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夜久さんの丸々とした大きな目が、更に見開かれた。おっきくて、綺麗な瞳。羨ましい。私も、夜久さんのように真っすぐに自分の言いたいことを伝えられるような人間だったどけだけ良かっただろう。

“ピアノの音を、こんなに近くで聞いたの初めてだけど……凄いな。こんなに綺麗なんだな…”

私の奏でた音を、そんなふうに褒めてくれた夜久さん。嬉しかった。でも、それと同時に、少し悲しくもあった。凄いと、そう言ってくれる夜久さんの姿が、いつかの2人の幼馴染みと重なったから。


「…もし、よければ…聞かせて貰えないかな?名前ちゃんと、あの2人のこと」

『…聞いて楽しい話ではないですよ?』

「うん。けど、いいんだ。余計なお世話かもしれないけどさ、もう、突っ込んだ首を引っ込めるのは、しょうに合わないし」


「だから、頼むよ」そう言って少し困ったように眉を下げる夜久さんに、私は思わず頷いてしまっていた。



***



クロと、研磨と、私。実を言うと、この3人の中で一番出会いが早かったのは私と研磨だったりする。道路を挟んで向かい同士に家を構えていた私達は、まず両親が仲良くなり、その後、ほぼ無理やりな形で子供同士も交流を持つようになった。
人見知りな研磨と、引っ込み思案な私。どうやって仲良くなったのかは、いまいち覚えていない。ただ、研磨といる時間は、ひどく落ち着くものだった。案外、似たもの同士で居心地が良かったのかもしれない。そして、研磨が小学校に入学した年、もう1人の幼馴染みが引っ越してきた。

黒尾鉄朗というその子は、研磨の1つ歳上で、私よりは3つ上。いつの間にか私と研磨の中に加わっていたクロは、よく私たちを外へと連れ出し、気づいたらバレーにハマっていて、気づいたら研磨を巻き込んでバレーをしていた。そしてその頃から、私も、ピアノの本気でハマっていった。


「名前のピアノは、スゲエなあ!」

「…うん。俺も、名前のピアノ、好きかも」


新しい曲を覚える度、2人に「聞いて!」と披露していた私。そんな私の弾くピアノを、2人は嫌な顔せず、むしろ、楽しそうに聞いてくれた。それが何より嬉しかった。

でも。

クロが小学6年生。研磨5年生。そして私が3年生の時だった。2人と一緒に公園に遊びに来て、バレーボールで遊び出した2人に、少し無理を言って混ざった私は、運悪く指を痛めてしまったのだ。
赤く腫れた指と、痛い痛いと泣く私。どう考えたって私の自業自得であった。それをもちろん私の母はよく分かっていた。だから、数日後に控えていたコンクールに出れなくなったこともあり、母にはかなり叱られた。母が私を怒ったのは、心配もあってのこと。それは良かった。けれど、クロと研磨の親の反応は違った。


「名前ちゃんは、女の子なのよ!」

「お前達が、名前ちゃんを怪我させてどうするんだ!」


2人のお父さんとお母さんは、叱るベクトルを私ではなく、自分たちの息子に向けたのだ。今思うと、人様の、それも、2人よりも小さかった私を怪我させた事への罪悪感もあったのだろう。しかし、当時の私からしてみれば、ただただ、“私のせいで”2人が怒られたのだと思った。それが、何より悲しかった。

そこから、少しずつ2人と距離が空いていった。


『…私たちの関係が崩れていったのは、私が、小学6年生の時です』


中学にあがったクロは、当然のようにバレー部に入部し、そんなクロに半ば無理やり誘われ、研磨もバレー部へ。“男の子”である2人と、“女の子”である私。一緒に過ごす時間は少しずつ減ってはいたけれど、全く関わりがなくなったわけではない。だから、「久しぶりに見にこないか?」という練習試合の見学のお誘いを断るなんてするはずも無かった。

久しぶりにバレーをする2人を見た。幼い頃の公園でしていた“バレーボール”しか知らなかった私は、2人がコートの中で繰り広げる本物の“バレーボール”に目を奪われた。なんて凄いのだろう。圧倒される。


