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HQ総合病院麻酔科医19


昼食を終え、食堂を出てから向かった先は、松川に任されてしまった花巻のもとだ。多分婦人科にいるだろうと、重い足取りで目的地へ向かう。


花巻は、少し、特別だ。本人にはあまり言わないけど。
若利との仲を疑われても、即答で「それはない」と答えることができるけれど、もし、花巻のことを好きなのかと尋ねられれば、それは。


『花巻発見』

「…名前」

『縁下に聞いたら、屋上だった言うから』


ナースステーションを通り、産科のドクターを尋ねれば、花巻はそこないなかった。席を外しているらしい。
同じく産科医である縁下に居場所を尋ねれば「屋上だと思います」と返ってきたため、迷わず屋上へ。縁下が嘘をつくとは思えないからね。

ガチャっと屋上へ続く扉を開けると柔らかい風が頬を撫でた。ひょっこり顔を出して、屋上のベンチを見ると、漸く探し人が見つかった、


「…なに?」

『松川に頼まれたんです。花巻のことよろしくって』

「アイツ……別に、頼まれる覚えねえけど?」


眉間に皺を寄せてそんなこと言われてもね。苦笑いを零して、空を仰ぐ。そういえば、あのときもこんな感じだっただろうか。
綺麗に晴れた青空に思い出すのは懐かしい記憶。ふっと微笑んで「花巻、」と声をかけると「なんだよ?」まだ不機嫌そうに返ってきた。


『2年くらい前に、ここで、話したこと覚えてる?』

「……覚えてるよ」


あの日と同じように空を仰いだ花巻。その姿にソッ目尻を下げて、あの日のことを思い出す。初めて、救えなかった命のことを。
今でも鮮明に思い出せる、あのときの患者さんの顔。難しいオペで、成功率は半分以下。それでも、少しの希望があるならと手術を望んだ患者さんとその家族。けれど私達は、手術を成功させることができなかった。


『麻酔医は、手術で誰かを亡くしたって責任感じないんじゃないかって言われたことあったけど…そんなことあるはずなかった』


初めて、手術の中で救えなかった命の重さを知った時、苦しくて、悔しくて、泣きそうになった。けど医者である以上、死と向き合うのはこれからずっと付き纏う問題である。「一々感傷的になって泣いていたらキリがない」とそのときの執刀医の先生も言っていた。そして何よ元々男性医が多い中、泣いたりしたら、涙を、女を武器にしていると言われそうで嫌だった。
だから、苦しくても、悔しくても、それを押し込めて、もう二度とあんなことを起こさないようにって頑張って頑張って。それでも、ふと気が緩むと、亡くなった患者さんを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる時があった。
そんな時は、よくこの屋上を訪れた。大丈夫。頑張れる。だから泣くな。あの日もそんな風に自分を諌めていると、不意に屋上のドアが開いて、そこに、花巻がいた。
私がいることに驚いた花巻は「名前?」不思議そうに首を傾げたあと、何かに気づいたように目を丸くしてから、柔らかく笑んで隣に座った。

“聞いたよ”
“……”
“…俺たち医者にはさ、“失敗は成功の元”なんつーことわざは存在しない。失敗したら有るのはそのひとを助けられなかったってことだけだ。けどさ”


“亡くした患者さんを想って泣くのは、いけないことか?”


そう言った花巻がどんな顔をしていたのかは分からない。花巻の顔を見ようとしたときには、もう何かが切れたように目から涙が零れ落ちていたから。

大丈夫。泣いていい。お前は頑張ってるよ。

優しく背中を撫でてくれる手も相まって、まるで子どものように声をあげて泣いた私に、花巻はずっと傍にいてくれた。


『…あのときから、花巻は、私の特別なんだよ』

「……………は………え?…ちょ、と、特別って…」

『私も案外単純だよねー。あんなんでやられちゃうなんて』


「でも、ホントだよ」そう笑ってみせると、みるみるうちに赤くなった花巻が、それを隠すように両手で顔を覆った。あ、耳まで赤くなってる。
花巻の様子にクスクス笑っていると、手を離した花巻は、いまだに赤い顔のまま不機嫌そうに唇を尖らせた。


「お前マジズリイ…2人で飲みに行こうっつっても断るくせに」

『だからそれも、花巻とだと“何か”が起こるかもしれないからじゃん。若利や黒尾相手だったら、そういうことはないからいいの』

「彼氏作ったりしてたのは?」

『カモフラージュ的な』

「…俺のアピールも軽く躱してるじゃんかよ」

『それはほら、私だってまだ仕事続けてたいし』

「…ボクと付き合うと仕事ができないんデスカ?」


不満だと言わんばかりにジト目で見てくる花巻。
そうじゃないよ、馬鹿。
そう言う代わりに、短い前髪の下の額に唇を寄せると、花巻が面白いように固まった。


『“この人のためなら、仕事をやめてもいい”って人とつき合ったら、結婚したくなるからね』

「っおま……!急に心臓に悪いことすんなよな!?」

『中学生じゃないんだから、おデコにチューしたくらいで赤くならないでよ』


額を押さえて、また赤くなっている花巻をケラケラ笑っていると、長い腕が伸びてきて、そのまま抱き締められた。案外余裕ないなあ。なんて内心笑っていると、大きなため息が聞こえてきた。


『…別に、待ってなくていいからね?私が満足するまで働いて、もういいかなあって思った時に、花巻がまだ私のこと好きでいてくれたなら、私のことお嫁さんにしてよ』

「…それある意味逆プロポーズだな」

『ある意味じゃなくて、そうなんだけど?』

「…じゃあ、もう十分仕事したって満足したら直ぐに言えよな。そんときは俺からプロポーズするから」


少し意地悪く笑った顔が近づいてくる。
付き合ってもいないのに、プロポーズの約束するなんておかしな話かもしれない。
ふふっと笑ってから目を閉じると、静かに、優しく口付けられた。

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