夢小説 完結 | ナノ
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まだ言えてないけれど


「あ?休む?なんだ、何か用事か?」

「はい、家の用事で」

「まあ、予選も無事終えたし、いいだろ」


「ありがとうございます」そう言って烏養さんに軽く頭を下げる。「じゃあな」と体育館から出ていく背中を見送って、自分も帰ろうと、置いていたサポーターを取りに行くと、目を丸くした日向と苦笑いを浮かべた山口が寄ってきた。
ああ、うるさいのがきた。
「月島!お前部活休むの??」「来週ね」「えー!なんでだよ!?」「うっさいな。用事だよ用事」「?用事って?」
ああ、やっぱり面倒だ。わざとため息をついて「うるさい」と日向の下痢ツボを押すと、ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。ああ、もう、ほんとうるさい。


「結婚式だよ」

「…へ?けっこんしき?」

「ツッキーのお兄ちゃんのだよ」

「へえ!月島の兄ちゃん結婚すんのか!!」


「結婚式いいなー!」と今度は田中さんと西谷さんと結婚式について騒ぎ始めた。
今のうち帰ろう。山口に声をかけて体育館を出ると、夏の終わりらしい、涼やかな風が吹いた。


「…あ、明光くんに“おめでとうございます”って言っててね」

「…うん、言っとくよ」


僕もまだ、言えてないけど。
そう心の中で付け足して返すと、眉を下げた山口は「ありがとう」とへにゃりと笑った。










“お帰り、蛍”


インターハイ予選が終わって少ししたある日。兄ちゃんと一緒に、名前姉が尋ねてきた。
この近所に住んでいた彼女は、僕よりも4つ年上で兄よりも2つ年下。家族ぐるみで付き合っていた事もあり、僕たちは、本物の姉弟のように育ってきた。
そんな兄と姉が交際し、家を出て同棲を始めてからは、名前姉と会うことはほとんどなかった。
久しぶりに見た彼女は、ずっと、綺麗に、なっていた。


“久しぶり!明光くんが言ってた通り、大きくなったね”

“…なんでいるの??”

“んー?それはねー”


ふふっと悪戯っぽく笑って、「明光くん、」と手招きして兄を呼ぶ名前姉。そんな呼びかけに、気はずかしそうにしながらも歩み寄ってきた兄は、慣れた様子で彼女の肩を抱き、嬉しそうに微笑んだ。


“結婚することにしたんだ、俺たち”

“……そう、なんだ…”

“あー!もしかして驚いて何も言えない感じ?”


「これで、蛍は本物の弟になるね」そう嬉しそうに笑った名前姉に、僕はなんと返しただろうか。
ただ一つ覚えているのは、“おめでとう”というたった一言を言えなかったということだけだ。

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