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case22 桃井さつき&宮地清志


絶体絶命ってこういうときに使っていいんだっけ。
暗い倉庫に響いた桃井さつきの声に「え」と聞き返してしまった。


『今…なんて?』

「海常のマネージャー、やめて下さい」


はい?
…マネージャーをやめる??
思いもよらなかった言葉にキョトンとしてしまう。
いやいやいや、そもそもできることなら私だってそうしたいんですけど。
ポカーンとしたまま固まっていると、何も言わない私をどう思ったのか桃井さつきが小さく息をはいた。


「…名前さんは優しいから、海常の皆さんのためにやめたくないのかもしれんが…名前さんが“やめる”といってくだされば、すぐにここから出しますよ」

『え……え?ちょ、ちょっと待ってさつきちゃん。なんでそんなこと…?』

「名前さんを守るためです。名前さんに必要なのは私だけでいいんだから」


病んでますね。
もう隠すことなく病んでますね。
遠い目で扉を見つめていると、「何してる?」第3者の声が。


「…宮地さん…練習はどうしたんですか?」

「………そこに、苗字がいんだろ?」


声の主は宮地清志だった。
桃井さつきの言う通り今は練習中。
どうしてここに彼がいるのだろう?
ぼんやりと二人を会話を聞いていると、桃井さつきが小さな笑い声を溢した。


「そうだ、って言ったらどうするんですか?」

「……他校のマネだからってあんまふざけたこと言ってっとマジで轢くぞ」


扉の向こうで宮地清志はどんな顔をしているのだろうか。声色が物凄く低い。
ピリピリとした雰囲気を扉越しでも感じる。
とりあえずここから出してもらえませんかね。


「ふざけてませんよ?名前さんのためにこうしているんです」

「苗字のためだと?こんな所に閉じ込めといてよく言うぜ」

「…すぐに出してあげるつもりでしたよ?名前さんが“マネージャーをやめる”と言ってくれれば」

「マネージャーをやめるだと?っさげんな!!苗字がんなこと言うかよ!!」


…どうしよう。
宮地清志、ごめん。
直ぐにでもやめたい、なんて思っててごめんなさい。
ズキズキと痛む胸を押さえて顔をひきつらせていると、「そうですか?」桃井さつきが飄々としたように言う。


「名前さんが記憶がないのを良いことに、たくさんの人が嘘をついて彼女を自分のものにしようとしているんですよ?でも…彼女がマネージャーをやめれば少なくとも他校のバスケ部との関係はほぼなくなります」

「は?…んだよそれ?嘘って…」

「…まあでも、宮地さんがここに来ちゃったせいで、この計画は潰れちゃいましたけど」


「残念です」あまりそうは聞こえないけれど桃井さつきはそう呟いた。
諦めてくれるのだろうか。
肩の荷を落としているとガチャりと鍵のあく音がした。


「苗字!!大丈夫か!?」

『あっ…宮地くん…さつきちゃんは?』

「…思ったよりあっさり引いていったよ」


なんだ、ちょっと拍子抜けだ。
いや、まあ良いことだけど。
「そっか」胸を撫で下ろすと、宮地清志がどこか不機嫌そうに眉を寄せた。


「…なあ、さっき桐皇のマネージャーが言ってたの、どういうことだよ?」

『…あ、あー…あはは、あれはー…その…』

「…そんな風に笑うなよ」

『え?』


明らかに怒気を含んだその声に思わず目を丸くしてしまった。
なんで怒ってるのこの子。
反応に困って眉を下げると、宮地清志がクシャッと顔を歪ませた。


「…なんかさ、ここで会ってから、お前そんな風に笑うの多いよな」

『そんな風って…』

「…前は、そんな風に笑うヤツじゃなかった…なのに…今はお前、作り笑いばっかだ」


作り笑い。
なるほど、そう見えるのか。
内心苦笑いを溢していると、宮地清志の長い腕が背中に回された。
…って、え?あれ??


『ちょ、み、宮地くん!?!?』

「…なあ苗字、俺はお前の力になりてえ…だから、何かあんなら教えてくれ。お前のためにできることをしてえんだよ」


宮地清志、君は本当にいいこですね。
イケメン万歳。
感動でつい涙ぐむと、そんな私に気づいた宮地清志が焦ったようにジャージの袖で涙を拭ってきた。


「…悪い、押し付けるような言い方して…泣かしたかったわけじゃねえんだ」

『い、いや、これは、その…宮地くんの優しさに感動して……ありがとね、宮地くん。心配してくれて』


あ、なんか今自然に笑えた気がする。
ふんわりと笑って宮地清志を見上げると、目をまん丸くされた。
イケメンの驚き顔。眼福眼福。
宮地清志の顔にまた小さく笑みを溢したとき。


「…っわるい」

『…え?』


次に彼を見上げたとき、その整った顔が凄く近くにあった。

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