夢小説 完結 | ナノ
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大学1年になりました12


海を見ると、胸が痛むのは、和也さんと2人で訪れた海があまりに綺麗だったからかもしれない。
あのときは冬で、誰もいない浜辺から2人で見た海は、夏のそれよりも遥かに輝いて見えた。それは多分、その海がどうとかではなくて、和也さんと一緒に見たからこそ、美しく見えたのだろう。

合宿2日目の夜。ロビーの近くにあるソファに座ってぼんやり指輪を眺め、そんなことを考えていると、「あれ?名前さん?」お風呂上がりなのか、髪を濡らした秀徳の子たちが現れた。
「こんばんは」と笑ってみせると、皆礼儀正しく「こんばんは」と返してくれた。うん、いい子だ。


「こんな所で何やってんだよ?」

『コンビニに行こうと思って』

「え?だったら俺一緒に行きますよ!もう夜だし、名前さん1人じゃ危ないっすよ」

『ありがとう。でも、大丈夫だよ?さっき日向くんにお願いして、待ってる所だから』

「は……日向?」

『うん、日向くん』


驚いたように聞き返してくる清志くんに頷き返すと、和成くんも少し目を丸くさせた。そんな2人に首を傾げたところで、首にタオルをかけた日向くんがやって来た。
秀徳の皆がいる事に驚いたのか一瞬目を丸くした日向くんは、次の瞬間、物凄く面倒そうに顔を顰めていた。コンビニに行くの、そんなに面倒だろうか。


「あー…こんばんは…」

「ん?おお、日向か、こんばんは」

『日向くん、眉間の皺が凄いけど、大丈夫?コンビニそんなに行きたくない?』

「…や、それは別にいいんすけど…視線がスゲエ痛いんすよ…」

『視線?』

「いえ、こっちの話っす」


ははっと乾いた笑みをこぼす日向くん。やっぱり、合宿で疲れているのかもしれない。
悪いことをしたな、と思いながらも、彼に頼ってしまう自分に苦笑いをしていると、「名前」と清志くんに呼びかけられて、顔を上げる。


「俺が行く」

『…えーっと』

「別に日向じゃなくてもいいだろ」

『…えっと…それは、その…』


珍しい。清志くんがこんな風に言うなんて。
いいよと言ってあげたいのだけれど、日向くんにお願いしたのは、実際はコンビニどうこうではないから、返事に困ってしまう。
首を捻って、どうしようかと迷っていると、呆れたようにため息をついた日向くんが庇うように前へ。


「あの、多分、俺じゃなきゃダメなんで」

「…あ?」

「あ、いえ!変な意味じゃなくて!…あー、その…なんつーか、多分俺に話したいことがあるんだと思います、苗字先輩」


日向くんの言葉に「そうなんですか?」と言うように見てきた和成くん。それに苦笑いを浮かべつつ頷くと、不機嫌そうに眉を寄せながらも清志くんと和成くんは渋々引いてくれた。せっかく甘えてくれたのに、ちょっともったいないな。
「それじゃあ、行ってくるね」と秀徳の彼らに手をふって合宿所を出ると、外には、夏にしては涼しい風が吹いていた。


「…俺、マジで殴られるかと思いました…」

『え?私に?』

「いや、高尾と宮地さんって人に」


歩きながらそんなことを零す日向くんに、「まさか」と笑うと、またため息をつかれた。最近、日向くんの私の扱いが雑になってる気がする。
しばらくコンビニへの道を歩きながら、他愛のない話をしていると、不意に「それで?」と日向くんが足をとめた。


「ほんとは、コンビニなんてどうでもいいんすよね?」

『……分かった?』

「まあ、そんなことだろうな、とは思いましたけど」

『…ごめんね。でも、日向くんに話すとスッキリするから、つい甘えちゃうんだよね』

「…なら、別にいいっすよ。1人で抱え込まれるよりは百倍マシですし」


少し照れたように頬を掻く日向くんに、少しだけ可愛いなあ、なんて思っていると、ザアッと波の音が耳に届いた。ここに来てから何度か聴いたその音にソッと目を細めると「先輩?」日向くんが心配そうな顔をした。


