5 洛山の美人さんと
満員電車は苦手だ。
同性の中でも決して大きい部類に入らない私は満員電車の中ではもちろん見事に埋もれてしまう。
そして、今もそれは変わらない。
ギュウギュウとまるで締め付けられるような感覚になんだか息苦しくなる。
どうにもこの感覚は何度乗っても慣れない。
揺れる電車の中で、ただただ目的地に着くのを待っていると、スッと太もものあたりを何かが触れた。
『(まさか、これって…)』
痴漢だ、
一度は聞いたことがあるそれは、まるで他人事のような感覚だった。
けれどまさか、自分がされるなんて夢にも思わなかった。
こういう時は叫ぶのがいいのかもしれない。
でも、私にはその行動さえ許されていない。
ユルユルと太ももを撫でる手に体が自然と震える。
怖い、
ただひたすらそれしか浮かばなくてギュッと胸の前で鞄を抱えて、必死に恐怖に耐えようとするけれど、もちろんそんなことできなくて、涙が1つ頬を流れたとき。
「こっちよ」
『!』
グイッと引かれたかと思うと、その腕をつかんでいたのは黒髪の美人な男の人。
涙が溜まったままの目でその人を見ると、柔らかく微笑みを返された。
「怖かったわよね、もぅ大丈夫よ」
そっと体を包んで、優しく背中を撫でてくれるその人に思わず目に溜まっていた涙が溢れたのだった。
『〈助けていただいてありがとうございました〉』
「あら、いいのよ?女の敵は、あたしの敵でもあるからね。」
たまたま降りる所が一緒だったその人、電車から降りてからお礼を言うと、ニッコリと笑ってくれた。
世の中こんなにも優しい人がいるんだな、とその人を見ていると、ふいに聞こえた携帯の音。
「ちょっとごめんなさいね?」と言って、ポケットから携帯を取り出した美人さんはそれで誰かと話始めた
「ええ、分かったわ。
…あ、征ちゃん、その前にちょっと用があるんだけど…
…いえ、その……そうね、じゃあ一度そこに行くわね。」
少し話すと電話を切った美人さんは、すぐに私に視線をずらした
「お家はどこかしら?」
『?』
「実はこれから、集合場所に向かうんだけど…あなたを一人で帰すのは心配だわ。
良かったら、集合場所まで一緒に来てくれないかしら?」
「ね?」と首を傾げてくる美人さん
男の人なのにそれが絵になるなー、と思っているとまた「ね?」と言われて、思わず頷いてしまった
「そう!良かった!
あたしの名前は実渕玲央よ。よろしくね?」
『〈苗字名前です、よろしくお願いします』
差し出された実渕さんの手を握り返すと、とても大きくて、やっぱり男の人なんだな、と思っていると手を掴んだまま実渕さんが歩き出した
『?』
「人もまだ多いし、はぐれないように、ね?
さ、行きましょう」
引っ張ってくれる実渕さんの姿は凄くカッコよくて、そのまましばらく見惚れていたのだった。
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