夢小説 完結 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

little mermaid2


“泡になって消える”


そんなこと、普通に考えたらあり得ないと思う。 そう、普通なら。
けど、今私たちがいる状況は、とても普通とは考えられないような場所なのだ。

もし、ここが本当に人魚姫の世界で、私がその主人公である人魚姫だというなら。
私は…死んでしまうのだろうか。


『(っ…死にたく、ないっ…)』


やっと見つけた。自分の居場所。
まだ皆と一緒にいたい。
これから、もっと皆のことを知りたい。
それなのに…私はここで消えてしまうの?

ポロポロと何かが目から溢れ落ちた。


「っ!!ご、ごめん苗字さん!!む、無神経だった…」

「そ、そうだって!!大体ここが本当に人魚姫の世界か分かんないじゃん!!」


泣いてしまった私をなんとか落ち着かせようとする伊月さんと葉山さん。
二人を困らせてしまっている。
そう分かっているのに、涙がとまってくれない。
とめどなく出てくる涙を拭おうとしたとき、私の手よりも先に大きな手が頬に当てられた。


「泣くな」

『っ』


大きな手は宮地さんのもので、溢れ落ちる涙をその指が拭ってくれる。


「…よく聞け、苗字。今考えられる可能性として、ここは人魚姫の世界である可能性が一番高い」

「っ!宮地さんっ!!」

「けど、…誰が物語通りに進めろなんて言った?」

『!』

「この世界の物語を作るのは俺たちだ。なら…俺たちがお前を死なせたりしない」


真剣な目で見つめてくる宮地さんの言葉に、いつの間にか涙はとまっていた。
そうだ、まだ死ぬと決まったわけではない。
ゴシゴシと目をこすって、宮地さんに笑って頷くと、ちょっと乱暴に頭を撫でられた。


「でもさ、どうやって物語って変えられんの??」

「…人魚姫が泡になるのは、王子が別の女性と結ばれてしまうから…でしたよね?」

「ああ、それで確か…人魚姫は王子を殺せば助かるはずだったが…結局殺すことができずに泡になることを選んだんだったな」


二人の会話に小さな頃に読んだ人魚姫の絵本を思い出した。
確かに、そんな話だった気がする。
二人ともよく知っているなぁ、と感心していると葉山さんも同様の事を思っていたのか「二人とも物知りー!!」と声をあげていた。


「いや、俺は姉貴と妹がいるから…」

「つか、人魚姫なんてメチャクチャ有名だろうが」

「へー!俺、あんま分からないやっ!」


葉山さんて、“無邪気”って言葉が似合いそう。
ふふっと笑って三人を見ていると、三人がキョトンとした顔でこちらを見てきたので、慌てて頭を下げた。


「…とにかく、苗字。お前は先ず、海の魔女の所に行け。んで、薬で人間になれ」

「ここが本当に人魚姫の世界なら、とりあえずは物語の通りに進めようか。もちろん、最後はハッピーエンドで終わろうね」


柔らかな笑顔を向けてくれる伊月さん。
さっき妹がいると言っていたけれど、伊月さんの妹さんは、こんな素敵なお兄さんがいて幸せそうだ。
大きく頷いて見せると、「大丈夫。俺たちがついてるからね」と頭を撫でてくれた。


「明日の朝、またここに来る」

「もし、魔女がいなくても、必ずここに来てね」

「また明日ね!!」


三人に笑顔を向けてから、私はまた海の中へと潜った。
大丈夫。私には三人がついている。
ぎゅっと手を握って顔をあげる。
向かうのは魔女の所だ。









『(…こ、ここが…魔女の… )』


魔女の住処、意外と早く見つけてしまった。
来る途中で会ったお魚さん達にダメ元でも話しかけてみて正解だったな。お魚さん達ありがとう。

今までは、海の中でも明るかったはずなのに、この辺りだけ妙に暗い。


『(大丈夫っ)』


怖くないわけではない。でも、私が逃げたら皆にも迷惑をかけてしまう。
ゆっくりと、目の前の洞窟の中へ入っていくと、その奥にぼんやりとした光が見えた。
あそこに魔女はいるのだろうか。
嫌な音をたてる心臓を落ち着かせようと深呼吸をする。
ゆっくりゆっくりと近づいていくと、シルエットが見えてきた。
やっぱり、あの人が魔女なのだろうか。
意を決してその人に近寄ると、「名前ちゃん!?」とやけに可愛らしい声がした。


『(!!さつきちゃん!!??)』

「か、か、可愛いいいいいいいい!!!に、人魚姫!?人魚姫だよね!?可愛いいいいいい!!」


ガバッと抱きついてきたさつきちゃん。
よく見ると、彼女にも私のような尾ひれがある。
どうやら、彼女も人魚のようだ。

パチクリと瞬きをしていると、さつきちゃんが少し体を離してくれた。


「目が覚めたらここにいてね、どこだろうって思って出ようとしたんだけど、出れなくて…」


さつきちゃんの言葉に返そうとしたけれど、今はボードがない。
どうしよう、とあたふたとしていると、そんな私に気づいたさつきちゃんが「はい!」と何かを渡してきた。


『(珊瑚…のペン?に海藻?)』

「それで書けると思うよ」


「でも、あれ?なんでそんなこと知ってるんだっけ?」と首を傾げるさつきちゃん。
とりあえず、彼女に従ってそこに文字を書くと、確かに書くことができた。


『〈ありがとう。さつきちゃん〉』

「どういたしまして!…それより、ここって何処か分かる?」


不安そうに眉を下げたさつきちゃんに私はこれまでの事を話すことにした。
すると、話を聞いたさつきちゃんがだんだんと目を見開いていって、最後には泣きそうに顔を歪ませた。


「じゃ、じゃあ、名前ちゃんは…泡に、なっちゃうの!?」

『〈…大丈夫だよ。宮地さんたちもついてるから!〉』


さつきちゃんに笑ってみせると、さつきちゃんはほんの少し落ち着きを取り戻したのか、笑顔を浮かべてくれた。


「…うん。信じてるね」

『〈うん!!あ、あとね〉さつきちゃんに貰いたいものがあるんだけど…』

「人間になるための薬だよね?」


さつきちゃんって実は凄く鋭い人なんだな。
うん、と頷くと、さつきちゃんはズラリと並んだ小瓶の中から1つを渡してくれた。


「これ…だと思う。なんで分かるか分かんないけど…」

『〈分かった。ありがとう!〉』

「あ、あと…これもとうぞ!」


さつきちゃんが小瓶と一緒に渡したきたのは洋服だった。
「人間になったあとに着るものがないと困るよね?」と笑ったさつきちゃん。
やっぱりマネージャーさんだ。凄く気が利く。
〈ありがとう〉と笑っていると、ボーンボーンと時計の音がした。


「…夜が、明けたみたい…」


さつきちゃんの綺麗な桃色の瞳が不安げに揺れた。
大丈夫。
そんな意味を込めてさつきちゃんに抱き付くと、彼女も強く抱き締め返してくれた。


『〈いってくるね〉』

「…うん。いってらっしゃい」


小さく手をふってからさつきちゃんに背を向けて泳ぎ出した。
小瓶と洋服を抱えて、約束の岩場へと急ぐのだった。

prev next