『凄かった…!体育のバレーと全然違う!!ボールが早すぎて、全然目が追いつかなくて…!』


興奮したように声を上げた私に、練習試合を終えた後の2人は、目を合わせて笑っていた。それから、私は2人の試合を公式戦、非公式戦に関わらず見に行った。

あの日もそう。中学の体育館で行われる練習試合を見に行ったのだ。公式戦が行われるような大きな体育館では2階の観客席からしか見ることが出来ないけれど、天井の低い中学の体育館では、1階で見ることもできる。間近で見ると迫力が違う。目を輝かせて2人の試合を魅入っていたその時。


「っ!名前!!」


クロの打ったボールを相手レシーバーが弾いた。え。と思った時には、そのボールは、

私の目の前まで来ていた。


「流れ球か…」

『はい…丁度、目にあたってしまって…。打ち所も悪くて、目の奥が内出血しちゃったんです』

「え…」

『あ、でも、暫くすればよくなるようなもので、そんな大事にすることじゃないんです。けど…その間、ピアノを弾くことは出来なくて…。クロと研磨は、それに、凄く罪悪感を感じたんだと思います』


眼科から帰ってきた私を待っていた2人。「大したことないよ」と笑う私を、2人は、泣きそうな顔で見ていた。そして、クロは言ったのだ。


“俺たちの試合は、もう見に来なくていい。お前は、ピアノにだけ専念しろ”


それは多分、私のことを思っての事だったのだろう。でも、当時の私には2人からの拒絶の言葉にも思えた。お前はピアノ。俺たちはバレー。女と男。俺達は、違うのだと。


『…私が、ピアノをしてなかったら、違ったのかなって。そう考えると……クロと研磨は、私のピアノが、嫌いなんだろうなって思ってしまうんです』


直接そう言われたことは無い。でも、あの日から1度も2人は私の弾く音を聞いてくれた事は無い。きっと聞きたくないからなのだろう。

公園のベンチが、いつの間にか冷たくなくなっている。どのくらいここにいたんだろ。ぼんやりと空を見上げると、薄い雲が月を覆って、どんよりとした夜空が広がっている。こんな話、誰かに聞かせるものじゃない。夜久さんだって困ってるだろう。帰ろう。と立ち上がろうとすれば、それを引き止めるように夜久さんの右手が私の左手を掴んだ。


『…夜久さん…?あの…?』

「…聞かせてみない?アイツらに、名前ちゃんの“音”を」

『は…』


一瞬、何を言われてるのか理解出来なかった。


『な、何言ってるんですか…?私のピアノを、2人が聞くわけ…』

「俺は、名前ちゃんとは出会ってまだ間もないし、ピアノの事だってよく分かんねえよ。でも、黒尾と研磨のことは、少しは分かってるつもりだ」

『っ』

「2人は、名前ちゃんのピアノを嫌ってなんかいない。聞きたくないなんて思っちゃいない。きっと、自分たちを責めるあまり、名前ちゃんとの距離の取り方を忘れたんだと思う。だって、あいつらは、誰かの好きなものを否定するような奴じゃない」


夜久さんの声が、誰もいない公園に響く。
その通りだ。クロと、研磨は、そんな人じゃない。知ってる。わかってる。でも。


『それでも、怖い、です…。2人に、今度こそ、“お前のピアノなんて聞きたくない”って。そう、言われたら、私は…』

「大丈夫」

『っ夜久、さん…』

「大丈夫。アイツらは絶対そんなこと言わない。根拠はないけど…でも、もし、万が一そんな事言ったら、そん時は、」

『…その時は?』

「“ふざけんな!”って、俺が名前ちゃんの代わりに殴ってやるよ」


にっと歯を見せて笑う夜久さん。あまりに眩しいその笑顔に、いつの間にか涙が零れていた。グズグズと情けなく鼻を啜りながら泣く私に、夜久さんは呆れることなく柔らかく頭を撫でてくれた。


『…ホントに、…ホントに、味方でいて、くれますか?』

「もちろん。俺、今日で名前ちゃんのピアノのファンになっちゃったしな」

『っふふ。夜久さんが、味方になってくれるなら、百人力な気がします。…だから、聞かせてみたいです。2人に、“今”の私のピアノを』


2人がどんな反応をみせるのか、まだ少し怖くもある。でも、夜久さんがいてくれるなら、また、2人と昔みたいになれるなら、伝えよう。私のピアノで、2人への、気持ちを。

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