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大学1年になりました34


健介くんと別れた後、アレックスさんと辰也を探していると、タイミングよく、2人が前から歩いてきた。良かった。探す手間が省けてしまった。
ホッと胸を撫で下ろして2人に駆け寄ると、「名前…?」と目を丸くした辰也の顔に赤い血が流れていることに気づく。


『た、辰也っ!?そ、その怪我は…?』

「かすり傷だよ」

『で、でも、血が…』


慌ててポケットからハンカチを出して辰也の血を拭おうとすると、「…あ!」とアレックスさんが不意に声をあげた。どうしたのだろうかと辰也と2人で彼女を見ると、にっこりいい笑顔を浮かべたアレックスさんが辰也の背中を押した。


「悪い名前、私の代わりに辰也をmedical officeまで頼む」

『め、めでぃ…?あ、医務室のことですか?』

「そうそう医務室だ!私はちょっと用事を思い出してな!」


「それじゃあ頼むぞ!」そう言って歩き去っていってしまったアレックスさん。ぽかんとしながら、アレックスが歩いて行った廊下の奥を見つめていると、隣の辰也から小さな笑い声が漏れてきた。
数回瞬きを落として辰也を見ると、「すまない、」と微笑んだ辰也が大きな左手を目の前に。


「…行こうか」


まるで紳士のようにエスコートしようとしてくれる辰也。相変わらずだなあ。と苦笑いを浮かべつつ、辰也の手を握って歩き出すと、何処となく嬉しそうな顔をした辰也が隣を歩く。
高校生と大学生が手を繋いで歩くなんて異様だろうか。いや、きっと周りからは仲睦まじいカップルに見えるのだろう。
チラリと伺うように辰也の横顔を盗み見ると、辰也はただ穏やかに笑っていた。










『失礼します、』


“医務室”と書かれたプレートの掲げられている部屋のドアをノックして開けると、あまり嗅ぎなれない薬の匂いが鼻腔を擽る。この匂いが、私は苦手だ。和也さんが事故に合ったあの日、彼に会いに行った病院でも、こんな匂いが漂っていたから。
グルリと部屋の中を見渡すと、どうやら医務室の先生はいないらしい。仕方なく、辰也を椅子に座るように促して、手近にあったガーゼで傷を抑えるように言うと、言われた通りに辰也が傷口にガーゼをあてた。


『まだ、血が流れる?』

「いや、もう大分止まってるよ」

『…消毒したいけど…勝手に使ったら怒られるかな…』


どうしたものかと並べてある薬を一瞥すると、「名前、」とやけに真剣味を帯びた声が医務室に響いた。視線をゆっくりと声の主である辰也へ向けると、辰也の目が、まっすぐに私を捕らえていた。


「…名前、俺は…名前に謝らなければならない」

『…アレックスさんから、何か聞いたの?』


辰也の言葉に、陽泉戦でアレックスさんと話した事を思い出しながらそう尋ねると、辰也の首が小さく縦に頷いた。


「…すまない…俺は…あんな偉そうな事を言っておきながら、名前への気持ちが“嘘”だった…。けれど、あの時俺は、これが“恋”だと、そう…信じていたんだ」


「すまない、名前」と小さく震えた声で謝ってくる辰也。「気にしなくていいんだよ」と微笑んで見たけれど、辰也の瞳は哀しそうにゆらゆらと揺れ動いている。
小さく笑って、今度は辰也の髪を撫でると、少し俯き気味だった顔がゆっくりとこちらを向いた。


『辰也は、どうしてこれは“恋”じゃないって気づけたの?』

「……俺は、ずっと欲しかった。大我や敦のような“才能”が、欲しくて欲しくて堪らなかった。…でも、今日大我たちと戦って負けたとき、気づいた。どんなに望んでも、手に入らないものはある。けど、例えそれが手に入らなくても、自分なりの道があるんじゃないかって」

『…うん』

「…そうして気づいた時、名前の顔が頭に浮かんできた。指輪をくれた相手ばかりを見つめる君に、俺は俺を見て欲しかった。でもそれは…きっと“恋”ではなくて、俺が自分の“欲”を満たしたいが為に望んでいたんじゃないかって」

『…そっか…。あのね、辰也。誰にだって間違うことはあるんだよ。辰也みたいに、自分の気持ちを勘違いする人だって沢山いる。人って、間違って成長していく生き物だから。…だからね、辰也。謝らなくていいの。私は、辰也が自分で“違う”って気づけたなら、それだけで十分だから』


人は、間違う。私だったそうだ。
和也さんの気持ちを勝手に決めつけて、見えなくなった彼の背中をずっとずっと追いかけてきた。けど、気づけた。そうじゃないのだと、皆のおかげで気づくことができた。
だから、辰也が自分でこれは“恋”ではないと気づいたのなら、私はそれだけでいいのだ。
頬を緩めて辰也のサラサラの黒髪に指を通すと、きゅっと結ばれた唇がゆっくりと開いた。


「…ありがとう、名前」

『…ふふ、どういたしまして』


薬の匂いが香る部屋の空気がやんわりと和らぐ。
今度から、少しだけこの匂いが好きになれるかもしれない。

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