高校2年になりました12
夏休みがあけてから数日。
約1ヶ月ぶりにバイトに出ると、マスターが「お帰り」と笑顔で迎えてくれた。
そんなマスターやマスターの奥様にお土産を渡して、久しぶりのバイトに勤しんでいると、チリンチリンと鈴がなった。
『あ、真くん』
「……なんだ、もう帰ってきたのかよ」
「そこはお帰りでしょう?」なんて冗談を言うと、はいはいと流された。
年下にあしらわれるなんて…。
いつも通りカウンターに座る真くんをちょっとジト目で見ていると、「はいはい、お帰りお帰り」とまたあしらわれた。酷いなぁ。
すると、そんな私たちのやり取りを見ていたマスターがクスリと笑う。
ん?とマスターを見ると、マスターは面白そうに真くんを見ていた。
「花宮くんは照れ屋さんだね」
「は?」
「彼女がいない間は全く来なかったのに」
「なっ!」
え、と真くんを見ると、珍しく真っ白い頬を染めている。
なんだ、そういうことね。
ニヤニヤしながら真くんを見ていると、「笑うな!」と怒られてしまった。
まあ、それも可愛いのだけれど。
頬を緩めて真くんを見ていると、今度は怒鳴るのではなく、人一人殺せそうな勢いで睨まれたので、流石にからかうのはそこまでにした。
『あ、そういえば、高校はどこいくの?』
「は?…あー…霧崎」
『え?霧崎って…偏差値高いよね?お茶なんてしてて大丈夫なの?』
「誰に言ってんだよ。いい子に勉強なんかしなくても受かるっつーの」
呆れたように返してくる真くん。
そういえば、彼は模試で一位を取ったこともあるんだった。
羨ましいなぁ、と見つめていると、チリンチリンと再び鈴がなった。
『いらっしゃいませっ…て、あれ?翔一くん?』
「なっ…!」
「どうも」
片手をあげて挨拶を返してきた翔一くん。
そういえば、彼とも1ヶ月以上会ってなかった。
「なんだか久しぶりだね」「せやなぁ」とやり取りしていると、ガタッと椅子をひく音がした。
「なんや花宮、トイレか?」
「帰るんだよ!なんであんたとコーヒー飲まなくちゃいけねぇんだよ!」
『え、でもまだ一杯も…』
「じゃなあ!」
『ちょ!』
バタンと店から出ていってしまった真くん。
そんなに翔一くんが嫌いなのか、と息をついていると、マスターがまた面白そうに笑った。
なんで笑っているんですか?というようにマスターを見ると、マスターは意味ありげに微笑む。
「…花宮くんの今日一番の目的は名前ちゃんに会いに来たことだから、コーヒーはいらなかったんだよ」
『え?真くんが?』
そうだよ、と笑うマスターに一瞬目を丸くしてしまうから、すぐに顔の筋肉が緩くなる。
なんだ、やっぱり可愛いなぁ。
クスクスと笑っていると、「仕事しいや 」と翔一くんきデコピンされた。
『痛いなあ』
「仕事せん自分が悪いんやで?ワシかて、名前さんのコーヒー飲みに来たのに」
嬉しいことを言ってくれる。
「ふふ、ありがとう」とお礼を言うと、翔一くんも顔を綻ばせた。
たかだか1ヶ月ぶりなのに、この空気が懐かしい。
ソッと目を細めて、指輪に触れていると、「アメリカはどうやったん?」とカウンターに座った翔一くんが首を傾げてきた。
『楽しかったよ』
「ふーん…ブロンドの友達もできたん?」
『…うーん…それが、向こうで仲良くしてたのが、日本人なんだよねぇ』
は?と翔一くんが少し驚いた声をだした。
まあ、そんな反応したくもなるよね。
わざわざアメリカに行って、日本人と仲良くなってるわけだし。
あはは、と誤魔化すように、今度は呆れたように眉を下げられる。
「…自分、ほんまにアメリカに行ったんか?」
『行ったよ?ちゃんとね。けど、なんの偶然か、ホームステイ先が日本人の家族でね、快適だったけど、快適過ぎて、拍子抜けだったというか』
「年の近い子もいたしね」と付け足すと、どんな子なのか聞かれたので、バスケが上手な男の子だと言うと、今まで何の気なしに聞いていた翔一くんの眉がピクリと動いた。
あれ?何か変なこと言った?
「…男?」
『うん、翔一くんの1つ下だから、真くんと同い年だね』
「…何もされなかったん?」
『え?』
「せやから、何もされなかったん?」
『………うん。別に』
笑って返したけれど、間を開けすぎたせいか、翔一くんは怪しげにジッと視線を向けてくる。
何もされなかったのか、と言われたとき、頭を過ったのは帰り際にされた頬へのキス。
別にそれだけならなんてことないのだけれど、その前日に、所謂告白なるものをされたのだから、少しは気にしてしまう。
辰也はどうしてこんな私を好きになったのだろうか。
分からないなあ。
なんてため息をついたところで、そういえば、翔一くんも好きな人がいたな、と思い出す。
『ねえ、翔一くん』
「ん?」
『翔一くんさ、好きな子がいたよね?』
「………まぁ…」
『翔一くんは、どうしてその子が好きなの?』
ジッと翔一くんを見つめると、翔一くんは諦めたように息をはいた。
「…泣かせたいんです」
『え』
ちょっと待って。
いま、何て?
確かに翔一くんはちょっと意地悪な節があるけれど、まさかそっちの趣味が…?
反応に困って固まっていると、「…変な意味とちゃいますよ?」と苦笑いされた。
なんだ、違うのか。
「いつもいつも、ヘラりと笑うくせに、たまにめっさ寂しそうにするんです、その人。そんな顔するんやったら思いっきり泣いて、“辛い”って、言えばええのに」
『じゃあ、泣かせたいっていうのは…』
「一回、死ぬほど泣けばええねん。逆にスッキリしてまうくらいに」
なんだ、翔一くんはやっぱり優しい子じゃないか。
いつものコーヒーを翔一くんに出してから、「泣けるといいね、その子」と言うと、翔一くんがはぁっと盛大にため息をついた。
それからすぐに、ガタッと音がしたかと思えば、翔一くんが席を立っていた。
『翔一くん?』
「…名前さん、」
『うん?』
「それやったら、あんたはいつ泣いてくれるん?」
え。
ポカーンと口を開けたまま翔一くんを見つめると、おかしそうに笑った翔一くんは千円札を置くと、そのまま出ていってしまった。
待って、今のって…まさか…。
“…泣かせたいんです”
“それやったら、あんたはいつ泣いてくれるん?”
つまりは、そういう事なのだろうか。
チラリとマスターを見ると、「青春だねぇ」なんて微笑んでいる。
辰也に続いて翔一くんまで。
私、今、人生最大のモテ期かもしれない。
翔一くんのために用意したコーヒーを飲むと、いつもより少し、甘かった。
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