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HQ総合病院麻酔科医5


「あれ?名前じゃん」そう声をかけられたのは舞さんの病室をでてすぐだった
基本的に別棟にある婦人科に本棟の医師たちが訪れることはそんなにない。そしてうちの婦人科にいる男性産科医は二人しかいない。そのうち一人は例え私を見つけたとしてもこんなに気軽には呼び止めたりはしない。
振り返らなくても誰だか分かりながら顔だけそちらへ向けると、ニヤッと口角をあげた花巻が立っていた。なんだ、やっぱりあんたか。


「茂庭の嫁さんに用事?」

『いや、普通の世間話をしに来ただけ。息抜きにもなるかと思ってさ』

「へーそりゃありがたい」


「妊婦の心労を減らしてくれるに越したことはないし」どこか安心したように舞さん病室を見つめる花巻は貴重な男性助産師のうちの一人である。そのルックスと妊婦さんへの気遣いの良さから指名率の高さはうち産婦人科でトップだそうだ(及川談)。
「ありがとな」お礼を行ってくる花巻に「好きでやってることだから」首をふると、何故か柔らかく目を細められた。ああ、なるほど。妊婦さんたちはこういう顔に騙されるのか。


『さすがは指名率No.1…』

「は?なにそれ?」

『及川が言ってたんだよ。“マッキーは妊婦さんからの指名率No.1なんだよ”って』


「そうなの?」と首を傾げると「今始めて聞いたわ」花巻が呆れたように肩を竦めた。なんだ、デマか。まあ強ち間違いではないのかもしれないけど。
ふーんとなんともいえない返事を返したあとチラッと腕時計を確認すると、まだ休憩終わりまで40分残っていた。


「そういえば名前さ、この前飲みに行こうっつったやつどうなったんだよ」

『ああ、あれね。松川と岩泉も連れていくなら行くって言ってるじゃん」

「それじゃ意味ないの。俺はお前と二人で飲みたいの」

『私の分の飲み代まで奢ってくれて、なおかつ私がベロベロに酔ってもお持ちかえりしないで、ちゃんとタクシーで家まで届けてくれるって約束してくれたらいいよ』

「善処します」

『却下』


そこは約束すると言えばいいのに。呆れたように花巻の顔を見上げると「できない約束はしたくないんだよネ」なんて胸を張って言ってくるものだから、白衣から出ている大きな手の甲を摘まむと大して痛くないくせに大袈裟に手を擦りだした。


「相変わらずツレナイ」

『花巻はもう少し自重すべき。そのうち“妊婦さに手を出す人妻キラー”なんて呼ばれるよ』

「え、なにその不名誉な異名」


「及川じゃあるまいし」なんて笑っているけれど、それは及川に失礼なんじゃないの。いくらなんでも及川でも人妻に手を出したりはしない…はず。
例えばの話だと笑う花巻に言ってみたけれど、花巻はそんなことあり得ないというようにニヤリと笑って来た。


「俺、名前にしかこういうこと言わないから平気」

『あ、ソウデスカ』

「えー、それだけ?」


それだけだよ。花巻の冗談に一々付き合ってられないし。「もう戻るね」と後ろ手をヒラヒラとふって歩きだそうとすると、「ちょっと待って」と花巻に呼び止められた。
また下らないことを言うんじゃないか。怪しむように見ていると、やけに柔らかく笑った花巻と眼があった。


「さっきの約束、守るから行こうよ。二人で」

『…考えとくわ』


一言だけ残して再び歩きだすと、後ろから小さな笑い声が聞こえてきた。むかつく。本気なのか冗談なのか分からない花巻も。そんなアイツに顔を赤くした自分も。
熱を冷ますべく颯爽と廊下を歩いていると、途中で会った及川に「あれ?顔赤くない?」なんて言われたものかだから、つい足を踏んづけてしまったのはちょっとだけ反省している。

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