『…ねえ、日向くん』

「?なんすか?」

『…海、見に行こうよ』


ポカンとした顔をした彼に「ダメかな?」と眉を下げると、何かを察したのか、日向くんは黙って海の方へと歩き出した。


そう遠くない距離にある目当ての海にたどり着くと、サンダルの隙間から砂が入ってきた。ああ、海だなあ。徐にサンダルを脱ぎ捨てて海の方へ駆け寄ると「は!?ちょ、先輩!?」日向くんが焦ったように声をかけてきた。


『うわ!冷たい!!』

「何してんすか!」

『大丈夫。足だけだよ』

「…先輩、本当に精神年齢俺より一回り以上あるんすか…?」

『失礼だなあ』


呆れた目で見てくる日向くんにムッと唇を尖らせると、「冗談ですよ」と笑った彼も、サンダルを脱いでこちらへ歩いてきた。
「うお!マジで冷てえ」「でしょ?」「おー…なんか久しぶりだわ」「昼間はここで練習してるのに?」「“練習”すから、海に入ったりしませんよ」
パチャパチャと音たてながら、2人で浅瀬を歩いていると、雲に隠れていた月がゆっくりと顔をだして、海に写った。


「…綺麗なもんすね」

『…そう思う?』

「まあ…。先輩は思わないんすか?」

『…綺麗だなあ、とは思わないわけじゃけど、でも、これ以上に綺麗な海を見たことがあるから、あんまり』

「へえ、どんな海なんすか?」


日向くんの純粋な問に思い出すのは、和也さんと2人で見た、冬の海。寒い中、どうしてわざわざ海に行くんだと、文句を言う私を他所に楽しそうに海へと車を走らせた和也さん。
そんな彼に連れられてやって来た海は夏のものとは違って静かな海だった。「夏とはまた別で、綺麗だろ?」と得意げに笑った和也さんに、大きく頷いたのを、昨日のことのように思い出せる。

ぼんやり海に浮かぶ月を見ながら、“1番綺麗な海”について思い出していると、日向くんの手がポンっと頭の上に乗せられた。


「…んな顔して、どうせ和也さんと海に来たことでも思い出してるんでしょう?」

『…大正解。凄いね、日向くん』

「苗字先輩が分かりやすいだけっすよ」


クシャクシャと少し乱暴に髪を撫でられて、なんだな擽ったい。日向くんの優しさに、目頭が熱くなる。
胸の奥から滲み出そうになるソレを堪えようと下唇を噛むと、大きな手のひらが両頬を包んだ。


「我慢すんなら、俺がいる意味ないっすよ」

『っひゅ、っ…が、くん…』


ポロりと大粒の涙が頬を伝って海へと落ちる。次から次に落ちていく涙を見て、「意外と泣き虫っすよね」と冗談っぽく笑ってくるのも、日向くんなりの優しさなのだろう。
ポンポンと頭を撫でる大きな手のリズムに、漸く落ち着いてきて、ヘラり下手くそに笑えば、「これじゃどっちが年上か分からないっすね」と笑われた。全くその通りだ。


『…ありがとう、泣いたら、スッキリしたよ。ここに来てから、ずっと思い出してたんだ…和也さんと2人で見た、冬の海のこと』

「冬の海、すか」

『そう、冬の海』


もう一度見たいと願っても、きっと、もう二度と見ることは出来ないであろう、あの日の海。あの情景も波の音も、全てが愛しいのに、いっそ涙と一緒に海に溶け込んで消えてくれれば、どれだけ楽だろうか。
フッと自嘲気味に笑っていると、何かを思いついたように日向くんが夜空を仰いだ。


「…じゃあ、行きますか。皆で」

『え?』

「冬の海。…先輩が、和也サンと見た海ほど、綺麗ではないかもしれないっすけど…でも、多分、こっちで見る冬の海も、案外、悪くないかもしれないっすよ」


ニッと笑う日向くんの笑顔が眩しい。
「ありがとう」と目尻浮かんだ涙を拭うと、「礼はこの合宿の料理係で十分っすよ」と軽く笑ってくれるのだった。

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