藹々(鬼滅ALL) | ナノ
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九話

どうしてこうなった。
一歩前を歩く背中から感じる苛立ちに、街ゆく人が自然と道を開けていく。“殺”と羽織の後ろに書かれた一文字を追って歩いているものの、正直今すぐにこの場から離れたい。

前を歩いているのは、不死川実弥さん。
“柱”の一人であるこの人は、血走った瞳と傷だらけの顔が印象的で、会って間もなく私の首を斬ろうとした人である。あの時の事を責める気は毛頭ない。そもそも、突然現れた怪しい女に刃を向けるのはこの人たちにとっては当然の事なのだろう。しかし、しかしである。だからといってこの人と仲良く町を歩けるかと言われれば、答えはノーだ。


「実弥、名前さんを町へ連れて行ってくれないかい?」


そうお館様が不死川さんに頼まなければ、おそらく一生この人と二人で町に来ることなんてなかっただろう。
不死川さんも、煉獄さんや宇髄さん同様に私のことを怪しんで様子見に来ていたらしいのだが、お館様は何故かそんな彼に私を連れ出すように言い出したのだ。これまでの、しのぶちゃんや蜜璃ちゃんと共に外へ出ることはあった。「ここに閉じ込めておくのは申し訳ないからね」というお館様の配慮からであるものの、本来であればお館様の屋敷を頻繁に出入りするのは良くないことらしい。そのため、外へ出れるのは“柱”の誰かが一緒である場合のみ。彼らなら、誰かに屋敷の場所を見つからせるようなヘマはしないから、との事だが、だからといって何も不死川さんとのお出掛けを勧めてくるのは正直喜ぶことが出来ない。

だってこの人、どう考えても私のこと嫌いだ。

屋敷から連れ出す時も、街についた時も、そして今も。言葉なく伝わってくるのだ。“話し掛けんじゃねえ”と。そのため、二人きりになってから会話という会話は一切ない。不死川さんの「来い」「歩け」「止まれ」などという命令に「はい」「分かりました」と答えるばかりである。伊黒さんも随分と分かりやすく警戒してくる人だったけれど、この人は更にその上を行く。全身の毛を逆立てた猫みたいだ。いや、そんな可愛らしいものではないか。
スタスタと歩く不死川さんに付いて行く為、店を見て回る余裕はない。いつもよりも雲の多い空模様は今の私の心境を表しているようだ。ホント何しに来たんだろ、と疑問に思いながらもなんとか後を追い続けていると、「む、不死川ではないか!」と前方からやたら大きな声が。この声は、


「あ?煉獄…?テメェこんなとこで何してやがる?」

「俺は弟と買出し中だ!!お前こそ、なぜこんな所に……」


居るのか。おそらくそう続くはずだった言葉が、私に気づいた所で止まる。「…なるほど!苗字殿も一緒だったのか!!」と声を大きくした煉獄さんに、不死川さんが不機嫌そうに眉根を寄せた。


「お館様から頼まれたんだよ。この女を連れ出してやってくれってな。でなきゃ、誰がコイツと二人で歩いたりするもんか」


酷い言われようである。しかし、言い返すなんて命知らずな真似出来るはずがない。黙って肩を縮める私に、ふむ。と何かを考えるように顎を撫でた煉獄さん。そこへ、「兄上!」と言う声と共に煉獄さんによく似た少年がやってきた。多分この子が弟さんだ。
煉獄さんをそのまま小さくしたと言っても過言ではない位に似ている兄弟に、おお、と小さく感心してしまう。そんな私と不死川さんに気づいた弟さんは、はっ!と目を丸くさせると慌てて頭を下げてきた。


「こ、こんにちは、風柱様。それに………」

「苗字名前さんだ。訳あって鬼殺隊で保護している」

「苗字様ですね。初めまして、煉獄千寿郎です」


ペコり。と丁寧に頭を下げてくれる千寿郎くん。滲み出るいい子オーラのおかげか、不死川さんの不機嫌オーラが何となく和らいだ気がする。「初めまして、苗字名前です」と挨拶を返すと、「煉獄の弟か。久しいな」と不死川さんも返事を返した。


