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大学1年になりました32


“俺の気持ちを疑うのはやめてくれ”


夕暮れの公園で辰也はそう言っていた。あの時私は、自分の中の和也さんを守る事に必死で、辰也の気持ちを拒むことしか頭になかった。でも、今和也さんの事を抜きにして考えてみても、どうしても辰也の“好き”を素直に受け取る事が出来ない。










『もうすぐですね…』

「ああ、始まる」


誠凛の準々決勝。相手は秋田の陽泉高校。健介くんや紫原くん、そして辰也のいる学校だ。
アップをする皆の姿を見ながら、二階席の手すりを掴む力を強めると、それに気づいたアレックスさんがそっと背中を撫でた。


「…どうした?」

『え…』

「顔が強ばってる。そんなに辰也と大我が戦うところを見たくないのか?」


そんなに顔に出ていたのか。心配そうに眉を下げて、顔を覗き込んでくるアレックスさん。「それだけじゃないんです」と緩く首をふると、眼鏡の奥の彼女の目が少し丸くなった。


『…陽泉には他にも知り合いがいて…応援したいんですけど、誠凛に勝って欲しいと思ってしまうんです』


「ズルいですよね」とフロアにいる健介くんと紫原くんを見つめて目を細めると、背中を撫でてくれていた手が今度頭の上に乗せられた。


「そんな事ないさ。優しいのはズルい事なんかじゃない」


優しく髪を撫でて微笑むアレックスさん。美人だなあと見惚れながら、「ありがとうございます」とこちらも笑って返すと、満足したように彼女は頷いた。
そのタイミングで丁度整列の号令が掛けられた。ついに始まる。
センターサークルを中心に向かい合って並ぶ選手達を見つめていると、不意に、辰也の視線がこちらに向けられた気がした。


「「「「「「お願いします!」」」」」」


体育館中に響いた選手達の声。
誠凛対陽泉。勝利の女神が微笑むのはどちらだろうか。












「…心配か?」

『え、?』


試合が進み、ベンチへ下げられた大我がリングを外したのが目に入った。あのリングはただの飾りなんかではない。辰也と大我の兄弟の証のはず。
黒子くんにリングを渡す姿に思わず目を細めると、じっと観戦していたアレックスさんが小さく苦笑いを浮かべた。


「あれは大我なりのケジメなのかもな」

『けじめ…』

「恐らく辰也が何か大我に言ったんだろう。アイツは勝負に関してはとことんsevereだからな」


妥協をしない辰也らしいと言えば確かにそうだ。アメリカ留学に行っていたあの頃も、辰也は大我の才能に憧れるような口振りをしていた。
自分の持っていないモノを持つ弟分。兄として、辰也にはそれが酷くショックだったのだろう。だからこそ彼はここで真っ向から大我を倒すと決めたのだ。
自分の中の憧れを超えるために。兄である事を捨ててでも、大我の“才能”に打ち勝つために。


『…アレックスさん、私…アメリカから帰る前に辰也に言われたんです。“愛してる”って』

「…ああ。聞いたよ、タツヤから」

『あの時は、指輪の相手…和也さんの事しか考えられなくて、拒むことしかしなかったんですけど、でも、今改めて考えると、どうして辰也が私にそんな事を言ったのか分かる気がします』


久しぶりにそっと指輪を包む。
そっと目を伏せて、いつの間にかコートへ戻った大我を見つめると、今まさに辰也と対峙している所だった。


『辰也は、彼はきっと、私が欲しかったんじゃなくて…“自分の手に入らない物”が欲しかったんだと思うんです』


大我が、辰也のシュートをとめた。
下唇を噛んで辰也を見つめると、彼の綺麗な顔が悔しそうに歪んだのが分かった。

天才と呼べる才能。
和也さんしか見えない私。

欲しいと思っても簡単には手に入らないもの。だからこそ、辰也は私に手を伸ばそうとした。諦めなければ手に入る。そう、信じたくて。


「…タツヤの事を、怒っているか?」

『怒る?どうしてですか?』

「“手に入らないから欲しい”。そんな風に考えていたからこそ、名前に好きだと言ったんだとしたら、タツヤの気持ちは嘘だった事になるんだぞ?」

『…怒ったりなんて、しません。例えそれが“愛”ではなくても…辰也が欲しいと思った気持ちは本当だと思います。それに、』


それに、私だって変わらない。今まで散々皆のバスケを和也さんのものと重ねてきたのだ。辰也だけを責めることなんて出来る筈がない。
大我の動きがドンドンよくなっていき、陽泉側に焦りの色が見え始め、目に見えて辰也の顔色が変わっていく。

“…そんなアイツの成長は嬉しいはずなのに、少し、羨ましくもある…”

アメリカで聞いた辰也の想い。気持ちの矛盾に苦しんでいた辰也が、今、その壁にぶつかっている。
才能を求める事が単に悪いと言うわけではない。バスケが好きなら、その気持ちに見合うだけの力も欲しくなる。でも、


『…私の、大切な人もバスケをしていて、彼、言ってました。“バスケはチームでするものだろ”って』

「…ああ、そのとおりだよ。タツヤはタイガに負けたくないからと、天才的な“才能”に追いつく事を諦められずにいる。けど…私は、タツヤも、タイガだって、まだちゃんと分かっていないと思う。バスケは1人でやるものじゃないって事をな」

『…優秀すぎる才能があると、1人でも勝てると思ってしまうんでしょうね…』


悲しそうに目を細めるアレックスさんの言葉に、脳裏には青峰くんの姿が映った。黒子くんから聞いた事がある、“俺に勝てるのは俺だけだ”という彼の台詞はまさにその通りだ。バスケを1人でするものと思っているからこそ、そんな言葉が出てくるのだろう。
相手ゴールに向かっていった大我のダンクが紫原くんに止められたのを見て、下唇を噛み締めると、アレックスさんの手が再び背中にそえられた。


「大丈夫。アイツらならきっと分かるさ」

『…そう、ですね…』


バスケはチームでするもの。この試合が終わったとき、辰也や紫原くんの胸に、その言葉は刻まれているだろうか。

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