夢小説 完結 | ナノ
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絶えるーextinct


「は?赤葦が変?」


部活も終えて帰り支度をしているときに掛かってきた一本の電話。よく見ると、物凄い量の着信がある。
誰だ、と思いながら携帯をとると、表示された名前は木兎だった。
ため息をついてから仕方なく電話に出ると、スピーカーから物凄い勢いで木兎が声をあげた。


「なんで俺にんなこと話してんだよ。仮にもライバル校だぞ」

〈だってよ!他に聞けるヤツもいねえんだから仕方ねぇだろ!!〉

「本人に聞けよ」


「聞いても教えてくれねえんだよ!!」と携帯越しに叫ぶ木兎。
だからって俺に言うなよ。
大体、赤葦が木兎に心配されるなんて、それこそ勘違いだって可能性もある。
「もう切るぞ」と一方的に通話をきって、ようやく帰れると、部室を出ると、携帯片手に研磨が待っていた。


「遅い」

「木兎から電話が来たんだよ。「赤葦が変だ」って」

「ふーん…」


相変わらず、他人にはあまり興味がないのか、研磨はまた携帯の画面に視線をそらした。
目、悪くなっても知らねえぞ。
部室の鍵を閉めて、家への帰り道を歩き始めると、自然と研磨も携帯をしまって隣を歩き始める。
「ゲームはいいのか?」「ゲージが溜まるの待ってる」「ああ、あれか」「クロ贈ってよ」「気が向いたらな」
なんて会話をしながら歩いていると、ふいに研磨の足が止まった。


「?どうしたー?」

「…赤葦だ」

「は?」


ジッと研磨の猫目が見つめる先には小さな公園があって、そこにあるベンチに見慣れた人物が確かに座っていた。
アイツ、こんな所で何やってんだ?
つい研磨と目を見合わせると、ふとさっきの木兎の言葉が頭を過った。


“赤葦が変なんだよ!!”


木兎の言っていることだし、話半分に聞いていたが、なるほど、確かに少し様子がおかしい。
ベンチに座っているものの、ただジッと何処か遠くを見ている。
赤葦は他校のヤツだが、知らない仲じゃない。
むしろ、合宿では世話になってる。
ハアッとわざとらしいため息をついて公園の入口へむかうと、なんだかんだで心配なのか、研磨も後をついてきた。


「赤葦、」

「……黒尾さん?それに、孤爪も…」

「お前、こんなとこでこんな時間に何やってんだよ」


少しだけ怒ったように眉を寄せてそう言うと、赤葦の視線がゆっくりと地面に下げられた。


「…少し、考え事をしていたらこんな時間に…」

「考え事って…今日、部活はどうしたんだよ?まさか終わったあとにここに来たのか?」

「今日は休みでしたよ」


だからか、木兎があんなに電話をしてこれたのは。
ぼんやりとうつ向く赤葦にどうしたものか、と夜空を仰ぐと隣でのっそりと金色が動いた。


「何か、あったんじゃないの?」

「…」


黙りか。
これは木兎じゃなくても心配になる。
相変わらず顔をあげない赤葦に「木兎も心配してたぞ?」と眉を下げると、赤葦は緩く首をふった。


「…木兎さんたちに心配をかけているのは、悪いと思っています…。けど、これは俺の問題なんです」


膝のうで組まれた赤葦の手に力が入ったのが分かった。
コイツがこんな風になるなんて初めてみた。
「すみません」と謝る赤葦に肩を落としていると、「じゃあ…」研磨が口を開いた。


「何があったのか、聞いてもいい?」

「…孤爪、」

「エースの人とか、自分のチームメイトには言いにくくても、俺たちになら話しやすいんじゃない?」


研磨がこんな風に赤葦を心配するなんて。
自分の幼馴染みの珍しい姿に内心驚いていると、赤葦
はまた首をふった。


「…ありがとう孤爪。…けど、やっぱりこれは俺の問題だから…」

「あのなぁ、お前はそうやって自分で解決したいのかもしれないけどな、一人で抱えるのがいいとは限らないだろうが」


「話してみろよ」と赤葦に促すように言うと、少しだけ顔をあげた赤葦の目が小さく揺れた。
少しの無言が続いたあと、固く結ばれていた赤葦の唇がゆっくりと開いた。


「…夢を、見たんです」

「夢?」


思わぬ言葉に聞き返してしまうと、赤葦が「はい」と頷いた。


「毎晩毎晩、寝ると必ずその夢を見て、その中で、いつも一人の女性に会っていたんです」

「女性って…知り合いか?」

「いえ、その夢の中で初めてお会いしましたし、それに…多分、この世界には、いないと思います」

「はあ?」


なんだそれ。そんなことあんのか?
つい怪訝そうに眉を寄せると「俺も初めは驚きました」赤葦が苦笑いをこぼした。


「…けど、つい先日、パタリのその夢を見なくなってしまったんです」

「ちょ、ちょっと待て、赤葦。お前、まさかそれで悩んでんのか?それじゃあ、まるで…」


まるで、その女に会えなくなってしまったことに、悩んでいるみたいではないか。
まさか赤葦が、そう思ってはみたけれど、再び顔をうつ向かせた赤葦に目を丸くする。


「赤葦、お前分かってんのか?夢の中の…存在さえしないかもしれない相手なんだぞ?」

「分かってます。けど…俺には、どうしても割りきれないんです。彼女が、ただの夢に出てくるだけの、存在のない人だなんて」


赤葦は馬鹿じゃない。
むしろ、木兎なんかよりもずっと大人だ。
けどその赤葦が、こんな無謀すぎる相手を好きになるなんて。
つい言葉に詰まっていると、ふいに研磨の声が響いた。


「パラレルワールドじゃない?それ」

「「パラレルワールド?」」


聞き慣れない言葉に赤葦と二人で研磨を見ると、研磨が小さく頷いた。


「ゲームや漫画なんかで出てくる、平行して存在するもうひとつの世界のこと」

「…赤葦とその女が会ってた世界がパラレルワールドってことか?」

「違う。その人がいるのが、ってこと」


研磨の言葉にピクリと反応した赤葦が小さな声で「パラレルワールド…」と繰り返した。
漫画やゲームにでてくる、そんな世界があるわけないと研磨を見ると「そうかもね」と研磨は至極冷静に返してきた。


「けど、そう考えた方がいいんじゃないの?赤葦にとっては」


俺の幼馴染みは、一体いつからこんなに優しくなったんだろうか。
まるで、俺だけ悪者だ。
少しだけ目を輝かせている赤葦も、どうやら研磨の言葉を信じているらしい。


「…もし仮に、そのパラレルワールドが存在して、赤葦が会ったっていう女もそこにいたとしてだ。だからどうなるっていうんだよ?会いに行けるわけでも、会いに来てもらえるわけでもないだろうが」


諦めろ、そう言うように赤葦を見ると、赤葦が力なく笑って返してきた。


「…すみません、黒尾さん。もし、そう思って諦められるような想いなら…木兎さんに心配されたりなんて、しないんでしょうね」


愛しそうに空を仰いだ赤葦の視線の先には、きっと、俺たちには分からない誰かがいたんだと思う。

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