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宮地がやり直す 中編


「あれ?ちょっと笠松さんびしょ濡れじゃないですか?」

「わりぃなこんか格好で」


笠松に連れて来られたのは、お世辞にも綺麗とは言えないビルの一階にあるなんの店かも分からない店だった。
「タオル要ります?」「頼む」と笠松とその店の店主らしき男のやり取りを見ていると、 男が笠松から俺に視線を向けてきた。


「こちらが今日のお客さんですかね?」

「ああ」

「は?…ちょっと待て。俺は別に…」

「御客さん、何か後悔してます??」

「っ」

「…はは、お客さん嘘つけないでしょ?」


「顔に出てますよ」ニヤリと口角をあげた男。
なんなんだコイツ…。
チッと舌打ちをすると、「まぁお兄さん落ち着いて」と男はヘラリと笑う。


「この分だと口で言っても信じてくれないでしよまねぇ」

「すまん」

「あはは、笠松さんと同じですね。いいですよ、後払いで」


いったい何の話をしているんだ。
自分でも眉が寄るのが分かる。
こんなとこで俺は何をしているのだろうか。
帰ろう、と笠松と男に背を向けようとすると「宮地」と笠松に呼び止められた。


「…んだよ」

「ほれ」


ポイッと投げられたのは一粒よ飴玉。
「なんだよ、これ」「食え」「はあ?」「いいから、騙されたと思って食え!」「お前な…馬鹿にすんのもいい加減に」「助けたいんだろ?」「っ」


「助けたいんだろ?」


笠松の顔は真剣そのものだった。
ジッと自分の手のひらにのる飴を見つめる。
ああ、もうどうにでもなれ。

ガリッという音と共にそれを噛み砕くとなんだか意識がぼんやりとしてきた。
「頑張れよ」という笠松の声が遠退く意識の中聞こえたような気がした。








「う…っ」

『ちょ、ちょっと宮地!?大丈夫!?』

「ああ、だいじょ……っ!?名前!?」

『?な、なに?どうしたの?』


ちょっと待てよ、どういうことだ。
目を丸くして目の前の彼女を見ると不思議そうに首を傾げている。
本物なのか?それとも夢か何かだろうか。
ソッと手を伸ばして名前の頬に触れると「宮地?」と名前が不安そうな顔をした。


『…宮地?どうしたの?』

「…触れる……お前、幽霊とかじゃねぇんだな?」

『…あんた熱でもあるの?』


「大丈夫?」と俺の額にてを当てる名前。
その手は少しだけひんやりとしている。
ああ、本物だ。


「っ…」

『!?ちょ、ちょっと宮地!?な、泣いてるの!?』

「っ、な、泣くか馬鹿!!埋めるぞ!!」


少しだけ浮かんだ涙を強引に拭うと、「やっぱり泣いてるじゃないっ!」と名前が呆れたように言った。


『なに?まだフラれた彼女のこと引き摺ってるとか?』

「…彼女?」

『…あんた、先週フラれたんでしょ?私とバスケ、どっちが大切なのーって』


…嘘だろ。
ゴクリと唾を飲んでから、携帯の画面をつけた。

日付は、見事に約10日前をさしていた。


「…マジかよ…」

『…宮地?あんた、本当に大丈夫?病院行く?』


怪訝そうに此方を見てくる名前。
そうだ、思い出した。
確かに10日前に、俺はコイツと昼飯を食っていた。
そしてこのあとは確か…。
そこで、ハッとした。
そうだ、確かこのあとは、
ブーブーとなるバイブ音。
それに気づいた名前が、携帯をとった。
いや、とろうとした。


「待て」

『え?』


電話に出ようとする名前の手をとると、デカイ目が、不思議そうに丸くなった。


「…カレシから、だろ?」

『そう、だけど…』

「出るな!…頼むっ…、」


ジッと彼女を見つめると、その瞳が少しだけ揺らいだ。
まるで、何かに迷っているように。


『…でも、その…出ないと…その…あの人、怒るから…』

「怒る?どんな風に?」


「それは、」と口ごもった名前はソッと顔を伏せた。
ああ、俺はなんて馬鹿なんだろうか。
よく見ればこんなにも分かりやすいのに。
コイツが、苦しんでいることが。


「…酷いこととか、されてねえか?」

『っ!!な、何言ってるのよ…そんなこと…』

「名前」

『…っ』

「俺に、嘘つくなよ」

『み、やじ…っ、』


大きな黒目が揺れて、揺れて、一筋の涙が彼女の頬を流れた。


『っ…みや、じ……宮地…!!』


“助けて……!!”


名前のSOSのサイン。
もう、あんなこと起こしたくない。
力強く頷くと、名前が本の少しだけ、不安そうに笑う。


「んな、顔すんな」

『え…』

「ぜってえ助けてやる」


少し乱暴に名前の髪を撫でると、今度こそ嬉しそうに「ありがとう」と笑ってくれた。

それは、もう、二度と見ることはできないと思っていたコイツの笑顔だった。

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