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今吉がやり直した


「こんばんは」

「いらっしゃい、今吉さん」


通いなれた店に入ると、そこにはいつもと同じ笑顔で迎える店主がいた。
「これ、」そう言って、来る途中で買ってきた酒を渡すと、店主は待ってましたといわんばかりに、用意よく2つのコップを出した。


「いつもすいませんねぇ」

「こっちの台詞やわ」


酒の入ったグラスを乾杯も言わずに二人で鳴らすのには、もぅ慣れたものだ。
アルコールを喉に通して、ホッと一息つくと、「それにしても」と店主が懐かしそうに目を細めた。


「今吉さんがここに初めて来た日が、もう7年も前になるなんて、信じられませんねぇ」

「…せやなぁ」


店主の言葉に思い出すのは、まだ今よりも幼い自分の姿だった。










高校3年の冬。
高校生活のほとんどを費やしたバスケは、WC一回戦敗退という結果で幕を閉じた。
悔しさはもちろんあった、けれど、自分がバスケ部を引退するのを、待ち望んでいなかったと言えば嘘になる。
引退したら。
そう決めていたのだ。彼女に想いを伝えるのは。

当時、自分にもバスケと同等か、それ以上に大事な人がいた。
自分たちがお互いに好きあっていることには、存外早く気づけたけれど、あの頃はバスケの妨げになるものは全て我慢するしかなかったのだ。
だから、バスケ部を引退してから、募りに募った想いを彼女に伝えるまで、そう時間はかからなかった。


“付き合うてくれへん?”


決して気の聞いた台詞ではなかった。
けれど彼女は嬉しそうに“遅いよ、待ちくたびれる所だった”と笑って頷いてくれたのだ。
これが“一度目”のやり取り。

そしてその数日後、一緒に勉強をしようと、図書館で待ち合わせをした朝。
彼女は、名前は、帰らぬ人となったのだ。
事故で即死だった。

自分を恨んだ。
どうしてあの日に約束なんてしたんだ。
どうして彼女を助けられなかったんだ。
どうにもならない気持ちを抱えていたときだった。
この店の噂を聞いたのは。
正直、もうどうにでもなれ、という投げやりな気持ちだった。
それはそうだろう。
誰だって、過去に戻れるなんて信じれるわけがない。
けれど、その噂はいい意味で期待を裏切ってくれた。


“いらっしゃいませー。…これはまた、学生さんですねぇ”

“やり直したいんやけど…どうしても、やり直したいことがあるんやけど…!”


まだ親から貰っていた、バスケ以外にすることもなく貯めていた小遣いの中から金を出し、笠松たちのように飴を使って、自分も過去に戻ることに成功した。

これで、やり直せる。

そう思っていたのに、。
二度目の告白のあと、彼女はやはり死んでしまった。
今度も交通事故だった。

“飴”は決して万能ではない。
戻れるのは、たった一点だけ。自分にとって、大切な場面だけ。
それより後にも、前にも戻ることはできない。
つまり、戻ったその瞬間。“何か”を変えなくては、未来が変わることはないのだ。

自分が戻るのは、決まって告白する瞬間だった。
台詞を変えた、行動を変えた。
三度目。四度目。
けれど…決まって名前は届かない所へ行ってしまうのだ。
まだ高校生だったあの頃は、使える金もそう多くはない。
これがラストチャンスだ。
受け取った飴と共に覚悟を飲み込むと、目が覚めるのは、やはり同じ場面。
放課後の屋上だった。


“今吉、話って何?”


今でも思い出せる。
首を傾げて、こちらを見る名前。
自分は彼女の目が好きだった。
曇りなく、真っ直ぐに自分を映す目が。

名前を助けたい。 そのためなら。
目の前の彼女に悟られないように、握った拳。
ゆっくりと開いた自分の口から出たのは、決して愛の告白などではない。


“ワシ、好きな子おんねん”

“っ、え?”

“隣のクラスの佐藤さんって子ぉやねんけど、手伝うてくれへん?”


