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9 霧崎第一の主将と


街を歩くとうるさい女どもがしつこく言い寄ってきた。
そいつらからに逃げるように近くに見かけた公園へ行って、本でも読むかと、隅にあるベンチに向かうと先客がいた。
誰だ、と眉を寄せてそいつを見ると


「なっ、」

『っ、』


女が寝ていた、しかも目元には水分が溜まっていた。
こういう場合は見なかったことにするのが一番だと、そこから去ろうとしたとき、


『!!』

「な!?」


いきなり目を覚ました女が服を掴んできた。
なんだこいつは、と女を睨むようにして見ると、女は濡れた瞳で俺を見ると、何かに気づいたような顔をして慌てて手を離した。

一体なんだったのかと、女を凝視していると、女は急いで白いものに何かを書いて、それを見せてきた。


『〈すみません!…知り合いと間違えてしまいました…〉』

「…」


眉を下げて、目を赤くしたまま謝ってくる女はどうやらしゃべれないらしい。
「そうかよ、」と返して、再びそこから離れようとしたとき、チラリと気まぐれで女を見ると、ボーッとしたように空を見上げていて、その表情はどこか暗い。


「チッ」


思わずしてしまった舌打ち。
それに気づいた女は空から俺へと視線を移す。
女の視線を無視して、その隣に腰かけると、女が不思議そうに見てきた。


「…本を読ませろ」


そう言って、鞄から本を出すと、女はパチクリと瞬きをしてから頷いた。




それから数十分。
特にお互い干渉もせずにいると、ふいに肩に重みを感じた。見ると、黒いものが俺に寄りかかっている。


「…こいつ馬鹿か」


思わず呟いてしまった。
隣から聞こえる安心しきった寝息に大きくため息をつく。
危機感、というものがこいつにはあるのだろうか。
さっさと起こしてしまおうと、女の肩に触れようとしたとき、


『っ、』


また、だ。
女はまた閉じた目から涙を溢した。そのせいで中途半端な所で止まった手。
起こそうと思って伸ばしたはずなのに、つい引っ込めてしまった。


「くそっ、」


深いため息をついて、とじた本を再び開く。
とりあえず、これが読み終わるまでは我慢してやろう。





『っ』

「…起きたか、」


女が肩から離れたのは、あれから30分たってからだった。
もぅ空はうっすらと赤くなっていやがる。


目を擦りながら、顔をあげた女は俺の姿を確認した瞬間顔を真っ青にした。


『〈ごめんなさい!本当にごめんなさい!〉』


慌ててボードに謝罪を書いて頭を下げる女。
さっきまでの寝顔が嘘のように忙しく変わる表情はまるでガキのようだ。


「…さっき、」

『??』

「さっき、俺を誰かと間違えたと言ったな、…誰と間違えたんだ?」


女は俺の言葉に俯いたかと思うと、すぐに顔をあげた。そこにはさっきと同じどこか悲しげな表情があった。


『〈…家族と、間違えました、
ごめんなさい、〉』

「…そうか、」


なんとなく尋ねた質問の答えにそれ以上は踏み込むことはしなかった。
そもそも、どうしてこんなやつに構っているのかも分からない。
スッと立ち上がると、それに気づいた女と目があった。


「…じゃあな」


そう告げると、女は笑って手を振ってきた。
これで帰れる、そう思って帰ろうとするのに、足が動かない。ガシガシと頭をかいて振り替えると未だに女は笑顔でこちらを見ていた。


「お前、名前は??」

『〈苗字名前です〉』

「…たまに、」

『?』

「たまに、ここで本を読んでる、
…今度会うときはこんなとこで寝てんじゃねえぞ」


そう言って、面白そうにクスクスと笑う名前の姿を最後に目に入れてから、やっと止まったままだった足が動いたのだった。

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