夢小説 完結 | ナノ
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東雲


高校に入学して迎える2度目の春。
校庭の脇に植えられた桜の木から舞う花弁を見て綺麗だと思うのはいつ以来だろうか。少なくとも、高校1年の時は、桜の木に目を配る余裕などなかっただろう。


「おーっす、しーんちゃん」

「…高尾か、」


背後から馴れ馴れしく掛けられた声に、振り向く事なく相手の名前を呼べば、にっと口角をあげて笑った高尾が隣に付いてきた。
「俺らも今日で2年かー」などと言っている高尾に、小さく頷き返すと、不意に風が強く吹いて、桜の花弁が大きく風に攫われた。


「…真ちゃんさ、ホントはスゲエ寂しいんじゃねえの?」

「なんのことだ」

「惚けんなって!苗字ちゃんの事だよ!」


「振られちゃったもんな」とふざけた言い回しをする高尾を睨むように見ると、何が可笑しいのかケラケラと笑い始めた。眉を顰めてわざと大きくため息をつくと、一頻り笑った高尾が空を仰ぎみた。
それに釣られてしまうように、自分も空を見上げると、春とは思えないほど綺麗な、青空が広がっていた。











「次!自己紹介!」

「は、はい!」


監督に促されて慌てて自己紹介を始める初々しい新入部員たち。緊張しているのか肩を強ばらせて大きな声で自己紹介をする1年生の声に耳を傾けながらも、意識は並んでいる1年生たちの1番端にいる、彼女へと向けられていた。


「よし、じゃあ最後ね」


少し険しい顔つきで1年生の自己紹介を聞いていた監督の顔が途端に柔らかくなる。他の2年生、ではなく、3年生もどことなく嬉しそうだ。
自然と緩む頬をそのままに彼女を見ると、にっこりと、まるで花が咲くように微笑んだ彼女は…苗字さんは、ゆっくりと口を開いた。


『1年A組、苗字名前。マネージャー志望です。“あの”キセキの世代を倒した誠凛高校のバスケを、真近で見たくて誠凛に来ました』


「よろしくお願いします!」と大きく頭を下げる苗字さん。しきりに彼女を誘っていた黄瀬くんや桃井さんには悪いけれど、苗字さんは今日から僕たちのチームメイトになるらしい。
下げていた頭をあげた苗字さんと目が合い、1つ頷いてみせると、嬉しそうに笑った苗字さんが小さくピースマークを作って見せた。


「…あいつ、うちに来たんだな」

「そうみたいですね」

「てっきり、緑間のとこにでも行くんだと思ってた」

「…僕もそう思ってました」


中学の頃、桃井さんを除けば僕らの中で1番親しくしていたのは緑間くんだと思っていたから。けれど、


「“真太郎と敵になるのも楽しそう”」

「っは?」

「…この前苗字さんが言っていました」


誠凛に入学する事を報告してくれたとき、思わず「うちでいいんですか?」と聞いてしまった。その問いかけに小さく笑った苗字さんは、柔らかく目を細めた。

“いいんだよ。そりゃ、真太郎やさつきと同じ学校にも通ってみたいけど…でも、私は何より、誠凛がどんなチームか見てみたい。あの頃のように、バスケを楽しむ皆に戻してくれたチームを見たいの”
“苗字さん…”
“…それに、真太郎が敵になるのも楽しそうだしね”

柔らかく、優しくそう言った苗字さんの目に、迷いはなかった。なんだかとても嬉しくなって、「ありがとうございます」とお礼を言うと、「黒子がお礼を言うことなんて何もないよ」と照れ臭そうに微笑み返された。


「…火神くんも、今年も、優勝しましょう」

「は?なんだよ急に」

「…どうしても、見せてあげたいんです。苗字さんに、チームで勝ち取った勝利が、どれだけ嬉しくて、皆で掴んだ優勝がどれほど素敵なものなのかを」


彼女が取り戻した記憶の中にあるであろう“全国制覇”の記憶。それはとても哀しくて寂しいものである事を、僕は知っている。だから、教えてあげたい。本物の優勝というものを、もう一度、味わって欲しい。

日向主将に指示をされて散る1年生。苗字さんも、自分の仕事をする為に監督から指示を受け取っている。マネージャーの仕事に慣れていると言ってもブランクがあり大変だろう。
「頑張ってください」と体育館から出ていこうとしている背中に小さく呟くと、聞こえたのか、それとも偶然なのか苗字さんが振り返った。


『練習、頑張ってね』

「…はい、頑張ります」


ああ、あの頃が戻ってきた。彼女が笑いかけてくれるあの頃が戻ってきた。
…いや、違う。戻ったんじゃない。


僕らは、あの時から、漸く進むことが出来たのだ。


【さよならメモリー 】


辛くて苦しくて、バスケから逃げ出そうとしたのはもう過去のことだ。これから僕らは、また、新しい思い出を作っていく。
キラキラと輝いていた、あの頃に負けないくらい綺麗な思い出を、これから、作っていくのだ。

END

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