高校1年になりました
中学を卒業して数日。
さっそく私はバイトを始める事にした(おじさんとおばさんの説得は大変だった)。
バイト先に決まったのは、小さな喫茶店で人のよさそうなマスターの笑顔が印象的だ。
4月になってから働く事を約束した。
今日はバイト先に挨拶をした。
「よろしく頼むよ」と笑ったマスターはダンディーな素敵な人だ。
『(帰ったら何しようかな…)』
そんな事を思いながら歩いていると、一人の男の子が目に入った。
キョロキョロとする金髪のその子は携帯を片手に明らかに困った顔をしている。
もしかして、迷子だろうか?
『ねぇ、』
「え?」
『間違ってたらごめんね?もしかして…迷ったりとか、してる?』
「うっ…」
ギクリと肩を揺らしたその子は罰が悪そうに視線を下げた。
なんだか可愛いなぁ。
ふふっと笑ってしまうと、ジト目で睨まれてしまった。
『あ、いや…ごめんごめん。もしかして、この辺の子じゃないの?』
「…俺、秋田の方からじいちゃん家に来てて…」
『春休みだもんね。お祖父ちゃんに会いに来るなんて優しいんだね』
「いや…その…部活も休みだったから…」
今度は照れてしまったのか、頬っぺたを赤くした少年。
うん、この子いいこだ。
思わず少年の様子に笑みを溢してしまった。
『お祖父ちゃんのお家の住所とか分かる?』
「え?…住所なら…」
『それじゃあ私が案内するよ。一応この辺りに住んでるからね』
「いいすか!?」パッと表情を明るくさせた少年にもちろん、と頷くと「アザっす!」と素晴らしい笑顔を頂いた。
ヤバい、天使が増えた。
『健介くん、ここじゃない?』
「あっ、ここです」
教えてもらった住所はやっぱり家の近くで、何度か通ったことがある通りにあった。
来る途中に名前を教えあった福井健介くんは「ありがとうございました」と頭を下げてきた。
『いいよいいよ。健介くんと話せて楽しかったし』
「…俺も、名前さんに会えて良かったです」
なんて可愛い事を言ってくれるんだ。
ニヤニヤと頬が緩まるのを隠すために両手で口を覆うと「名前さん?」健介くんが不思議そうに首を傾げた。
幸くんや清志くんと同い年らしい彼は彼らに負けず劣らず可愛いです。
『ああ、いや、なんでもないよ』
「?…あ、そうだ。ちょっと寄って行って下さいよ」
『え?』
「じいちゃん達も喜ぶと思うし」
『いや、でも…』
悪いし、そう言おうとしたのだけれど、私が言葉を続ける前に健介くんがお祖父ちゃん家の扉を開けて「じいちゃーん!ばあちゃーん!」と大きな声を出した。
あ、これ諦めなくちゃダメな感じ?
「はーい!」と中から間延びした優しい声が聞こえてきて、顔を出したのは多分彼のお祖母さんだろう。
「あらあら、よく来たわね。健ちゃん」
「ん、久しぶり」
「大きくなったわねぇ…あら?そちらのお嬢さんは?」
「あ、この人は名前さん。迷ってた所を助けてくれたんだよ」
『こ、こんにちは』
ペコリと頭を下げると「あらあら、健ちゃんがお世話になりました」とお祖母さんはニコニコと笑顔を向けてくれた。
「なぁ、名前さんあげてもいいか?」
「あら、それはお祖父ちゃんも喜ぶわ」
『え、いや、私は…』
「さぁどうぞ御上がり下さい」
「さぁさぁ」と柔らかく急かしてくる健介くんのお祖母さん。
チラリと健介くんを見ると、ニカッと綺麗な笑顔を貰ってしまった。
うん、断れない。
バレないように息を吐いてから「お、お邪魔します」とお家の上がらせてもらうと、私が入るのを見てから健介くんも中へと入った。
「お祖父ちゃん、健ちゃんが来ましたよ」
「おお!よく来たなぁ健介」
「じいちゃんも元気そうで良かったよ」
口を大きく開けて笑う健介くんのお祖父さん。
確かに、元気な人だなぁ、とその様子を見ていると、「おや?」とお祖父さんさんと目があって、慌ててお辞儀をした。
『こんにちは』
「…健介ぇ…」
「んだよ?」
「…お前、やっぱりじいちゃんの子だなぁ!こんな別嬪さん連れて来るなんて!お前の好い人なんだろう?」
「はあ!?」
「別嬪さんだのぅ」とお祖母さんに負けず劣らずのニコニコとした笑顔を浮かべるお祖父さんに思わず苦笑いを返していると、「ちっちげぇよ!!名前さんは迷ってる俺を助けてくれたんだよ!」健介くんが真っ赤な顔で声をあげていた。
「ほぅ健介を、それはありがとうねぇ」
『いえ、そんな…』
「良かったら一緒にお茶でも飲まんかね?いつもはじじばばの二人だけだから、健介と若い娘さんが一緒だと嬉しいんだがねぇ」
「そうですねぇ」
お祖父さんとお祖母さんの言葉に健介くんも伺うようにこちらを見てきた。
この世界には私の祖父と祖母と呼ばれる存在はいないせいか、健介くんのお祖父さんとお祖母さんの姿に前の自分の祖母と祖父を思い出した。
『はい、喜んでっ』
大きく頷いてみせると、三人は嬉しそうに笑ってくれた。
それからしばらく他愛もない話をしながら、お茶とお菓子を頂いていると、気がついたら日が落ちそうになっていた。
なんだか懐かしい時間だったな。
「ありがとうございました」とお礼を言ってから帰ろうとすると「もぅ帰ってしまうのかい?」と健介くんのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは心底残念そうな顔をしてくれたのだけれど、これ以上長居をするのは悪いと思ったので「すみません」と返して帰る事にした。
『それじゃあ、私はこれで…』
「俺、そこまで送ります」
『いや、大丈夫だよ。ここから近いし』
「ありがとう」と返して靴を履いて出ていこうとすると、「あの、」と健介くんに呼び止められた。
「俺、明後日に帰るんですけど…明日またきて貰えたりしませんか?」
『明日?…でも、流石に2日連続は…』
「いや、じいちゃんもばあちゃんも絶対喜ぶと思うし、それに…俺もその…会いたいし…」
健介くんのお祖父ちゃん、お祖母ちゃん。
素敵なお孫さんで羨ましいです。
「ダメ…すか?」眉を下げて残念そうな顔をする健介くんに断れるハズもなく(断るつもりもないけれど)、「何時ごろがいい?」と返すと、健介くんは驚いた顔をしたあと笑顔を咲かせた。
最近、天使が増えてきて嬉しい限りです。
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