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大学1年になりました37


あれから、泣き終えた清志くんは、目元を赤くしたまま秀徳バスケ部の皆の元へ戻って行った。帰り際に、1度足を止め、振り返った清志くんの顔には笑みが浮かんでいた。

「…名前、ありがとな」

そう一言だけ。たった一言だけなのに、清志くんのその言葉は、とても、とても嬉しくて、思わず涙が溢れた。


観客席へ戻ると、丁度後半戦が始まる直前になっていた。思っていたよりも長く清志くんといたらしい。
少し急いで階段を上ってきたせいで乱れた呼吸を整えるために大きく深呼吸をし、スコアボードを確認する。
44対44。どうやら前半は同点で終えたらしい。海常と誠凛は春の練習試合の事もあり、お互い気合いは十分だろう。後半はどうなるだろうかと、逸る気持ちを抑えるようにもう一度大きく息を吸ってゆっくりと吐くと、控え室から両チームの選手が戻ってきた。着ていたジャージを脱いで試合の準備をするためにコートの中へ入るメンバーを見つめていると、不意に海常側のベンチに座る目立つ金色の髪が目に入った。


『黄瀬くん…?』


目を見張って黄瀬くんを見つめると、どこか心配そうな顔をした彼は、じっとコートの中の仲間達を見つめていた。
黄瀬くんがベンチ。海常は大丈夫なのだろうか。
ブー。と鳴った試合再開のブザーの音に再びコートに視線を移す。海常と誠凛の2度目の対決。果たして結果はどうなるのだろうか。










「もう!大ちゃん早く歩いてってば!」

「だから、んな押さなくても自分で歩くっつーの!」


暫く観戦していると、不意に聞こえてきた聞き覚えのある声。あれ、この声は。
聞き覚えのある声に観客席へと入ってきた2人組を確認すると、青とピンクの2人組に目を見開いた。


『青峰くんにさつきちゃん…?』

「え、…名前さん!?」


桃色の目を丸くしてこちらを見るさつきちゃん。あ、やっぱり2人だったのか。なんて考えながら、視線を青峰くんに移すと、目が合った彼は何処か気まずそうに唇を尖らせた。


「…よう」

『…ふふ、こんにちは』


ぶっきらぼうな挨拶がなんだか可愛らしくて、つい笑みを零すと、不機嫌そうに眉根を寄せた青峰くんはコートへと視線を移す。すると、今度は彼の青色の瞳が大きく見開いた。


「…良かったな、さつき」

「え?」

「どうやらちょうど役者が揃ったとこらしいぜ」


「クライマックスだ」という青峰くんのセリフに、自分もコートへ視線を戻すと、水色と黄色の2人が、コートへ入っていくのを確認する。黄瀬くんとテツヤくんが戻ってきた。
点数板を確認すれば、点差は15点差で誠凛リード。このまま順当に行くのなら、誠凛が勝つとは思う。だけど、コートに入った瞬間、黄瀬くんから溢れ出る鋭い空気は、ここまで伝わってきた。彼がこのまま終わるとは思えない。
その予想通り、コートに戻った黄瀬くんは青峰くんや赤司くん、紫原くんの技を使い徐々に誠凛の背中に近づいていく。そして。


「海常頑張れー!!」

「絶対逆転出来るぞー!!」


会場中に響き渡る海常コール。確かに、観ている側としては、海常を応援したくなる気持ちは分かる。でも。


「これは俺たちのドラマだ!筋書きは俺たちが決める!!」


黄瀬くんにぶつかってしまった大我に向けて非難が飛ぶ中、ここまで届いてくる大我の声。大我らしいなあ。目尻を下げて思わず微笑むと、「名前さんは、」と隣で観戦していたさつきちゃんが少し控えめに口を開いた。


「名前さんは、誠凛を応援してるんですか…?」

『うん、まあね』

「でも、あの…名前さんって、海常の笠松さんと幼馴染みなんですよね?それなら、」


よく知ってるなあ。あ、そう言えばテツヤくんが、彼女は情報収集のスペシャリストだと言っていた。複雑そうな顔をしているさつきちゃんに、苦笑いを零しつつ、チラリと青峰くんを見ると、偶然なのか一瞬目が合い、すぐに逸らされてしまった。


