HQ総合病院麻酔科医2
「よお苗字。この前はありがとな」
『うん?…なんだ、岩泉か』
病院内にある社内食堂で岩泉を見かけるのは珍しい。向かい側に腰かける彼を見ながらサンドイッチを頬張っていると、そんな私を見た岩泉が呆れたように息をはいた。
「お前…それじゃ足りねえだろ?」「足りるし」「倒れても知らねえぞ」
それはこっちの台詞だ。澤村同様、救命で働く奴等にだけは言われたくない。
救命はうちの病院の中でも特に忙しい。いや、もう忙しいなんてレベルじゃない。毎年やってくる研修医が一体何人根をあげていることか。
澤村と岩泉、それに夜久は救命の中でも古株。この3人がいるからこそ、うちの救命は上手く回っているのだろう。
美味しそうに大盛りカレーを頬張る岩泉を見ながら紙コップに入ったジュースで喉を潤していると、視線に気づいた岩泉が「なんだよ?」眉をよせた。
『いや、岩泉がこっちで食べてるの珍しいなって。いつもは医局の方でカップ麺やら出前やらでしょ?』
「ああ。ちょっとレントゲンの鷲尾んとこ行っててな」
ふーん、それで。なるほどと納得したように頷いて、まだ半分ほどはいった紙コップを机に置いた。
のだれけれど、そのコップはまたすぐに宙に浮いてしまった。
「あれ?名前と岩ちゃんのツーショットって珍しくない?」
コップを奪った犯人は及川だった。コイツ、残り全部飲みやがったな…。「ごちそうさま」なんて言いながら空になったコップを置いてくる及川を睨むと、そんなの気にしないというように及川は隣に腰かけてきた。
『ちょっと及川、隣に座らないでよ。…あ、ていうかあんた!この前またカルテ机に置いていったでしょ!』
「えー?だって名前、結局はオッケーしてくれるじゃん。名前とのオペはやり易いから及川さん嬉しいよ?」
そういうことじゃないでしょ。あんたがどう思ううとどうでもいいんだよ。
一発ぶん殴ってやろうかと拳を握ると、「ひぎゃ!?」隣の及川が情けない声をあげた。
「ちょっと岩ちゃん何すんのさ!」「うるせえ!てめえが苗字に迷惑かけるからだろうが!」「ならせめて口で言ってよ!蹴らなくてもいいじゃん!」
どうやら机の下で及川の足を岩泉が蹴ったらしい。ざまあみろ。
『…あ、そういえば岩泉、こんどの研修医はどんな感じ?続きそう?』
「ん?ああ、灰葉と金田一か。金田一は俺やグズ川の大学の後輩だし灰葉は夜久の後輩だからな。今までの奴等より遥かに鍛えがいがあるぞ」
それはそれは。岩泉がこんな風に言うなら今回の研修医くんたちはちゃんと続きそうじゃん。よかったねと笑ってから残ったサンドイッチに手を伸ばすと「俺の所も聞いてよ!?」及川が隣で声をあげてきた。あーもうめんどくさいなあ。
『はいはい聞きます聞きます』
「及川ん所には国見行ってんだろ?だったら別に問題もなにもねえだろ」
「ちょっと!なんで岩ちゃんが答えちゃうわけ!?」
「俺が教えてあげるつもりだったのに!」頬を膨らませる及川。こんなヤツのどこがカッコいいのだろうか。患者さんたちは謎だ。
最後の一口を口の中に放り込んでから「ごちそうさま」と手を合わせると、それに続くように、いつの間にか岩泉もカレーを空にしていた。
「岩ちゃん、相変わらず食べるの早くない?」
「うちの忙しさなめんじゃねえよ。一分一秒でも削れる時間は削らねえと」
『救命は息つく暇もなさそうだもんね』
「そう思うんなら、宝の持ち腐れやめてうちに来いよな」
「名前ちゃん、認定ナースの資格持ってるもんね。救命の看護師としても十二分に働けそうだよね」
冗談のように誘ってくる岩泉だけど、実はこれが冗談ではない。もはや数えるのも面倒なほど誘われている。
「看護師なんて性に合わないよ」誤魔化すように手をふってトレーを持ち上げると岩泉なのかそれとも及川なのか、小さなため息が漏らされた。
「…ま、無理に引っ張るつもりはねえけどな」
『悪いね岩泉』
「いや、今度非番の時にでもまた飲みに行こうぜ」
『うん』
「ちょっと待って、またってどういうこと!?及川さん聞いてないよ!?」
そりゃ誘ってないんだから当たり前でしょ。当然だと言わんばかりにそう言うと及川の顔がガーンなんて効果音が付き添うな勢いでしかめられた。
さてと、そろそろ戻りますかね。
腕時計で時間を確認してから立ち上がり、「それじゃあ」と岩泉と、一応及川に挨拶をすると、二人も手を挙げて応えてくれた。
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