「千寿郎、目当てのものは買えたか?」

「はい!」

「そうか。では!ここで会ったのも何かの縁!!皆で昼餉を食おうではなにか!!」

「はあ??」


突然の煉獄さんの申し出に不死川さんが片眉を釣り上げる。この前の伊黒さんと出会った時と似たような展開だな、なんて他人事のように瞬きを繰り返していると、「なんでそんな面倒なことを」と不死川さんが顔を顰めた。


「よいではないか!ちょうど昼時だ!腹も減ったろう!!なあ千寿郎??」

「え!あ、は、はいっ…!そうですね、兄上。その…風柱様と苗字様が宜しければですが……」


控えめに見上げてくる千寿郎くんの視線に、不死川さんの眉が小さく動く。不死川さんからすれば、一刻も早く私と離れたいだろうし、断るんじゃないかと考えていると、はあ。と深くため息を零した不死川さんは、仕方なさそうに口を動かした。


「……まあ、腹は減ってるしな」

「!はい!では、ご一緒させて頂きます…!!」


え、行くの?
意外な展開に目を見開いて固まっていると、歩き出そうとした三人が足を止める。「おい!ボケっとすんな!!歩け!!」という不死川さんの声に慌てて歩き出すと、そんなやり取りを見ていた煉獄さんが満足そうに微笑んだように見えた。





*****





「美味い!!美味いぞ!!!とても美味い!!」

「わあったから、静かにしろ!!!」


煉獄さん兄弟と共に入った店は、小さな定食屋さんだった。「俺の贔屓にしている店だ!」と煉獄さんが連れて来てくれた場所で、千寿郎くんも来たことがあるらしく「とても美味しいですよ」と笑っていた。可愛らしい。
品数はそれほど多くないけれど、出てきた料理のボリュームは満点で、おお!と目を輝かせた煉獄さんは、「次は天丼を頼む!」と何故か二品目を頼み出した。どうやら煉獄さんも蜜璃ちゃんと同じようにブラックホール級の胃袋を持っているようで、私がさば味噌定食を食べている間に既に四品目に突入している。凄まじい速さである。既に食べ終えた不死川さんは奇妙なものを見るような目で向かいに座る煉獄さんを見つめていて、まだ食事を続けている千寿郎くんは「お水頼みましょうか?」と気を利かせてくれる。


『あ、ううん。まだあるから大丈夫だよ、ありがとう』

「い、いえ……!」


笑って答えた私に、千寿郎くんの耳が微かに赤くなる。この位の年の男の子ってもっとこう擦れてたりしても可笑しくないのに、千寿郎くんはとてもいい子だ。
「ごちそうさまでした、」と漸く食べ終え、手を合わせると、ほぼ同じタイミングで千寿郎くんも食事を終える。既に五品目を平らげていた煉獄さんが「甘味も頼む!」と店の人にお願いすると、慣れた様子で頷いた店員さんが「いつもありがとうございます」と頭を下げた。さすがは常連さんである。


「…あの、ところでどうして名前さんは鬼殺隊に……?剣士ではないようですが……?」

『え、あ、そ、……それは………』


純粋に疑問に感じたのであろう千寿郎くんの問いかけ。なんて答えるべきなんだろ、これ。“実は未来から来て行くあてがなくて”とか“ご先祖さまが鬼殺隊の関係者で”とか話していいのかな??言葉を詰まらせた私に、見兼ねたように不死川さんが舌打ちを零す。「こいつはお館様の関係者だ」と代わりに答えてくれた不死川さんに、「そうなんですね」と千寿郎くんが驚いたように目を見開いた。


「鬼殺隊の隊士にはなられなかったのですね……」

『う、うん。私は、その……実は鬼も見たことなくて…。あ、せ、千寿郎くんは??千寿郎くんもお兄さんと一緒で鬼殺隊に入るの??』

「あ……僕は……」


千寿郎くんの表情が曇る。どうやらあまりに触れては行けない事だったらしい。「変なこと聞いちゃった!?ごめんね…!」と慌てて謝ると、いえ!そんな!と大袈裟に首を振った千寿郎くんが残念そうに眉を下げた。


