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answer1 今吉翔一


火神大我と別れたあと、頭の中で彼の言葉を繰り返してみた。

私は、どうしたいのか。
そう考えた時、ぼんやりと浮かんできた1人の人物の顔。思わず自嘲気味に笑ってしまうのは仕方ないと思う。


「あれ?苗字やん。どないしてん?」

『…今吉くん』


なんてタイミングで現れるんだ。つい苦笑いを零すと、今吉翔一が不思議そうに首を傾げた。


「何かあったん?」

『…うん。……ねえ、今吉くん』

「?うん?」

『赤司くんが始めた“ゲーム”、あなたも知ってたの?』


ピクリと今吉翔一の眉が小さく動いた。なんだ、知ってたのか。予想はしていたけれど、何故か、彼の反応が酷くショックだった。
間に流れる沈黙に、視線を床におろすと、どことなく柔らかい声が耳に届いた。


「…すまん」

『…どうして、謝るの?』

「…ワシ、知っとってん。その“ゲーム”のこと。知ってて黙っとってん」


気の所為だろうか。今吉翔一の声が、震えているように聞こえる。どんな顔をしているのか気になって顔をあげると、自嘲気味に笑った今吉翔一がいて、心臓の奥がキリキリと傷んだ。


『…今吉くん、言ってくれたよね。記憶がなくなってからの私を好きになったって』

「…言うたな」

『けど、君は、このゲームのことを知ってたって…。それは、赤司くんから声をかけられたからじゃないの?あなたもゲームに参加するか、聞かれたからじゃない?』

「…せやで…。ワシも、赤司に言われたわ。“ゲームに参加しませんか”ってな」

『…そっか…』


そっか、そうなのか。
赤司征十郎が声をかけたのは、記憶がなくなる前の私に好意を抱いていた人物。それはつまり、今吉翔一が、言った言葉が嘘ということになる。“記憶がなくなってからの私を好きだ”と言ってくれた言葉が。

ジンジン目頭が熱くなる。泣きたくなんてないのに。これじゃあまるで、悲しいみたいじゃないか。今吉翔一の言葉が嘘だったことを、悲しんでるみたいじゃないか。

ポロりと右目から落ちた涙。それに吊られるようにポロポロ零れてくるそれを拭おうとすると、その手が大きな手に包まれた。


「…苗字、嘘ついて、すまん」

『……っ別にっ…もう嘘なんて、たくさんつかれてるし、今吉くんの嘘だって、…平気だよ………平気な、はず…っなんだよ…。なのに…っ、なんで、なんでこんな、泣いてるんだろ、私っ…』

「…」

『…ねえ、今吉くん…どうして、そんな嘘、ついたの?…記憶がない私をからかうため?だから「ちゃう!!」っ!!』

「ちゃうわ…そんなん、全然ちゃう」


否定の言葉と一緒に掴まれた肩。強すぎる力に今吉翔一の顔を覗くと、いつもの余裕そうな笑みは何処に言ってしまったのか。そこに見えたのは、苦しそうに歪んだ顔だった。


「好きやってん。苗字のこと、ちゃんと好きやってん…。せやけど、記憶がなくなった聞いて、見舞いに行ったとき、苗字は、“苗字”やのに、なんだか違う“苗字”見えてもうて」

『っ…でも、あの時あなたは、そんなに変わらないって…』

「安心、させたかったんやと思う。苗字のことも…自分のことも。けど、時間が進めば進むほど、記憶がなくなる前の自分は、今の自分とは違うんやって見えてきた。赤司の誘いを断ったんもそれが理由や。今の苗字は、前とは違うんに、意味なんてない思うた」


話が進むに連れて、今吉翔一の眉間のシワは取れていき、変わりに真剣な表情が向けられて、ズキズキ傷んでいた胸が、急に音を立て始めた。


「違うって分かると、今度は今の苗字を知りたい思うた。やから、助けるフリして近づいた」

『…もう、いいよ。分かったから、だから…』


もう、聞きたくない。そんな意味を込めて顔をうつむかせると、今吉翔一の手がやけに優しく頬を包んで、顔をあげさせられた。
まだだ。そう、言われている気がした。


「最初は今言うた通り、苗字を知ろうとしたからや。それと…記憶が戻った時、自分の周りに悪い虫を付かせたくなかったから。やけどな…だんだん今の自分に惹かれているワシがおってん」

『…』

「宮地が苗字に告白しとったとき、もう、その気持ちを知らん振りすることも出来んくなって、気づいたら、今の苗字に好きや言うとった」


どうせまた嘘なんでしょ?そう言おうとしたのに、眼鏡越しに向けられる今吉翔一に視線に、言葉が喉を通ってくれなかった。


「なあ、苗字。ワシ、自惚れてもええ?」

『っな、にが…?』

「さっき泣いてくれたやん。嘘、つかれたん、嫌やったみたいに」

『…それは…誰だって嘘をつかれたら嫌に決まって…』

「…ほーん?ホンマに、それだけなん?」


あ。いつもの顔に戻ってる。
ニヤニヤとどことなく嬉しそうな顔を近づけてくる今吉翔一。慌てて顔を背けようとすると、頬を包んでいる手に力が篭った。


「…ホンマに嫌なら、足でも踏んで逃げてや。けど、嫌やないなら…させて欲しい」

『……なに、それ。そんな言い方』


ズルイよ。その言葉は、今吉翔一の唇に吸い込まれてしまった。
重ねられた唇は、ほんの少しかさ付いていて、離れたかと思うと、息つく間もなく再びくっつけられる。ちょっとだけ当たった今吉翔一の眼鏡に、薄く目を開くと、満足そうな顔をした彼と目が合って慌てて目を閉じた。


「…顔、赤いで」

『…今吉くんのせいでしょ』

「…せやな…目、赤いんも、ワシのせいやな…」


「泣かせてもうたな」申し訳なさそうに眉を下げて目尻を拭う今吉翔一。なんて顔をするのだろう。ついその手を掴むと、驚いたように今吉翔一が目を見開いた。


『…私、今吉くんが好きだよ』

「っ!」

『あなたが“今の”私を好きだと言ってくれたの、凄く嬉しかった。だから、その言葉が嘘なら、今すぐにあなたを許すことも信じることもできない』

「…分かっとるで。…今の苗字を好きやって、直ぐに信じて貰えんで仕方ない。けど…一応お互い好きやって知れたわけやしなあ。時間かけてでも、信じさせたる」


「覚悟しとき」なんて、笑う今吉翔一。
ああ、うるさい。胸の音が、こんなことで高鳴る。
これが正しい答えなのかなんて、分からない。それでも、私は、この世界で、彼を好きになってしまった。それだけは、紛れもなく本物の気持ちなのだ。

緩く笑んで頷くと、満足そうに笑った彼に再び口付けられるのだった。


END1

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