゃないの』

「?ではどうしてヒーローに??」

『……んー……昔、昔ね。少し怖い目にあってね、』

「怖い目?」

『そう。すごく、すごく怖い目。だから、……もうそんな目に合う人が出ないようにしたいなって思って…』


嘘ではない。これも一つの理由だ。
もうあんな、


“お母さんっ…!!お母さん!!!!!”


あんな風に傷つくのは、自分だけでいい。
握り締めた拳に力が入る。こういう話になると冷静でいられなくなるのは悪い癖だ。少し俯き気味だった顔を上げる。飯田くんと目を合わせようとすると、何故か目頭を抑えている彼に「い、飯田くん…?」と声をかける。


「そうか…!過去の経験からヒーローに……!!素晴らしい理由じゃないか…!!!」

『そ、そうかな??私は飯田くんの方が羨ましいけど…』

「羨ましがる必要なんてないさ。ヒーロー目指す者同士、皆それぞれの理由がある。俺には俺の、苗字くんには苗字くんの理由があるのは当然だ」

『……そう……だね……。でも、……でもね、飯田くん。私ね、思うことがあるの。もし、もしも私に“憧れ”のヒーローが居たら、今とは少し違う目指し方もあったのかなって』

「違う目指し方……?」

『……飯田くんみたいな人が憧れるってことは、きっと、……お兄さんは、凄いヒーローなんだと思う。だから、だからどうか、………あなたも、そんなヒーローになってね。
ううん。なれる、なれるよ。飯田くんなら、素敵な……“正しい”ヒーローにきっとなれる』


笑っている筈なのに、何故だろう。
こんなに泣きたくなってしまうのは。


「練習に戻ろうか、」と声を掛け、飲みかけのボトルを置いて歩き出す。それに気づいた飯田くんが少し慌てたように追いかけて来たけれど、つっと一筋だけ流れた涙は、きっと彼には見えていないだろう。
MY HERO 10

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