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大学1年になりました25


誠凛WC本戦出場が決まってから数日。なんで私、ここにいるんだろう。











「あれ?名前ちゃん平気?なんか元気ないね?」

『え、あ、いえ…大丈夫です』


少し広いカラオケボックスに集まっているのは、同年代の男女8人。そう、合コンだ。
「人が足りないの!お願い!!」と頼んできた友人を断りきることが出来ず、渋々参加することなってしまったのだけど、正直帰りたい。やっぱりこういうのは向いてないし。
小さく息をついたとき、席替えで隣に座った男の子…吉野くんが「やっぱり具合悪い?」と顔を覗き込んできた。
…よし。心配かけるのは悪いけれど、そういうことにしてしまおう。


『…すみません。やっぱり体調が良くなくて…。私、お先に失礼させて貰っていいですか?』

「あー…具合悪いのは仕方ないね」


良かった。物分かりのいい人だった。
ホッと息をついて、それでは帰ろうと立ち上がると、何故か隣の彼も立ち上がる。


「名前ちゃん、具合悪いみたいだから、ちょっと送ってくるわ」

『え。で、でも…』

「いいからいいから。ほら、行こうぜ」


にっこり笑って見せた吉野くんはそのまま私の腕をとるとカラオケボックスを後に。最後の頼みと、部屋から出る際に友人たちを見れば、楽しそうに「いってらっしゃーい」と手を振られてしまった。嘘でしょ。
軽い足取りで腕を引いて歩く吉野くん。出来れば腕を離して欲しい。バレないようにため息をつくと、「名前ちゃんさ、」と話しかけられる。


『は、はい?なんでしょう?』

「…その指輪、彼氏から貰ったの?」


吉野くんからの質問に思わず指先を見ると、胸元で揺れる指輪に触れていた。ああ、無意識って凄い。
ゆっくりと手を離して、小さく首をふると、それを見た彼はピタリと足を止めた。


「え、違うの?」

『…今は、彼氏はいないので…』

「ふーん…じゃあ元カレからとか?」

『…そんな、ところです』


腕を掴む吉野くんの力が強まる。
スッと細められた目から逃げるように視線を逸らすと、さっきまでの人の良さそうな笑顔を消した彼は口元に弧を描いた。


「おっも」

『っ』

「前の彼氏から貰った指輪つけてるってさ、流石にヤバくない?そんなんじゃ忘れられないでしょ?」

『…あなたに、関係ないと思いますけど』

「えー?でもさ、男を忘れるには男って言うじゃん?俺、名前ちゃんがその人を忘れる手伝いはできると思うけど」


「忘れるなら、早い方がいいよね?」そう笑って言ってのける彼に、心臓の奥が冷たくなっていく。
吉野くんは、悪くない。これが普通の感覚なのだ。
昔の恋人を忘れられずにいる私の方が、異常なのだ。
何も言わずに、ただ指輪を握り締めれば、黙ったままの私に痺れを切らしたのか、吉野くんの手が両肩を掴んだ。
あ、まずい。今は夜で、街から少し外れたここは人通りもあまりない。
さあっと背中に嫌な汗を流した時、吉野くん声が肌寒い空気を揺らした。


「俺が忘れさせてあげるよ」


そんな事、頼んでも、まして望んでさえもいない。
迫ってくる吉野くんの顔を睨むように見て、押し返そうとしたとき。


「触んな」

『っ!?…え…き、清志くん…?』


不意に後ろへ引かれた身体。そのまま傾いた私を支えてくれた相手をみれば、整った顔を歪ませて、吉野くんを睨みつける清志くんがいた。
どうしてここに。いや、それよりも清志くん。凄い顔してるんだけど。
突然の清志くんの登場にポカンとしていた吉野くんも、はっと意識を戻して、慌てた様子で睨み返した。


「んだよ、てめえ…」

「あ?それはこっちの台詞だっつの」

「俺は名前ちゃんを家まで送ろうと…」

「…なら、俺が送るからあんたは帰れよ」

「はあ?」


2人の間に流れる空気がどんどん悪くなっていく。ちらりと清志くんを伺えば、それに気づいた清志くんが庇うように前へ。

あ、男の子の背中だ。

吉野くんから隠してくれるように、前へ広がる逞しい背中に一瞬目を丸くしていると、吉野くんに一言二言何かを言った清志くんは、「行くぞ」と私の腕を掴んで歩き出した。
不思議だ。吉野くんに掴まれていたときはあんなに嫌だったのに。清志くんが相手だと、逆に安心さえしてしまう。
ドクドクと音を鳴らす心臓に今更気づいて、その音が落ち着いて行くのを聞きながら、胸に手を当ててそっと息をはくと、暫く歩いた清志くんが足を止めて手を離した。


「っの馬鹿!!何やってんだ!!!」

『っえ…!?…えっと…ご、合コンの帰りで…』

「はあ?合コン?」

『に、人が足りなくなったからって頼まれて…』

「断れよ馬鹿!!轢くぞ!!」

『ご、ごめんなさい…』


清志くんの怒り様が半端ない。
勢いに押されて謝れば、深く息をはいた清志くんが蜂蜜色の髪をかきあげた。


「心配させんなよな…」


クシャリと歪んだ顔。少しだけ泣きそうに見えたのは気の所為だろうか。なんだか申し訳なくなってもう一度「ごめんね」と謝ると、どこか弱く微笑んだ清志くんの額が肩口に乗せられた。
フワフワと夜風に揺れる髪を撫でると、手持ち不沙汰だった清志くんの腕が腰に回された。


「…部活終わってから、寄り道して良かったわ」

『…うん…助かった。ありがとう清志くん』


腰を抱く腕の力が強まる。優しくてあったかい力。

吉野くんは、悪くない。彼の言っていることが普通だ。昔の恋人から貰った指輪を未だに外せない私が異常。でも。


『…さっきの人にね、言われたの』

「…なんて?」

『重いって。それに、前の恋人を忘れるなら、早い方がいいんじゃないかって』

「…んなこと、あいつに言われる筋合いねえだろうが。忘れたくなかったら無理に忘れなくていいんだよ。その指輪も…全部引っ括めて名前なんだから」


和也さんの事をずっと引き摺り続けていた私。
でも、清志くんは、皆は、そんな私を許して、受け止めてくれる。
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。堪えきれずにポロポロと涙を零すと、それに気づいた清志くんがまるで消すように指で涙を拭ってくれた。


「…初めて見たかも。名前が、そんな風に泣くの」

『…っ、ごめんなさい…。嬉しくて…』

「嬉しい?」

『っこんな私を、許してくれて、ありがとう清志くん』


涙で濡れた顔と声で伝えたありがとう。
少しでも想いが伝わってくれれば有難い。
ふんわり笑って見せると、それを見た清志くんも柔らかく微笑んだ。


「好きな奴のことだ。全部受け止めたいって思うのは当然だろ?」

『…ふふ。清志くん、いつの間にそんなこと言うようになったの…?』

「んだよ。悪いかよ?」

『ううん。…嬉しい、ありがとう』


目尻に浮かんだ涙。けど、泣くことを我慢するのはもう辞めよう。
弱さも強さも、全部見せたい。みんなになら、清志くんになら、見せてもきっと大丈夫。

そう、思えるようになったのは、やっぱり皆のおかげだろう。

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