御幸くんと倉持くんは、気にするなと言ってくれたけれど、やっぱり気にしないわけにはいかない。
小さなため息をつきながら、帰路を歩いていると、
「わっ!」
『!?!?!?』
背後から急に声が聞こえてきた。
それも、わざと驚かすような。
ビックリしすぎて声も出せずに振り向くと、ケラケラとおかしそうに笑う黒尾先輩がいた。
『な、なんのつもりですか!!』
「イヤー、暇潰し?」
暇潰しに人を驚かせるなんて。
未だに笑う先輩をジト目で睨みあげると「悪かったって」とたいして本気でもない謝罪が返ってきた。
この人、本当に年上だろうか。
『こんなところで何してるんですか?』
「何って…お前に用があったに決まってんだろうが」
『…だったら普通に声かけてくれませんか?』
わざわざ驚かせる意味ってなんなんですか。
呆れたようにわざとため息をつくと、まあまあなんて言いながら黒尾先輩は腕を掴んできた。
『…え?』
「よし、行くぞ」
『行くって…どこに?』
「いいから、行くぞ」
首を傾げて先輩を見ると、返ってくるのはニヤリとした不敵な笑み。
もう勝手にしてくれ。
本日二度目のため息をどう受け取ったのか歩き始めた先輩は、なんだか凄く楽しそうだった。
「名前ー!!!」
『ぼ、木兎さん?それに、赤葦くんも』
黒尾先輩に連れてこられたのは、どこにでもあるファミレスだった。
先輩の長い足に置いていかれないように、せかせかと足を動かしていると、急にとまるものだから、背中で鼻を打ってしまった。停まるなら一言言ってほしい。
なんなんだ、と鼻を擦りながら先輩の背中から出ると、待っていたのはなんだか懐かしい二人組。
『どうして二人が…』
「心配だったんだとよ、お前のこと」
珍しく裏のない笑みを浮かべてそう言った黒尾先輩。
目頭が熱くなったのには気にしないふりをした。
泣いたら、更に心配をかけるだろう。
わざわざ会いたいと、ここに来てくれた二人に笑ってみせると、木兎さんの逞しい腕が伸びてきた。
「名前ー!グフッ!?」
「何しようとしてるんですか」
伸ばされた木兎さんの腕は目の前でとまってしまった。
見ると、赤葦くんと黒尾先輩が木兎さんの首根っこを捕まえている。
相変わらずだなあ。
小さく笑いを溢すと、肩を垂れた木兎さんから手を離した赤葦くんと目があった。
「久し振り、」
『…うん、久し振りだね…』
少しだけ気まずく感じるのは、まだ怖いからだろうか。
二人は、私のことを、どう思ってるのかなんて、ここに来た時点で分かってるのに。
つい目をそらそうとしたとき「苗字、」と赤葦くんに呼び止められる。
「…ごめん」
『え?』
「苗字が一番辛かったときに、何もしてやれなかった。…ごめんな」
『…ううん、そんなこと全然いいの。今こうして、何も変わらずにいてくれるから、…そんなこと、いいの』
ソッと目を細めて柔らかく笑ってみせると、少しだけ目を丸くしてから、赤葦くんも優しく微笑んでくれた。
やっぱりカッコいいなあ。
つい赤葦くんに見惚れていると、「何二人の世界に入ってんだよ」と黒尾先輩に額を小突かれた。
「いたっ!何するんですか!」「先輩を無視した罰な」「なんですか、それ」
理不尽だなあ、と額を押さえていると、「とりあえず座りませんか?」と赤葦くんに促され、なんの気なしに席につく黒尾先輩を睨んでから、自分も座ることにした。
「よしっ!んじゃ、本題な」
『本題?本当に何か用があったんですか?』
「…なんか刺々しく感じるのは気のせいデショウカ」
少しだけ眉を寄せたまま黒尾先輩を見ると、そんな私をみた先輩が小さくため息をついてから、メニューを差し出してきた。
「奢ってやるからその顔やめろ」
『分かりました』
「現金なやつ」
呆れたように見てくる黒尾先輩に「冗談ですよ」と笑ってメニューを押し返すと、「いいから選べ」とまたメニューを差し出された。
本気で怒っていたわけではないけれど、また断るのも申し訳ない気がして、それじゃあとパフェを頼ませてもらった。
「お待たせしました」
『ありがとうございます』
頼んだパフェはなかなか早くきて、「いただきます」と黒尾先輩に小さく頭を下げてから一口食べる。
チョコアイスの甘さに頬を緩めていると、その横でニヤリと黒尾先輩の口の端があがった。
嫌な予感がする。
「…食ったな?」
『…た、べしました…けど…』
「それじゃあ名前、お前も合宿参加決定な」
『……はい?』
なに言ってるんだろう。
スプーンを持ったまま固まっていると、「ウェーイ」なんて木兎さんと黒尾先輩がハイタッチをした。
え、どういうことですか。
ポカンとした顔のまま赤葦くんを見ると、困ったように眉を下げられた。
「ごめん、苗字。口止めされてて…」
『えっ…と…合宿って…』
「去年も行っただろうが。梟谷学園グループの合宿だよ」
『私、黒尾先輩とはもう学校違いますけど…?』
「細かいことは気にすんな。監督には許可とってるしな」
「楽しみだなあ」なんてわざとらしく言ってのける黒尾先輩。
なんて勝手な人なんだ。
呆れて物も言えずにいると、赤葦くんにまた謝られてしまった。
8月中旬。
苗字名前の合宿参加が決定しました。
44 ショボくれエースと冷静セッター