『幸くんは、大事な幼馴染みだよ』

「じゃあ、」

『…それじゃあさ、さつきちゃんは、桐皇じゃなくて誠凛を応援してた?』

「え…」

『さつきちゃんにとって、テツヤくんは大事な人だよね?なら、誠凛と桐皇の試合で、さつきちゃんは誠凛を応援した?』

「そ、れは…ないです。私は、桐皇のマネージャーだから、試合に私情は持ち込んだりしません」

『じゃあ、私情ではテツヤくんの事を応援してた?』

「っ…それは…」


ああ、少し意地悪な言い方になってしまった。言い淀んだ彼女に「ごめんね」と謝りつつ、手を伸ばして頭を撫でると、さつきちゃんは緩く首を振った。


『…人の気持ちって不思議だよね。大切な人がいたとしても、応援したいチームは別だったりする。誠凛と桐皇の試合もそう。翔一くんにとっては最後のウィンターカップだった。だから、彼のことは応援したい。でも…誠凛には負けて欲しくなかった。テツヤくんや大我に、皆を倒して欲しいと思った』


ズルいやつだと自分でも思う。でも、本心なのだ。翔一くんや健介くん、清志くん、そして幸くんに負けて欲しいなんて思ったことなんて一度もない。
「狡いよね」と眉を下げて微笑むと、ブンブンと勢いよく首をふったさつきちゃんも複雑そうに笑った。


「…その気持ち、分かります。凄く、分かります…」


チラリと青峰くんの横顔を盗み見たさつきちゃん。それに気づいているのかいないのか、青峰くんの視線は試合から逸らされる事はなく、真剣に試合の様子を見つめている。うん、やっぱりこういう彼の方が好きだな。緩まる頬をそのままに、さつきちゃんの頭を軽く撫でてから試合へと視線を戻すと、丁度その時、黄瀬くんが逆転の一手を打った。


「逆転!!!!海常の逆転だ!!!」


湧き上がる歓声。このまま誠凛が負ける。なんて絶対に思えない。だってまだ、皆の目は死んではいない。ブーとなったブザー音。どうやらリコちゃんがタイムアウトをとったらしい。
こっちまで伝わってきた緊張を解くように、ふうっと息を吐いた時、不意に手摺を握る青峰くんの手に目がいった。


『…試合、したかった?』

「っは?」

『手、凄い力が入ってる。そんなに力を込めなきゃ我慢出来ないくらい、テツヤくんたちが羨ましいんじゃないのかなって』


青峰くんの手を見ながらそう指摘すると、罰が悪そうに眉間に皺を寄せた青峰くんはサッと手摺から手を離してしまう。別に隠さなくてもいいのに。
「羨ましいね、大ちゃん」「…別に、」「もう、強がらなくていいのに!」「強がってねえよ!」
なんて2人のやり取りについ笑ってしまうと、不満げな顔をした青峰君に睨まれてしまった。…可愛いなんて言ったら、怒るかな?


『また出来るよ。青峰くんが、皆がバスケを続ける限り、きっと』

「…はっ、そん時は今度こそぶっ潰すけどな」

『ふふ、うん、そうだね。…ねえ、青峰くん、…バスケットボール、好き?』


ずっと聞きたかった。テツヤくんとの試合に敗れた彼に、ずっとずっと聞いてみたかった。じっと青峰くんの青い瞳を見つめると、ガシガシと後頭を
掻いた青峰くんは、コートを見つめて呟いた。


「…じゃなきゃ、今までやってねえよ」


不器用で、小さな答え。その答えにさつきちゃんと顔を見合せて笑うと、漸くタイムアウトが開ける。
テツヤくん、君ならきっと出来るよ。君ならきっと、赤司くんを、征十郎くんを変えられる。だから。


「頑張れ」


と呟いた声は、試合再開によって高まった熱に吸い取られた。

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