「……目指してはいるのですが、あまり剣の才覚はないようです。兄上のようになれるかどうか……」

「…千寿郎。お前は俺ではない。俺のようにならねばと思う必要は無いのだ。自分の道は自分で決めていい」

「兄上……」


慰めるように背を撫でる煉獄さんに、千寿郎くんが瞳を揺らす。仲のいい兄弟だ。でも、仲が良くても、見た目が似ていても、兄弟だからと全てが“同じ”であるわけではないらしい。
煉獄さんは鬼殺隊の中で“柱”という立場にいる。私は煉獄さんがどんなに凄い剣士であるのか検討もつかないけれど、そんなにすごい人がお兄さんである事、誇らしいのと同時に焦りもあるだろう。お兄さんを慕っていれば尚のことだ。自分も強くならなければと千寿郎くんはそう考えているのかもしれない。
なんとも言えない気持ちで二人を見つめていると、隣にいた不死川さんが小さく息を吐く。「おい煉獄弟、」と言う声に千寿郎くんが顔をあげれば、不死川さんは面倒に口を開いた。


「テメェがどんだけ才に恵まれてねえのか知らねえが、半端な気持ちで鬼殺隊なんざ努まるわけねえだろ」

「……おい、不死川、」

「本当のことだろうが。煉獄、お前も兄貴なら、無理なら無理だとはっきり言ってやれ。妙な期待を持たせるな。テメェの弟が鬼に食われてから後悔しても遅せんだぞ」

「や、辞めてください…!兄を、兄を責めないで下さいっ…!」


ピリピリとした空気が肌に突き刺さる。テーブル越しに睨み合う不死川さんと煉獄さんに千寿郎くんが震えている。

ものすごい圧だ。

これまで感じたことの無いような重たい空気に息を飲む。無意識に震える指先を握り込み、止めなければと口を開こうとした時、「おまたせしましたー!」とテーブルの上に、何かが置かれる。その声に二人の間の張り詰めていた空気が緩んだ。どうやら店員さんがデザートを持ってきてくれたようだ。四つ並べられたお皿の上には、ツヤツヤと飴を光らせた大学いもが盛られていて、「兄上!大学いも!大学いもですよ!美味しそうですね!!」と気を逸らすためか千寿郎くんが声を張り上げた。


「あらあら。そんなに喜んでもらえて嬉しいわ」

「あ、す、すみません…叫んでしまって……」

「いえいえ。さすがは煉獄さんの弟さんね。よく通る声だわ」

「あ、ありがとうございます……」


微笑ましそうにしながら、「たんと召し上がって下さいね」と言って席を離れていった店員さん。するとテーブルには再び沈黙が流れる。無言の煉獄さんと不死川さんに戸惑う千寿郎くんに声をかけようとしたその時、


「「!!!!」」

『!?え、あ、あの…?』

「あ、兄上…?風柱様……?」


無言を貫いていた二人が一斉に席を立つ。
何事かと目を見張って二人を見上げれば、忌々しそうに目を細めた不死川さんが店の外へと視線を向けた。


「…チッ、曇って来てやがる…!!」

「数は多くないが、近いな」


何の話をしているのだろうか。目を瞬かせて二人を見つめていると、「千寿郎、」と煉獄さんが千寿郎くんへと視線を向ける。「は、はいっ、」と少し上擦った声で返事を返した千寿郎くんに煉獄さんは安心させるように微笑んだ。


「…鬼がいる。そう遠くない。この町のどこかだ」

「っ…!鬼が……!」

「雲が多くなってきたせいだろう。日が当たらなくなったんだ。俺と不死川は鬼を狩ってくる。数は少ない。居ても二三匹と言ったところだ。お前は苗字殿とここで待て。いいな?」


煉獄さんの声に、キュッと唇を引き結んだ千寿郎くんが頷いてみせる。「おい、行くぞ、」と不死川さんが店を飛び出すと、すぐ様煉獄さんも店の外へ。なんだなんだと店内に居た人達の視線が集まってくる。「お騒がせてしてすみません、」と千寿郎くんが頭を下げると、集まっていた視線が徐々に散っていった。

鬼。鬼がいる。

煉獄さんは今確かにそう言った。おそらく顔色を悪くして固まる私に、「大丈夫ですか?」と千寿郎くんが声をかけてくれる。けれど、そんな彼の指先も震えていて、不安と緊張が伝わってくる。


「大丈夫です。柱が二人も向かったのですから、その辺の鬼は一溜りもありません」

『そ……そ、っか……』


「兄上達もきっと直ぐに戻ってきてくれますよ」と笑ってくれる千寿郎くんに「そうだね」と頷き返したものの、どんよりとした雲行きに不安は中々晴れることはなかった。

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