嘘も方便とは言うけれど、ここまで自分に嘘をつくウソを言ったのは初めてだ。
悲しそうに揺れる瞳。
でも、やっぱりそこには自分が映っていた。


“…うん、いいよ”


それから、数日後。
見せかけだけの“彼女”が出来た。
もちろん相手は名前ではない。あのとき、なんとなく口にした佐藤という子だった。
「おめでとう」だなんて、悲しそうに笑う名前に、違うといいたかった。
自分が本当に好きなのはお前だと言いたかった。
けれど、それを言わなかったことに後悔はない。
だって、彼女は今も“生きている”から。









喉に残るアルコールがいつもよりも熱く感じる。
あれから、特定の相手を作れずにいる自分は、なかなか女々しいのかもしれない。いまだに彼女が忘れられないなんて。
ぼんやりとコップの中で揺れる酒を見つめていると、「そういえば」と店主が思い出したように声をあげた。


「最近、通いつめてくれるお客さんがいるんですよ」

「ほーん、ええことやん。常連客がおった方が店も安泰やろ?」

「けど、その人の頼みはちょーっと聞けないんですよね」


なんでその話をするのか分からない。
話題を変えようとしているのだろうか。
何の気なしに「なんでなん?」と尋ねると、店主が笑みを深めた。


「…なんでも、どうしても想いを伝えたかった相手がいるそうなんですよ」

「ふーん…。ええやん、戻させてあげれば。やましい気持ちで言うとるわけやないんやろ?」

「…そうですねぇ。けど、その人の過去を変えると、困る人がいることも知ってるんですよねぇ」


よく、何を考えているか分からない、と言われるけれど、この店主には負けると思う。
少しだけ眉を寄せていると、チリンチリンと店の扉が開かれた。
珍しい、こんな時間に客か。
「お、噂をすればっ!」何が嬉しいのか、笑いながらそう言う店主に、さっきの客が来たのか、とあまり気にも止めずにいると、店主がニヤリとちらをみ見た。


『…今吉?』

「っ!?は…?」


どこか聞き覚えのあるその声。
まさか。
ゆっくりと振り向くと、そこにいたのは、


「…名前…?」

『っ、今、よし…なんで、ここに…』


困惑した顔をみせる名前は、あの頃のあどけなさは無くなっていた。
けれど、その目は変わらない。
不安そうに瞳を揺らしながらも、その目には自分が映っていた。
もしかすると。
そう思って店主を見ると、店主が口の端をあげて笑うものだから、「やられたな」息をはく。


「こんな店やってる私の言えることじゃありませんが…、…過去じゃなくて、今をやり直すのもアリだと思いますよ」

「っ、…ははっ、……せやなぁ…」


自嘲気味笑ってから、椅子から立ち上がり、名前を見ると、名前もじっこ此方を見てくる。


「とりあえず、行こか」

『えっ、ちょ…ど、どこに?』

「ええからええから」


慌てる彼女は知らんぷりで話を進め、小さな背中を押して店からでる。
「またのお越しをー」なんて気の抜けた店主の声を背に足を進めていると、名前が「ちょっと待って」と足をとめる。


『…あの、今吉…私…私、貴方にずっと言いたかったことがあ…っ、ん!』

「先に言わんといてや、そういうんは、男の仕事やで」


小さな口を手のひらで押さえると、名前がその手を掴んできた。
その手に指を絡めるようにして、繋ぐと名前が恥ずかしそうに目を丸くされた。


「好きや」

『っ』

「今さら都合がええこと言うとるんは分かっとる。けど…あの頃からワシが好きなんは変わってへん」


「好きや」だめ押しにもう一度囁いて、小さな体を腕の中へ閉じ込めた。
鼻腔をくすぐる彼女の甘い香り。
ずっとこうしたいと願っていた。
腕に力を入れて、より強く抱き締めると、名前の手が背中に回された。


『あそこの店主さんが…教えてくれたの』

「うん」

『自分の幸せより、大切な人を守るために、嘘をついた馬鹿がいるって』

「…バカ、なぁ…」

『うん、馬鹿よ。そのくせ、今になって気持ちを教えてくれるなんて、大馬鹿よ。けど…そんな馬鹿しか見えてない私は、もっと馬鹿ね』


眉を下げて笑う名前。
つられて笑ってから、彼女の唇を奪うと、名前は恥ずかしそうにはにかむ。
「…ほな、行こか」「え?あ、ど、どこに?」「えー、決まってるやん。この辺、ホテルとかあった?ああ、別にうちでもええか」「なっ!?」
顔を真っ赤にさせる名前の手を引きながら、夜の街を歩き続ける。

少し、怖い。
自分のせいで、また彼女を失うことになったりはしないだろうか。
そう考えてしまう。


『…今吉、』

「ん?」

『…ううん、なんでもないよ』


失うことは怖い。
けど、もう、離したりしない。
いや、離すなんてできないな。
隣を歩く名前にばれないように笑って、繋ぐ手に力を込めると、大丈夫、まるでそういうように握り返されたのだった。

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