夢小説 完結 | ナノ
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大学1年になりました38


タイガのダンクが外れる。ゴール盤に当たって跳ね返ったボールの先には、テツヤくん。ボールを押し上げるような不思議なフォームでの彼のシュートは、ゆっくりと再びゴールの方へ。ボールがネットを潜るその瞬間、ビーっと鳴った試合終了のブザー。ブザービートで決まったテツヤくんのシュートにより、結果は81VS80。誠凛高校の逆転勝利となった。

隣で見ていたさつきちゃんがゆっくりと息を吐く。青峰くんもどことなく嬉しそうに頬を緩めた。私は。私も嬉しい筈なのに、涙を流して退場して行く黄瀬くんや幸くんたちの姿に、胸が痛い。
そっと目を閉じて指輪を握る。大きくすって、ゆっくりゆっくりと息を吐くと、「名前さん?」とさつきちゃんが不思議そうに首を傾げた。


『…幸くんに、会いに行こうかな』

「笠松さんに…ですか?」

『うん。幸くん、これで海常バスケ部は引退だから、せめて…お疲れ様って言ってあげたくて』


誠凛に勝ってほしかった。そんな奴が何を言っているのかと思われるかもしれない。それでも、行きたい。行かなくてはならない気がした。
指輪から手を離して青峰くんとさつきちゃんに小さく微笑む。少し驚いたように目を丸くする2人に「それじゃあね」と一言断って足を動かすと、向かった先は海常高校の控え室だった。












控え室へ着くと、中から話し声が聞こえてきた。どうやら試合後のミーティングをしてるらしい。邪魔をするわけにも行かないので、控え室の側で壁に背を預けて待っていると、控え室の扉が開き、まず初めに出てきたのは目元を赤くした黄瀬くんだった。


「え…名前さん…?」

『…お疲れ様、黄瀬くん』

「なんで、ここに…」


そこで黄瀬くんが何かに気づきたように視線を後ろへ流した。その視線の先。黄瀬くんの後ろから現れたのは、幸くんだった。


「…名前姉、」

『…幸くん…』

「…悪い、森山、小堀、先に行っててくれ」

「…分かった」


控え室から次々と出ていく海常の選手達。最後に監督さんが出てくると、少し驚いたように私と幸くんを見つめた。お辞儀をすると、察してくれたように監督さんも手をあげて答えてくれ、幸くんに一言何かを言うと、選手の皆の後を追っていった。
「…とりあえず、入れよ」という幸くんの言葉に従い、誰も居なくなった控え室へ幸くんと入る。扉を閉める幸くんを見ると、黄瀬くんと同じくらい彼の目は赤くなっていた。


「…負けた」

『…うん』

「前のように傲りも油断もなかった。それでも…負けた」


拳を作る幸くんの手が震えてる。俯いたまま顔をあげない彼に歩み寄り、そっと頬に手を添えると、幸くんの顔がゆっくりとあがった。瞳が、揺れている。薄らと涙の膜を張ったまま、ユラユラと揺れる灰青色の目に微笑んで見せると、幸くんの顔がくしゃりと歪んだ。


『誠凛を、応援していた私が言っていいことじゃないかのかもしれない。それでも、言わせて。…お疲れ様、幸くん。凄く、凄く、かっこよかった』

「っ…たく…ホントは、優勝するとこ見せるつもりだったんだよ。なのに、負けて“カッコイイ”って言われるとはな」

『…でも、本当にそう思ったから。…これまで、幸くんが頑張ってきた事が、ちゃんと分かる試合だったよ』


頬を包んだままだった手を離す。幸くんはまだ少し不満そうだけれど、それでも私は、何度聞かれても言える。かっこよかった。今日の幸くんは誠凛のみんなに負けないくらいかっこよかったのだ。
ふっと笑みを見せると、幸くんの顔にも漸く笑顔が浮かんだ。良かった。笑ってくれた。柔らかく目を細めて幸くんの笑顔を見つめていると、不意に笑顔を消した幸くんの手が私の腕を掴んだ。え、と思った時には腕を引かれていて、前へ傾いた身体は、幸くんの腕の中へ。


『…幸くん…?』

「…優勝する、つもりだった。本当は優勝してから言うつもりだった。…でも、今、言わせてくれ」



好きだ。



幸くんの声が控え室に響く。シンとした空気が自分の鼓膜を揺らした時、漸く彼の言葉の意味を理解した。好きだ、と幸くんを言ったのだ。幼馴染みとして、姉のように慕っているからではない。彼の声は、“男の子”のものだった。


「…ちっせえ頃から一緒にいて、名前姉にとって俺は、…俺は、弟みたいなものかもしれない。それでも、俺にとって名前が姉になったことは一度だってなかったんだ。ずっと、ずっと名前が好きだった」


痛い。痛い。抱き竦められる腕に力が篭っているからじゃない。幸くんの声が、想いが、深く深く胸に刺さるから。そして、私は、この想いに、応える事が出来ないのだ。
目尻に浮かんだ涙が頬を滑り落ちる。耳には幸くんの言葉が響いているのに、脳裏を掠めるのは、彼の、清志くんの顔だった。


『…ありがとう…ありがとう、幸くん…。小さい頃から君の傍にいたのに、指輪にばかり目を取られて、あなたの気持ちに気づけなかった私を…こんな情けない女を…好きだなんて言ってくれて、本当に、本当にありがとう…でも、私は、』


私は、清志くんが、好きだから。


初めて声にした想いは思っていたよりもずっと愛しいものだった。幸くんの腕が優しく外される。身体を引いて目の前の“男の子”を見上げると、悲しそうに、でも何処かスッキリとした表情で幸くんは緩やかに微笑んだ。


「…そっか…まあ、届かないとは思っていたが…まさか宮地を好きになってるとはな」

『意外?』

「…そうだな。てっきりアイツも、俺と同じだと思ってたから、意外と言えば意外だな。…けど、名前姉が“好きだ”って言える相手が出来たなら、それだけでも俺は嬉しいよ」


「頑張れよ」と言う幸くん。自分を振った相手の幸せをこんな風に祝ってくれるだなんて、なんて優しい人なのだろう。きっと彼には、私なんかよりもずっとずっと素敵な人が現れる。その時が来たら、私も彼に「おめでとう」と笑って言ってあげたい。

いつの間にか流れていた涙が止まる。幸くんと目を合わせて頷いてみせると、満足そうに目を伏せた彼は優しく優しく笑ってくれた。

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