高校2年になりました5
おばさんとおじさんに見送られて、アメリカ留学に来て1週間がたった。
こっちでの私の生活はビックリするくらい快適である。
それは恐らく、ホームステイ先がなんと日本人の家庭だったからだろう。
わざわざ来たのにそれもどうなのか、と思う人もいるかもしれないけれど、私としては万々歳だ。
うーん、と背伸びをしていると、部屋のドアがノックされた。
この部屋もここの人達に貸し与えてもらった。
「どうぞ、」と返すと、泣き黒子が特徴的な美男子が入ってきた。ああ、辰也くんか。
「名前、」
『辰也くん』
「呼び捨てでいいって言っただろ?」
ホームステイ先として、私を引き取ってくれたのは、氷室一家だった。
そこの一人息子が、今私と話している氷室辰也くんである。
ホームステイ先の話は彼が学校で持ち掛けられたと言っていた。
「そうだったね」と笑うと、辰也くん…ではなく、辰也も綺麗すぎる笑みを見せてきた。
うーん、この子が男の子だなんて、神様は不平等だなぁ。
『それより、何か用事かな?』
「何か困ったことはないかな、と思ってね」
『そんな事全くないよ。辰也も辰也のお母さんとお父さんもよくしてくれて、むしろ待遇が良すぎて困っちゃうくらいだよ』
「ははっ、それなら良かった」
今度はおかしそうに笑った辰也は普段は年下とは思えないほど大人びているけれど、たまに見せるこういう表情は年相応だ。
ふふっと辰也につられて笑っていると、彼の視線がソッと細められた。
『??なあに?どうかした?』
「…名前のそれは、結婚指輪だよね?」
『え?…ああ、これね』
辰也の視線の先にあったのは、私にとって最も大切な指輪だった。
そうだよ、と頷き返すと彼の首にかかったリングに目をやった。
『辰也も、いつもリングをつけてるよね』
「まあね。弟との兄弟の証だからね」
『…弟?』
辰也の言葉に思わず目を丸くした。
確か氷室一家は三人家族のはず。
けれど、彼は今確かに弟と言った。
聞き違いだろうか、と瞬きをしていると、そんな私を見て笑った辰也が「正確には弟分だよ」と言った。
なるほど、そういう事か。
「小さい頃によく一緒にバスケをしていたんだけど…ジュニアハイスクールに入ってからは会わなくなってね。
けど、それが最近になって再会してね」
『へぇ、じゃあまた一緒にバスケを?』
「今は敵同士だけどね」
ちょっと残念そうに、けど嬉しそうに話す辰也。
「大切なんだね」「え?」「その子のこと」「…弟、だから…ね」「?辰也?」
何かいけない事を言ってしまっただろうか。
辰也の瞳がほんの少し寂しさを含んだ。
「…弟、だったはずなのに…アイツは…タイガはもぅ俺と同等かそれ以上の力を持っているんだ」
『そう、なの?』
「ああ。…そんなアイツの成長は嬉しいはずなのに、少し、羨ましくもある…」
「兄貴失格だな」と自嘲気味に笑った辰也にちょっとだけ驚いてしまった。
どんなに大人びていても、誰かを羨んだり妬んだりするのか。
そんな辰也がなんだか妙に可愛く見えてしまって、ソッとその綺麗な黒髪に指を通すと、「名前?」と驚いた目で見られた。
『嫉妬したっていいじゃない。辰也はまだ中学生なんだから。なんでも大人みたいに我慢する必要ないよ』
「…そうかな?」
『私はそうだと思うよ。辰也はもっと子供らしくしていいと思う』
「…例えば、我が儘を言ったり?」
『ふふっ…うん、それも有りかな。全部全部自分の中に抑え込むことなんてまだしなくていいよ』
ね、と首を傾げて見せれば辰也の頬がほんの少し赤くなった。
「それじゃあ、1つ我が儘を言ってもいいかな?」と聞いてくる辰也に、もちろんと頷くと、辰也がちょっと恥ずかしそうな笑みを見せてきた。可愛い。
「…膝枕」
『え?』
「膝枕、お願いしてもいいかな?」
「ダメ…かい?」伺うように見てくる辰也に頬が緩んでいく。
やっぱり辰也だって中学生。まだ甘えたい年頃なのだろう。
そんな事でいいのなら、とベッドに腰かけれて隣に座るように促すと、言われた通りにそこへ座った辰也はそのまま体を横に倒して、頭を私の足に乗せた。
それから、膝の上にある辰也の頭を撫でてあげると、辰也も気持ち良さそうに目を閉じた。
「…名前は、人を甘やかすのが上手いね」
『そりゃまあ…お姉さんだからね。日本でも、年下の子達と仲が良かったし』
「お姉さん、か…。俺は、名前が兄弟になるのはお断りしたいな」
え、と辰也の頭を撫でていた手がとまった。
それって、こんな姉貴は要らないという事だろうか。
ショックで固まってしまっていると、そんな私に気づいた辰也がクスクスと笑った。
どうやら、からかわれたらしい。
『…そういう心臓に悪い冗談はやめてよね』
「ははっ、ごめんよ。…けど、ある意味本当かな。名前には兄弟じゃなくて、もっと他の存在として、俺の側にいて欲しいよ」
他の存在?
思わず聞き返すと、辰也は仰向けになって私と視線を合わせた。
その瞳にはほんの少しの寂しさが込められていた。
『それってどんな存在なの?』
「今はまだ秘密だよ」
唇に人差し指を当ててくる辰也。
これでまだ中学生だなんて、色っぽ過ぎる。
「いつか教えてね」と笑って、止まっていた手をもう一度動かし、辰也の頭を撫でると、「…いつか、ね」とどこか悲しそうに笑った辰也は目を閉じたのだった。
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