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HQ総合病院麻酔科医23


白布との帰り道。話すのはやはり共通点の仕事関連ばかりだった。天童だったら浮いた話をするけれど、白布は真面目だなあ。
駅まで着いた所で「ここまででいいよ」と言ってお礼を伝えたけれど、白布は譲らず、結局うちのマンションまで送ってくれることに。いい男とはこういうヤツを言うのだろうか。ちょっと責任感が強過ぎるけど。


『なんかごめん。まさかここまで送ってもらうことになるなんて』

「いいですよ。俺が勝手にしてるだけなので。それに、うちからも意外と近かったし」


へえ。白布もこの辺に住んでるんだ。
最寄り駅を降りて他愛のない話をしながら並んで歩いく。
「白布、家近いの?」「一駅くらいです」「あ、ホントだ。案外近い」
なんて本当の本当に他愛のない話をしていた。
していたハズだったのに、何故か白布が急に立ち止まった。え、なに急に。どうしたの?


『白布?どうかした?』


立ち止まった白布に合わせて、自然と自分も足を止めると、固く一文字に結ばれた唇を白布がゆっくりと開いた。


「…あの、ちょっと大事な話があるんですけど」

『……は?なによ急に?』


突然真面目なトーンで話始めた白布に眉根を寄せると、白布の視線がふっと地面に下げられた。


「…お願いが、あるんです」

『お願い?』

「…俺を、苗字さんの病院に置いてもらえませんか?」

『……は?』


え。なにそれ。どゆこと?まさかうちに異動したいとか?いやいや、でも白布に限ってそんな。
ポカンとしたまま白布を見ていると、下に向けられていた視線がゆっくりとコチラへ。


「お願い、できないでしょうか?」





*****





『は?』

「ですから、苗字さんの病院で、手術をうけさせて欲しいんです」


ケロッとした顔で言ってのける白布に、頭を抱えた。

あれから、やけに真剣な表情をする白布を不思議に思って、とりあえず話を聞こうと家にあげることにした。お茶を出して「それで?」と先ほどの続きを切り出せば、出されたグラスに一口口をつけた白布がまるで世間話をしているように口を開いた。


「先日から、体調に異変を感じていました」

『…それで?』

「ステージUの胃癌でした」

『…あんたねえ』


酔いが一気に覚めてしまった。
道理で白布はほとんど飲んでいなかったわけか。
深いため息をついて見せれば、なんてことのない話をしたように白布はまたお茶を一口。コイツ、なんでこんなに冷静なわけよ。


『…若利や天童たちは知ってるの?』

「いえ。今のところは鷲匠院長にしか言ってないです」

『…どうしてうちで?普通なら自分の病院で治療するはずよ?』


少し鋭い言い方になってしまったのは許して欲しい。こんな大事なことを隠しておいて、このタイミングで私に言うだなんて。
じっと白布の答えを待っていると、ゆっくりとグラスを置いだ彼がテーブルに頬杖をついた。


「…うちの消化器外科は、今深刻な医者不足なんです。教授は金儲けと自分の名声にしか興味が無いのでオペには名前だけの参加。准教授もその教授に尻尾を降る出世のことしか頭にない犬です。そんな人たちにオペして欲しいなんて思いますか?」


白布の言葉につい先日訪れた大学病院の先生様方を思い出す。まあ、そりゃ思わないだろうけど。あの人たちにオペはされたくない。
ははっと乾いた笑みを浮かべると、そんな反応を見た白布が「そうでしょ?」と首を傾げてきた。くそ、顔面偏差値高男め。


『けど院長は病気のこと知ってるんでしょ?うちで手術受けるなんて…』

「許してくれましたよ。“手術は上手いやつにさせろ”って常日頃から言ってるような人ですし」

『鷲匠院長…』


言いそうだ。あの人、腕のある医者大好きだし。


『…うちを選んだ理由は?』

「分かりませんか?」

『…アイツか…』


医者不足な消化器外科。腕のある医者が好きな鷲匠院長。そしてうちの病院。
そこから考えられるのは、ミミズクヘッドが特徴的なアイツ。


「木兎さんに、担当して欲しいんです」

『…やっぱりか…』


木兎は普段はあんなんだけれど、オペの時のあの集中力と正確さには目を見張るものがある。
そのおかげで、医療雑誌にも取り上げられるほどになり、この前も、何かの取材が来るとはしゃいでいた。日本の若き名医5人だとかなんとか、若利と一緒に載っていたっけ。
へいへいへーい!と騒ぐ木兎の声が脳内再生されるのを聞きながら頬を引き攣らせると、「あの人うるさそうですよね」白布がサラリと毒を吐いた。うるさそう、ではなくうるさいだけれど。


「でも、手術の腕はピカイチ」

『…まあね。身内贔屓とかなしに、アイツは外科医としては優秀だよ』

「だからですよ。木兎さんに頼めるなら頼んでこい、と鷲匠院長にも言われましたし」


…マジか鷲匠院長…。あ、そういえば、うちの猫又院長とも古い付き合いだとかなんだとか。もしかするとそれも関係してるのかもしれない。
「ダメですか?」と口元に笑みを浮かべて尋ねてきた白布。こいつ、答えがわかってて言ってるな。


『助けを求める患者を、私が放っておくと思ってんの?』

「まさか。短い付き合いですが、苗字さんのことは知ってるつもりですよ」

『だったら、分かってるでしょ?うちを選んだ以上は、絶対助けてあげるわよ』


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