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HQ総合病院麻酔科医30


side花巻


“今日からここで研修させて頂きます、苗字名前です。よろしくお願いします”


第一印象。美人。こんな美人ちゃんと一緒に働けるとかマジラッキー。結構タイプだ。
俺が名前に思った最初の印象なんてそんなもん。美人な同僚ができた、と思うくらいだった。

そう“だった”のだ。


“あのときから、花巻は、私の特別なんだよ”


俺もだよ。俺にとっての特別も、いつからかお前になってたよ。

医者なんて男社会そのもので、名前は随分と肩身の狭い思いをしてきた。就任直後なんて、女だからと先輩医師から容赦のない嫌味だって言われていた。今思えばパワハラで訴えられるレベルだ。
それでも名前は、泣き言1つ言わなかった。綺麗な背中をピンと伸ばして、真っ直ぐに相手を見据える姿勢に、気づくと目を奪われるようになっていた。
単純に、いいなと思った。

そんな彼女が初めて涙を見せたのは、担当オペで患者を救えなかったとき。病院の屋上で1人涙を流す姿を見つけたとき、不謹慎にも綺麗だなと思った。患者のために泣ける名前に、どうしようもないくらい心が惹かれた。





*****





「…花巻、お前また来てたのか」

「なんだ、黒尾か…」


休憩時間。ここ2、3日は日課のように名前の病室を訪れれば、必ず誰かがやってくる。今日は黒尾。昨日は二口と茂庭。その前は赤葦と木兎だっただろうか。
「お前ちゃんと寝てんのか?」と眉根を寄せて聞いてくる黒尾に苦笑いを返して、名前の手を握り直すと、呆れたようにため息をつかれた。


「お前、夜もこいつに付いてんだろ?」

「あー…まあな」

「お前が倒れたら元も子もねえだろ?今日は帰って休めよ」

「大丈夫だって。自分の体調くらい分かるし」

「でもなあ、「それに、」…?」

「名前が目が覚めたとき、傍にいてやりたんだよ」


閉じたまま開かない目尻を撫でる。ほんの少し目を見開いた黒尾が小さく息を吐き出した。


「…幸せもんだよ、名前は」

「は?」

「こんなに想ってくれる奴がいるんだ。幸せもんに決まってんだろ」


口の端を軽く引き上げながら反対側から名前の髪を撫でた黒尾。柔らかい手つきと優しく下がった眉。黒尾にしては珍しい表情だ。コイツのこの顔、名前にも見せてやりてえわ。


「…なあ、花巻」

「…なんだよ?」

「…コイツのこと、頼むわ」


黒尾の細められた目がゆっくりと伏せられる。名前から手を離し、軽く笑んで見せる黒尾に少なからず瞠目していると、ふっと自嘲気味に笑った黒尾がヒラリと白衣を翻した。
「あ、おいっ、黒尾、」病室から出ていこうとする背中を慌てて呼び止めると、振り向いた黒尾は今度は不敵に笑ってみせた。


「仕事、まだあんだよ。じゃあな」


ひらひらと手を振りながら扉を開けて出ていくのを見送り、思わずふっと笑みを零す。

だから、牛島も、黒尾も、言われなくても大丈夫だっつーの。


「いくらでも待つし、絶対幸せにしてやるよ」


握った左手を優しく包んで持ち上げる。白くて綺麗な、強い手だ。
薬指にゆっくりと唇を寄せ、そっと口付ける。


「目え覚めたら、結婚すんぞ、名前」


「拒否権なんて、ねえからな」そう聞こえないと分かっていながら、冗談っぽく言ってみせたとき。


『………な……き……』

「え……」


聞こえてきたのは、か細い声。酸素マスク越しのそれは今にも消えてしまいそうほど小さい。でも、聞き間違いなんかじゃなかった。
掴んだ手に思わず力を込めて、名前の顔を覗き込めば、ずっと重たそうに閉じたままの瞼が、ゆっくり、ゆっくりと動いた。


「っ……名前……?、おい、聞こえるか??名前!!!」


意識の有無を確認しようと軽く手を叩くと、返事の代わりに、緩い力で手を握り返された。


“お前が傍にいるなら、大丈夫だろう”


本当に、そうなのだろうか。牛島、お前の言う通り、俺なんかが傍にいたことで、名前は、目を、覚ましたのだろうか。自惚れても、いいのなら、俺は。


「っ、馬鹿野郎…心配、かけやがって…っ」

「お前もう、ぜってえ離してやんねえからな…」

「覚悟しとけよ、名前」


空いている右手で少し痩せた頬をなでる。こりゃ、暫くは体重を戻すように言わなければならないかもしれない。
薄く開いた瞳と目を合わせて微笑めば、名前の目も笑っている気がした。


それから慌ててナースコールを押して、駆けつけた皆が集まるまで、あと少し。

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