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HQ総合病院麻酔科医


手術室を出てマスクを外すと、やけに明るい日差しが窓から差し込んできた。今何時よ。
病院の壁にかかっている見慣れた時計で確認すると、時刻は7時を回っていた。どうやら手術中に日付は変わってしまったらしい。
大きく伸びをしてから右肩を回していると、反対の左肩にポンっと大きな手がのせられた。


「お疲れ。悪かったな、急なオペに呼び出して」

『いいよ別に。あの子、助かったんだし。それに…それはこっちの台詞。澤村、今日で二徹してんでしょ?』


「ちゃんと休まないと患者に迷惑かけるよ」一言返すと、参ったなと言うように笑った澤村。いくら救命が忙しいといっても、本人が倒れちゃ元もこもないだろう。気をつけるように、という意味を込めて澤村の背中を叩いて歩きだすと、やけに足が重いように思えた。澤村のこと言えた義理でもないか。
大きな欠伸をしながらエレベーターに乗り込むと、滑りの悪いエレベーターの扉に苛ついて小さく舌打ちをしてしまった。


ここHQ総合病院で麻酔科医として働き初めてから3年目になる。十分な設備と気のいい仲間たちに囲まれた今の職場はなかなか気に入っているけれど、時折自分の無力さを感じさせられるこの仕事はいつまでたっても一人前になった、なんて言わせてくれない。
それでも、ありすぎる程に感じるやりがい。やめようなんて思ったことはないし、多分これから先も続けていくのだろう。寿退社もまだ先だろうし。だからせめて、もう少し給料をあげてほしい。

上がっていくエレベーターの中で、眠い目を擦っているといつの間にか目的の階まで着いてしまった。ゆっくりとした動きで麻酔科の医局に帰ると、朝っぱらから意地の悪い笑みを浮かべたヤツに出会ってしまった。まあ、同じ科なんだし嫌でも顔を合わせるのだけれど。


「おーお疲れさん」

『…よくもまあぬけぬけとそんな事言えるわね…昨日の飲み会は楽しかった?黒尾』

「オカゲサマデ」


くそ、羨ましいやつめ。
飄々と笑う黒尾に一睨みしてから自分のデスクにつくと、いつの間にか増えているカルテにギュッと眉根を寄せる。誰よ、これ増やしたやつ。


「ああ、それさっき及川が持ってきてたぞ。お前に担当して欲しいんだと」

『アイツ…!!そういうのは直接言えって何度言えば分かるわけ!?』

「わざとやってんだから、何度言っても変わんないだろ」


ゲラゲラと笑う黒尾の声をBGMに仕方なく増えたカルテに目を通す。及川の持ってくるオペは一癖も二癖もあるものが多い。遣り甲斐があると言えば聞こえはいいけれど、神経をすり減らすことにはかわりない。


『あー…ダメだ。ちょっと一眠りしてくる』

「あれ?お前今日非番じゃなかったか?」

『…緊急オペした子の容態が気になるから残る』

「なんだかんだ言いつつ仕事人間だよな」


「そりゃ男にも逃げられる」なんて冗談のつもりで言ってきた黒尾を殴ったのは悪くないと思う。別にもうどうでもいいことだけれど、黒尾はもう少しデリカシーってものを身に付けて欲しい。
わざとらしく殴られた箇所を擦る黒尾にヒラリと後ろ手をふって医局を出ると、ちょうど出勤してきた赤葦がエレベーターからおりてきた。


「あ、おはようございます」

『おはよう赤葦。今日は朝ゆっくりだったんだね』

「はい。名前さんは今上がりですか?」

『残念。今から仮眠室行って寝るところ』

「それは…お疲れさまです」


小さく頭を下げてくる赤葦。それに黒尾にしたのと同じように手をふってみせると、また頭を下げられた。黒尾もこれくらい人を労って欲しい。
さあ寝ようと仮眠室への足取りを進めていると、内線用の携帯が大きく揺れた。…嘘でしょ?


『…もしもし』

〈お、苗字?俺だけど〉

『おれおれ詐欺なら今さらだけど』

〈アホか、笹谷だよ。分かってるくせにアホな返しすんなよな。一昨日お前が麻酔担当した…ほら、30過ぎのバイクで横転した患者さん、ちょっと様子見に来てくれないか〉


やっぱりか。なんでこうタイミングが悪いんだ。電話の相手にバレないように小さく息をはいてから「分かった」と返すと、不機嫌さが声に出ていたのか笹谷が申し訳なさそうに「悪いな」と苦笑いを漏らした。
別に笹谷が謝ることでもないのに。
とにかくすぐに行くと言ってから電話を切ると、仮眠室に向けていた爪先を方向転換させる。
やっぱり、遣り甲斐が有りずきるのも考えものだな。
一度大きく深呼吸をして、向かう先は笹谷のいる集中治療室。

さあ、今日も働きますか。

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